学園祭二日目 -趁情令-
今回のサブタイトルは中国ドラマ『陳情令』から。原案・原作は『墨香銅臭』作のファンタジー小説『魔道祖師』。ジャンルはちょっとアレなのでそういう趣味の方は是非。いや、一応検閲入ってるみたいですけど…。
さて、サブタイトル『趁情令』の意味合いは、『情に乗じたお言葉』って感じでしょうか。もうこの時点で幾らか内容に予想がつくかもしれませんが、大体そんな話です。
……それはそうと、なんとなくで始めたこのサブタイトルのパロディですが、最早打ち止め状態です。多分次からはいつもの通りに戻ると思います。
香織ちゃんとの貸し切りだったはずの模擬店に突如現れた伊藤瑠花先輩。こうして態々香織ちゃんを訊ねて来たってんならなにか用事が有るのだろう。ならばここは部外者のオレは席を外すべきだろうな。
取り敢えずは昨日のことの謝罪はしたわけだし…と、席を発とうとしたところ…。
「別に変な気を遣う必要は無いわよ。それに今日はあなたに会うのが目的だし、せっかくだからもっといろいろと話を訊かせてほしいわね」
そう謂えば、この人って香織ちゃんとは姉妹みたいな関係とか云ってたよな。それでその想い人であるオレに興味を持ったってことか。つまり値踏みしに来たってわけだ。
まあその評価はそこそこだったみたいだけど、でもなぁ…。正直放っといてくれないかな…。
果然りそうはいかないみたいで、あれやらこれやら質問攻め。でもなぁ…。
その内容ってのは大抵香織ちゃん絡みで……って当然か、そう謂うつもりで訪ねて来てんだからな。
でもなぁ…。いや、本当に『でも』である。
だってオレには香織ちゃんとどうこうなんて気は全然り無いわけで、それを如何にもみたいに問われても、返答に困るわけである。
しかも香織ちゃんからどんな風に聞いたのか知らないけど、随分とオレのことが、もう相当に美化されてるみたいで面映ゆいってもんじゃないのだ。
こう謂うのって、いつかは齟齬が出てくるもので、それが期待から失望に変わった時なんて……うん、考えるだにその落差が激しい 。
でもそれって受け取り手の勝手な解釈で、当事者にしては迷惑なだけなんだよなぁ…。
だからこそ、そう謂う相手と付き合うってのも結構リスクが有ると思う。果然り付き合うんならお互いに正しく理解し合える相手だよなぁ。知らない相手と付き合うなんて不幸な未来しか俔えない。
「そんな理由でオレはそう謂う関係になる気は無いんですよ。なので最初はそう諭って断わってたんですけど……、まあ結局は根負けしてしまいまして、取り敢えずは友人ってことで妥協してもらってるのが現常 です」
鬱陶しいとは思う反面、香織ちゃんに対する本気さも理解できるのでオレも真摯に説明する。この手の真面目な人格なら、きっと話せば解かってくれるはずだ。
「なるほどね。堅物って聞いていたけど、実は合理主義なわけなのね。
でもその割りには感情的なところも有るみたいだし、人間味が有って好いんじゃない」
感情的か……。まあ確かにな…。
些か情に絆されてるって自覚は有るし、それは間違ってはないんだろうけど、それでも友人以上の感情ってのは湧いて来ないんだよなぁ…。
「そう評ってもらえると嬉しいですね。
ただ、それでも依然り香織ちゃんには友人以上の感情が湧いて来ないのは申し訳ないんですけど」
本当なんでだろうな。
読み物なんかだと些細な切っ掛けでそう謂う感情が芽生えたりするんだけど、果然り現実はそんなに都合好くは進かないってことだろう。オレが特別どうこうってわけじゃないはずだ。増して薄情ってこともないはず、一応は友情くらい感じてるわけだし…。
大体だ、これってオレだけじゃないはずだ。
オレの周りにだって、そう謂うのを気にしない奴って結構在るし。
美咲ちゃんなんてその筆頭だろう。そうでなきゃ真彦だって美咲ちゃんにあんなフラれ方してないだろうからな。
それに由希だって頭の中身は脳みそってより筋肉だし。まあ、最近美咲ちゃんの影響を受けつつあるみたいだけど、少なくとも恋愛なんて……。
否、興味が無いってこともなさそうだけど、精々が憧れてるって感じか。それは飽くまで他人のことで、自分は縁遠いって感じだな。なんてったって『姫夜叉』だし。
……そう謂や天堂もそうなのか?
あいつってあれだけモテる割りには、そう謂った噂って一度たりとて聞いたこと無いしな。案外そう謂うのに興味が無いのかも…。
でも、女の子の扱いには慣れてんだよなぁ…。なんてたって紳士だし、オレと違って無下に扱うようなことはしないし…。
……ああ、そうか。つまり慣れてしまったから恋愛対象にならないのか。一見真摯な対応も、慣れて作業にまで昇華されてしまってるもんなぁ…。
……ってことは、オレも同じなのか。
友人として馴れてしまったからそう謂う感情が湧かないんだ。美咲ちゃん達と同じだな。
「それは違うわね。
彼女達の場合は飽くまで友人。だからそれ以上の感情が湧かないだけよ。
それに対して香織は別。だってちゃんと告白しているんだから。
だからあなたもこうして意識してるんでしょ?」
いつの間にやら恋愛相談みたいになってたみたいで、それに対する瑠花先輩の答はこれだった。
いや、確かにそうだけど。でも、普通告白なんてされれば嫌でも意識はするだろう。
「確かにそうね。でもそれって、あなたも他の人もちゃんと真面目にそのことに向き合ってるってことでしょ。だから薄情と不誠実とかってことはないわよ。
それに一番肝心なことが解かってないみたいだけど、恋愛ってのは合理性とかの理屈じゃなくって感情なのよ。
それに友人からってのも間違いじゃないの。だからあなたが罪悪感を感じる必要なんて無いわ。
だってそれはあなたの希望は『お互いに正しく理解し合える相手』との交際なんでしょ。香織はその第一歩を捥ぎ取ったんだから、それは成果であって妥協じゃないのよ。
あとはあなたの希望通り、少しずつでもお互いに理解し合えるようにしていくだけなんだから」
……なんだろう。フォローされたかと思えば、そこからの急激な切り返しで、気づけば説き伏せられている。しかもオレの望みに則ってなんてなんてことになってて、なに気に反論し難い雰囲気だ。
「あ、ごめんね。そんなに怯えなくても大丈夫だから。
私が言いたかったのは、これからも香織のことを宜しくってこと。これだけよ」
……くそっ、これが年の功ってやつか…。
幸い積極的に交際しろとかって話ではなかったけど、その推めであることには変わりはない。しかもオレの迷いに乗じられた感じだ。そしてなによりも……。
くそっ、まさか女性に『怯えてる』なんてことを察われるなんて…。
そりゃあ確かに警戒しはしたけど…。
「大丈夫。今はまだその方面じゃ、いろいろと迷いが有るでしょうけど、そんな手探り状態の道も香織ならきっと冏々 と照らしてくれるはずよ」
うん、果然り警戒は必要だ。こうして確り香織ちゃんの売り込みをしているわけだし。
しかもそれが理論的だったりするのが質が悪い。でもまあ、それを受け容れるつもりは無いんだけどな。瑠花先輩の論ってた通り恋愛は感情なんだから。
「先程も説いましたけど、それでも可いってんなら今まで通りで仲良くさせてもらいますよ」
取り敢えずはこう応えて試たけど、果たしてどのように解られてたかは不明だ。
まあ、肯いか。気にしたら負けだ。
結局はオレ自身のことだし、オレが決めることだしな。他人の意見などに左右されるなんて馬鹿らしい。
うん、何事も最後はなるようになる。人生は長いんだし、今ここで悩むことも無いだろう。
と謂うことで、いつもの如く先送り。明日は明日の風が吹く。
……要するに、今回も現実逃避ってわけだ。ってなんか最近こんなのばかりな気がするな…。
※1 ここでは『激しい』を使ってますが、『はげしい』という字には次のようなものが有るようです。
【激しい】動きが大きい。波打つイメージ。
【烈しい】ダメージが大きい? 燃え盛るイメージ。
【迅しい】早い。速い。めまぐるしい?
【劇しい】きつい。人為的?
【厲しい】厳しい。苦労が大きい?
※2『現状』でも良かったのですが、ここは『現在の日常』って意味合いで『現常』としております。
……これって造語になるのでしょうか?
※3 この『冏々(けいけい)』とは『窓から明かりが差し込む』って感じの言葉です。もしくは『日や星の輝き』ってことみたいです。
似た言葉に『炯々(けいけい)』ってのが有りますが、こちらは『瞳が鋭く光る様子』を表すようです。眼光の表現が主ですが、こちらは『炎のように燃え盛る光』ってことみたいです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




