学園祭二日目 -榛鳥共侶? -
今回もサブタイトル『榛鳥共侶』は、中国の武俠ドラマ『神鵰侠侶』から。
意味合いは『茂った木々の中の鳥の番い』って感じです。つまり『おしどり夫婦』ってことで。
『神鵰侠侶』の原作は『金庸』の『神鵰剣俠』という作品で『射鵰英雄伝』の続編に当たり、『射鵰三部作』の第2部作品だそうです。因みに第3部作品は『倚天屠龍記』です。
学園祭初日で模擬店の商品を完売したオレ達は、今日一日中やること無し、完全に暇を持て余すことに……とはならなかった。昨日の売り上げを覿て欲が出たってところだろう。
商品の売り上げの内幾らかが持ち込み主に還元されることになっているためだ。
全く、なにを心得違いしてるんだか。あの成果はオレ達のクラスと謂うよりも、殆ど特別ゲストの協力に依るものだってのに…。
遉に今日までは面倒を看る気は無い。義理は昨日ので十分過ぎるはずだからな。
「なに佯って んのよ。途中からあの子達に丸投げで、しかも早乙女純まで捲き込んでたくせに。
そのくせ自分は佚りを決め込むなんて無責任でしょ。男なら最後まで責任くらい持ちなさいよね、全く」
この指摘は由希である。
くそっ、悔しい。口惜しい。
違うと反論したいけど、理由有りでそれは許されない。なので表向きはこれを受け容れるしか無いわけで…。
「こっちにも事情が有るんだよっ。
ただ、公然じゃ表えないだけでな」
まあ、それでも一応反論はするんだけどな。
だって認めたくはないし。
「大体だ、個人的依頼だとしても『フェアリーテイル』や『早乙女純』に協力を要請するわけなんだし、一応事務所側とかにも許可を得るのが道理だろ。
オレはそう謂う根回しをして回ってたってだけだっての」
うん、これなら尤もらしい理由になるかな?
一応は全然り嘘ってわけじゃないしな。ただ、事後承認 ……否、事後受諾 ってことになっただけで…。
……依然りこの話題は些か都合が悪いな。
気分は正体を隠す変身ヒーローだ。
何か話を逸らす話題や機会ってのが転がって来ないだろうか…。
そんな都合の好い話なんて叢々転がってるわけが……有った。
「あ、おはよう、純くん。
ねえ? 約束覚えてる?
午前中なら私居るから絶対に来てね」
疾風のように現れて、疾風のように去って行く。
そんな一時代前(?)のヒーローの如く窮地のオレを救ったのは香織ちゃんだった。
当に地獄に仏、否、救いの女神と謂うべきか。
「あ〜、そう謂う理由なんで悪いけど今日は無理な」
そう宣言すると伴に、オレはその場を佚げ出した。
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……果然り赴かないわけにはいかないんだろうな。そう謂う建て前だったんだし…。
否、建て前とかどうとかより、香織ちゃんとの約束を反故にするわけにもいかないか。
教室を抜け出したばかりのオレは、そのまま香織ちゃんのクラスの模擬店へ……って、なんだそのまま香織ちゃんの教室じゃないか。探すまでもなかったな…。
オレは早速その模擬店へと入ることにした。
「おかえりなさいなさいませ、御主人様」
その店はメイド喫茶だった。
でなきゃこんな台詞で客を出迎えるなんて起り得ないもんな。
そして迎えに出て来たのも……。
「純くんってば、早速来てくれたのねっ」
まあ、当然香織ちゃんである。
黒の半袖ミニスカートの上に白いフリルの付いたエプロン、そして白いカチューシャのメイド姿。無駄に胸元が強調されていないデザインが清楚な感じで好ましい。
……まさかと思うけど、オレの好みに合わせてか?
いや、オレにメイド嗜好が有るってわけじゃなくって、必要以上に色香を振り撒く媚びた衣装を樂まない ってだけだ。間違ってもそう謂う性癖が有るってわけじゃない。
それよりも、いきなりの抱き着きなんだけど、ここってこう謂う接客のお店なの?
確く認れば香織ちゃんと同じような格好をした、結構な美人な女の子が何人か。この子達もこんなことをするわけ?
否、そんなわけ無いよな。遉にこれはやり過ぎだろう。だってお客の胸元で擦々だもんなぁ…。宜い加減解放してくれないだろうか。
「駄目よ、これもお仕事なんだから。
だからお客の男鹿くんは素直しく奉仕されてれば宜いの」
今の接客係のひとりにオレの希望は否定された。
なんでだよ。オレは客だぞ?
なのになんでその要望が否定されるわけ?
「それとも私の方が好かった?」
しかもこんな風に調戯われるって…、一層交替と誂って指名してやろうか。
……止めておこう。なんか恟い。
否、香織ちゃんに睨まれてるって状況じゃないけど。……ただ、代わりにこの子を冷淡な視線で睥てる気がするんだよなぁ…。
取り敢えず適当な席に座く。
当たり前のように香織ちゃんも一緒だ。てか、当たり前なんだろうな。先程の子も「お仕事だから」なんて説ってたし。
因みに指名は一名限りで交替は利かないらしい。そして何故だか香織ちゃんはオレの指名扱い。
否、何故ってことも無いか。恐らくは香織ちゃんからの逆指名なのは疑い無いところだろう。
って、オレの意思は無いのかよ。オレは客だぞ。
「ご閑然り〜」
注文の品を置いて退がっていったのも先程の子だった。
気のせいだろうか? 邪俔に調戯われてる気がしてならない。
こんな風に揶揄され捲くってるオレだけど、それにツッコミを入れる者は在ない。
いや、本当に居ないのだ。教室内と謂うか店内には誰一人来店者は無く……って当たり前か。まだ開店から数十分って時間だし。
……否、それだと可怪しいか。
なんてったって香織ちゃんの在るクラスの模擬店、それもメイド喫茶ってんだから、仮令それが朝早くからだとしても行列にならない理由が無い。
なのに店内は疎か、その外さえもこんなに閑かなんてことが起るのか? 不自然だ。
「ああ、それね。
実は今日の開店時間はお昼からなの。だから午前中は私達の貸し切りね」
とんでもない理由だった。
まさかそれだけのためにそこまでするか?
頼んだのはまず間違い無く香織ちゃんだろうけど、だからってそれを受け容れるのかよ?
なんて懐の深いクラスメイト達なんだか。今さらながら香織ちゃんの人望には驚かされる。
……てか、これってヤバくないか?
少なくともこのクラスの奴らって、男女共に香織ちゃんの味方ってことで、オレ達を恋仲と公認してるってことだろ。つまり世論が容認しつつあるってことだ。
「そうよね。その内、比翼連理なんて謳われるような、そんな恋人同士になれたら好いわね」
勘弁してくれよ。オレにはまだ恋愛とか考えるような感情は芽生えてないんだから。
※1 この『佯う』は当て字で、正しくは『佯る』と読み、『上辺を装う』『見せかける』という意味が有ります。
旁の『羊』は『美』を意味するようですが、もしかしてこの字って『美人』は『見せかけ』だけって皮肉なのでしょうか…。
※2『承認』と『受諾』は似た意味合いですが、結構大きな違いが存在するようです。
イメージとしては『承認』は『賛同』、『受諾』は『許容』といった感じでしょうか。あと立場の強さ的にも『承認』は『上』、『受諾』は『下』って感じですね。
つまり、この場面では『一方的に突き付けた』ってことになるわけで、当然織部も怒るわけです。
※3『樂』は『楽』の旧字です。
通常は『楽』は『楽しむ』と使うわけですが『楽む』という読み方も有ったりします。
意味合いはイメージの通りです。
『好む』よりも『楽む』の方が、より趣味っぽさが出てる感じじゃないですか?
『楽』が『樂』なのもイメージを強調するためです。
なんでまたそうやって強調する必要が有るのかっていうと、「オレにそんなスケベな趣味は無い」っていう純の主張ということで。要はそっち方面はまだ未成熟な子供ってわけです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




