学園祭初日 -純、出店の番をする-
→文化祭を学園祭に変更しました。[2023/08/10]
閑古鳥の鳴くオレ達の出店にやって来た客は、オレのよく知る者達だった。
「純先輩、来ましたよ。って、あれ?
あの…、咲さんや御堂さんは一緒じゃないんですか?」
「と謂うか、いつもの人達も一緒じゃないみたいですね」
こいつらは出身中学の後輩に当る赤坂レナと青山ミナ。と説ってもこれは本名ではないのたが。
こんな風に述うとこいつら何者だってことになるだろうけど、実はオレ達が所属している星プロダクションから今年デビューしたばかりの新人アイドルだったりする。
なお、こいつらと一緒に男子二人が着いて来ているけど、こいつらは特に何らかが有ったりはしないただの一般人である。強いて説うなら親衛隊(恐らくは自称)ってところだろう。否、体の良い舎弟分ってのが正しいのかもしれない。
と、まあこの4人がオレ達の店のお客様……とは限らないな。特に何か買ってくれるってわけじゃなさそうだし。
「いや、買いますよ。
だからそんな連れ無い 態度を扱らないでくださいよ」
渋々ながら商品を選ぶミナ。
いや、そんなつもりじゃなかった……ことも無いか。
しかし、こいつも変わり身が早い。
以前はレナにやや率連られたかの感じは有ったけど、それでも結構反抗的だったのに、それが今じゃオレに忖度し、それに追従 なんてするようになって。
「もうっ、相変わらず性格が悪いんだから」
レナの方も連られるように追従 する。否、この場合は追随 って謂うべきか?
レナの方針を受け容れるってんなら追従だろうけど、この場の空気を読んで流れに身を任せるって感じに思えるから……うん、果然り追随だな。ただ真似をしているだけだ。
一応はオレに従っているけど、未だに受け容れ切れてないってことか。つまり相変わらずで反抗的なまま。実際、あんな憎まれ口を叩いてるしな。
まあ人間の本質ってのは簡単には変らないから、これは仕方が無いだろう。
おまけのふたりは、まあこのふたりに追従して追随しているってところだろうな。
「ふたりとも、こんな奴が先輩だと大変だな。
でも美咲ちゃんや天堂だって在るんだし、こいつのことは余り気にせずに愉しんでいってくれよな」
なんだよそれは。河合の奴も、こいつらの本性がどんなものだったか知ってるはずなのに。
「そりゃあ以前の話だろ。今じゃ全然り良い子になったって聞くぜ。
いつまでも根に持ってちゃ可哀そうだろ」
オレが以前のことを指摘するが、河合は飽くまでふたりの味方をする気のようだ。
まあ、確かに河合の諭う通りではあるのだが…。
「そうですよね。
純先輩、あんまり執拗い男って女の子に嫌われますよ。
そんなんだと、そのうち純さんも愛想を尽かして海堂晋に完全に乗り換え られても知りませんからね」
こんな風に調子に乗られると、果然り仏心も失せてしまう。
「ちょっと、レナちゃん…」
ミナがレナを諭そうと声を掛ける。
……いや、これって本当に諭そうとしてんのか?
単に「余計な失言に自分を捲き込まないでよ」って感じの発言をしようとしただけかもしれないな。こいつって結構小心なところが有るから。
「へえ、この子達って男鹿くん達の後輩なんだ。
でも、なんで河合くんがこの子達のこと知ってるの? 確か男鹿くん達とは中学校が違ってたと思うんだけど」
斑目も退屈だったのだろう、オレ達の会話に混ざってきた。
そりゃあ河合までがこいつらと親しそうに話していたら、斑目は孤立状態だ。なんてったって、ここにはオレ達三人の他には店番なんて居ないんだから。
「そりゃあ美咲ちゃん達と連んでりゃ、そんな話だって聞くことも有るだろ?」
河合が得意そうに自慢してるけど、飽くまで話に出ただけで河合とこいつらは今日が初対面である。
「な〜んだ、親しそうに話してるから面識が有るのかと思ってたら、単に馴れ馴れしいだけじゃない」
全くだ。でもなんかこいつら意気投合してないか?
まあ、こいつらとしてはオレの……と謂うか、美咲ちゃんや天堂の友人であるこいつとある程度の面識を持っておこうって程度の考えに過ぎないのだろうけど。こいつらって結構打算的って謂うか、黠りしてるところが有るからなぁ…。
「それで結局、咲さん達はどうされたんですか?」
選び終わった商品を手にレナがオレに問い掛けてきた。
まあ、こいつらにとってはこれが今日の本題だろうからな。
「ああ、美咲ちゃんだったら…」
河合がレナに応じようとするが、透かさず横から強引に口を挿み、そしてそのまま挿げ替わる 。
「美咲ちゃんは午前中は他に用事が有るんで別行動だ。
で、天堂はアイドル同好会主催のステージの司会。朝日奈と向日も、多分それを観に行ってんじゃないかな。
由希は……まあ、どうせまたどこかで余計なお節介でも焼いてんだろうな。本当、もの好きな奴だよな、あいつって」
些か露骨な感じは拭えないけど、ここは美咲ちゃんの名誉のためだ。このふたりは美咲ちゃんに憧憬を懐き目標にしているみたいだから、それを失望させるようなことを聞かせるわけにはいかないしな。
幸い天堂達の動向も有るし、オレの思惑については誤魔化せたんじゃないだろうか。……と謂っても、実情を知らないこいつら限定であるのだが…。
オレの意図を察した河合と斑目は、傍らで苦笑いを浮かべている。
「そのステージって咲さんも出られてるんですか?」
「そうだとしたら純さんも?」
ああ、なるほどな。用事ってのをそう解ったか。
「残念だが別の用事だ。
抑々そう謂う話ってのは普通事務所を通すだろ?
つまりそれが無いってことは、その催し事には出演しないってことで、美咲ちゃんにはそれとは別の用事が有るってこと。
だから当然、早乙女純だって出演するなんて起りえないな」
オレの説明に落胆の色を浮かべるふたり。
オレにそんなつもりは無かったのだが、こいつらとしたら期待値の上がったところから落とされたってことになるのだろう。
「お前、やることが鬼だな」
河合がオレを責めるようなことを咎うけど、解っててそれを摘うお前の方が鬼だってツッコんでやりたい。
「まあ、事情が事情だからねえ…」
一方で斑目はオレに同情的。体育祭であんな毒を吐いた奴と同一人物とは思えない気遣いだ。
否、これはオレじゃなくって美咲ちゃんに対する同情かもしれないけど、ここは素直に受け取ろう。
「でも、せっかくだからステージを観に行って験るのも宜いんじゃない? 私で可ければ案内するけど」
ここで、斑目がふたりに案内を名乗り出た。
「そうだな。一応、天堂も在るし、なによりもこいつらもこう謂ったものを一度験るのも悪くはないだろうしな」
そしてオレもその意見に賛同する。
「ちょっと待てよ。お前らここを抜ける気かよっ」
当然だろう。いつまでもこんなところで店番なんてやってられないからな。斑目にしても離脱の切っ掛けを探してたんだろうから、オレだってそれに便乗させてもらうことにしたわけだ。
「ごめんね。だって私もこのステージを愉しみにしてたんだもの。特にお昼からはアイドルがゲストでやって来るのよ。行かない理由が無いでしょ?」
斑目の目的はなんとかと謂う男性アイドルグループらしい。うん、名前は聞いたけどよく知らないし、覚えてない。
「オレも香織ちゃんから誘われてるからなあ。
まさか行かないなんてわけにはいかないだろ?」
こう謂う時には香織ちゃんの存在はありがたい。立派な大義名分になってくれるんだもんなあ。
と謂うわけで、オレと斑目はレナ達と共にこの場を離脱。
河合よ、お前の犠牲は忘れないぞ。…多分。
「じゃあ、河合くん、あとは宜しくね」
普段は地味な斑目が、珍しく可愛らしい笑顔を浮かべていた。
※1 語源は『連れ無し』つまり『関連無し』ってことのようです。熟字訓では『無情い』と書くらしいです。[Google 参考]
※2 作中にて『追従』『追従』『追随』と使い分けておりますが、それぞれ次のような意味合いです。
【追従】上位の人に媚び、諂う。己の尊厳が有りません。
【追従】上位の人の意見に従う。己の意思が有りません。
【追随】優れた他人を模倣し追い掛ける。己の個性が有りません。
[Google 参考]
※3『乗り換える』って表現には、他に『乗り替える』ってのも有るようです。でも、これって微妙に意味合いが違うんですよね。作者は今だに慣れません。
『かえる』の違いは下記の通りです。
【換える】対象物を『同等のもの』と取りかえる。
【替える】対象物を『新しく別のもの』にする。
【代える】ある役割を別のものにさせる。
【変える】前と異なる状態にする。
[Google 参考]
……これって、以前にもやってましたっけ?
※4『挿げ替わる』とは『前任を外し、その立場を奪うこと』です。
似た言葉に『掏り替わる』というのが有りますが、こちらは『こっそりと入れ替わること』です。
ふたつの違いは『誰からもそれが解かるか否か』で、同じ『入れ替わる』『成り替わる』という意味合いで、発音もよく似ていますが、そこのところが違います。
『挿げ替え』『掏り替え』で考えるともう少し解り易いかも?
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




