体育祭その後… -純、一勝一敗する-
体育祭も終わり、校内もまた普段通りの日々に戻った。
いや、なにを白っと体育祭の結果を透っ跳ばし てんだって指摘されるとまあ、あれなんだけど…。
結果は総合8位で学年4位。ほらこれで満足だろ。
果然りオレのアレが足を引っ張ったのは、まず間違い無いだろうからな。
ああ、思い出すだに腹立たしい。それもこれも、全てあのクソ女が悪い。
要請に応じてくれなかったことは、卑劣ではあるが戦術の一環としてまだ許せる。
だがあの後のあの暴言狂行だけは、仮令足留めと解っていても、否、そんな深い考えじゃなくただ感情的って感じだったけど、それだけに余計無視することができなかったのだ。
ともかくだ、過ぎたことだしこれ以上気にしたところで仕方が無い。そんな時間が有るならば未来のことを考えるべきである。大事なのは過去ではなく未来なのだ。
で、その未来の前には当然ながら現在ってのが有るわけで…。
「悪かったな、なんか実幸が迷惑掛けたみたいで」
体育祭の振替休日の翌日、いつもの如く野球部でトレーニングに勤しむオレの元に元主戦投手の谷古宇がやって来た。傍にマネジャーの足立の姿が在るところからして実幸と謂うのは彼女のことなのだろう。つまり谷古宇は足立の保護者的立場として、借り物競争でのことを共に謝罪するべく訪れたってことだろう。どうやらふたりが交際してるってのは事実のようだ。
「悪かったわね。でもあれも駆け引きのひとつなんだし、そこのところは理解してもらえないかしら」
……うん、このクソ女、反省なんて欠片もしてなんていないようだ。
「ああ、それくらいは解ってるし気にしてねえよ。
否、そんな風に断い切ったら若干嘘になるけど、でもそれに関しては許容範囲だ。それに関してはな」
この女、自分の何がオレをこうして怒らせたのか、全く解っていないってのが正しいのかもしれないな。罪の自覚が無いからこそこんな風に抗弁も可能なのだろう。
「なによ? 私がこうして謝ってるってのに、随分と横柄な態度じゃない」
横柄なのはどっちだよ。それが他人に謝る態度かってんだ。
「おい、実幸、こっちは謝罪に来てるってのに、なんでそんな喧嘩腰になってんだよ?
それと男鹿も、不満が有るならもう少し解り易く説明してもらえないか? じゃないと仲裁もままならない」
なるほどこれは、謝罪でなくって仲裁だったってわけか。だったら話が纏まるんなら相手を屈伏させるのもアリってわけだ。少なくとも足立の方はそんな感じで間違い無いだろう。
「徹哉こそなにを摘ってんのよ?
謝罪だったらもう済んだでしょ。男鹿くんだってそれを受け容れたんだから問題無いはずよ。
それよりも問題なのは男鹿くんの先輩に対する態度よ。仮令それがどんな話であれ、あの不遜な態度は礼儀がなってないってのよっ!」
ふっ…、なるほどな。こいつは兄貴と同じ人種だ、間違い無い。
常に己の面子に無駄に拘り、どんな相手に対しても上から目線で接さなければ気が済まない、自己中心な我儘人間ってわけだ。
……なんで谷古宇はこんなのと付き合ってるんだろう? 恐らくは典型的な世話焼き人間ってことなんだろうけど、ちょっと人が好過ぎじゃないだろうか…。これが惚れた弱みってんならば……。
…なるほど『恋は不治の病』なんて謂うわけだ。こりゃあ処置無しで間違い無い。
オレを余所に闘論を交わしているふたりだが、その内容は……なんかアホらしい方向へ逸脱してってるし。夫婦喧嘩は犬も食わない って謂うけど、なんかその意味が実体験で解かる気がする。
なんだか全然り気を削がれてしまった。
とは謂え、依然り諭うべきことはちゃんと摘っておかないと、この手の輩は後でどんなことをしでかすか解らないからなぁ…。
まあ、足立の方じゃ正論が通じるかどうか解らないので、谷古宇の方にその分確りと注意を促すことで肯しってことにしておこう。
「じゃあそう謂うことで、取り敢えず今回は谷古宇先輩の面目を立てますけど、今後はこう謂うのは勘弁してくださいよ。
足立先輩も頼みますよ。まあ、今回の仲裁を反故にして、彼氏の面目を潰すようなことはしないとは思いますけどね」
それでも一応は釘を刺す。足立がオレを詰と睥んでくるけどそんなことなど、気にしない。柳に風ってやつである。
まあ、身を守るのに一番良いのはその場に居ないことなんだけど…。三十六計逃げるに如かずってやつな。
否、逃げるなんてしてないけど、代わりにニヤリと哂ってやるか。
至って冷静、これが大人の対応だ。
「相変わらず男鹿くんって性格悪いよねえ、一見真っ当風(?)だけど、その実は至るところが毒だらけ。足立さんも自業自得だけど、少しだけ気の毒になってくるもんね」
いつの間にかやって来ていた三波だけど、第一声がそれかよっ。
その三波はと探せば、一緒に来ていたと思われる男子の柔軟運動を手伝っている。
確かこいつって円盤拾いで三波の犬役だった奴だ。河合に依ると三波の彼氏って線が濃厚な奴らしい。
なるほど確りと観察すると、役割を名分に睦戯着いて……否、淫戯着いてって当てるべきかって思える程に露骨な接触をしているみたいだ。例えば背中に当たる胸だとか…。羞恥心ってのは無いのか?
で男の方はと説えば、こっちは羞恥でか些か顔が赤い気が…? でも、嫌がってるって感じじゃないし、寧ろ喜んでるんじゃないか?
まあ、必死で隠そうとしているのだろう、些か解り難いのだが。
「そう摘うそっちも似たようなもんだろ?
随分と巧く進ってそうじゃないか。態々見せ付けに来るくらいだもんなあ」
オレのことを性格が悪いとか、毒が有るとか貶ってくれるのなら、その台詞に乗ってやろうじゃないか。精々初心らしく赤面し捲くるが縦い。
「うん、まあまあかな。ねえタッちゃん」
三波の奴、全然堪えた感じが無い。
どちらかの謂えば男の方が設ろ縺ろ と謂った感じだ。
思うにこれは両想いながらも男の方の態度が判然としないってところだろう。
まあ、これでも幸せそうだし、今はこのままでも可いんじゃないだろうか。三波の方は不満かもしれないけど、焦ったところで陸なことにはならないだろうからな…。まあ、他人事だしどうでも縦いんだけどな。
「まあ、こっちのことは縦いとして、そっちの方はどうなわけ?
香織ちゃんだけかと思ってたら、早乙女純にも粉を掛けてるって云うじゃない。
全く、こんなムッツリスケベがどうしてこんなにモテるのかしら? 見た目こそ無害そうだけど、中身はかなりの悪童なのに」
「人聞きの悪いこと流ってんじゃねえっ!
どっちもただの友人で、それ以上どうこうなんて考えたことも無えっての、この色痴けが。
それと誰がムッツリスケベだ、この丸出しスケベっ。お前と一緒にするんじゃねえ!」
なんてことだ。まさかあちこちで広言してやしないだろうな。
こんな流言飛語の類が風に順り他人の耳に届いてるとか、風評被害も甚だしい。名誉毀損で訴えてやろうか。
「ちょっと、誰が丸出しスケベよ⁈ 女の子にそんな暴言は無いでしょ」
三波が反論してくるけど、こいつ自覚が無いのかよ。
「そんなこと抗っても、やってることがそれじゃあなぁ。全くどこの夜の店だ、少なくとも昼の店の接客じゃそこまでしないと思うぞ。基本お触りとかの接触は禁止って聞くしな」
いや、実際は訪ったことなんて無いけど、恐らくは間違ってはいないはずだ。
「おい、黙って聞いてりゃ幾らなんでも蔑い過ぎだ。これ以上こいつを侮辱するようなら遉に俺も黙ってないぞ」
それまで三波の為すがままで従順しくしていた三波の彼氏が、ここにきて三波を庇うように参戦してきた。なんか軟弱そうな外見に似合わず随分と剣呑な雰囲気を醸し出しているし。
…参ったな。この手の性格って怒らせると結構手強いんだよなぁ…。かと謂ってここで矛先を留めるってのも負けを認めるようで納まりが着かない。
「あと、咲良も自業自得だよ。幾ら俺相手だからって巫山戯過ぎだ。だからあんな指摘を受けるんだ」
あ、これは一応は仲裁ってことかな。少なくともこいつにはことを荒立てる気は無いようだな。ならば一言くらいなら大丈夫かも。
「まあ、それについては一応謝っておくけど、代わりにそっちも、これ以上変なことを言わない諭っといてくれないか? ただでさえ変に疑われてるってのに、これ以上拗れてくれても困るんでな」
仮にも仲裁者を気取るってんなら、その責任を負ってもらうことにしよう。
「疑うもなにも事実でしょ。あれだけ香織ちゃんと睦戯着いてるところを見せ付けといて噂にならない理由が無いじゃない。それで早乙女純ともってんだから、仮令拗れるとしても、そっちこそ自業自得でしょ? 他人のせいにしないでよね」
うわぁ…、どうして女ってやつはこんなに口が達者なんだか。即座に反論してきやがった。
「事実じゃねえっての。
そりゃあ睦戯着いてるってのは、否定しきれないのが辛いけど、でも、少なくともオレの方からってのはひとつも無えっ、事実無根だっ!」
否、正しくは先程述べたように些か弱いところが有るのだが…。
「なにが事実無根よ、本当は自覚が有るくせに」
……くぅっ、如何に弱きを攻めるのが定石とは謂え、やられる身となると凄ぇ腹が立つ。
「だから咲良、煽っちゃ駄目だって。
図星を指されるのって結構堪えるんだから。
それに男鹿くんにはそう謂う意図なんて全く無いって説ってただろ。つまり男鹿くんは悪気なんて全く無いただの人の機微に疎い朴念仁ってやつなんだから。だからそこは察してあげようよ」
……こ、こいつ、どう考えてもオレよりも遥かに毒が強過ぎだろ。とは謂え確かにこいつの謂う通りで、それを否定し切れないのが辛い。
否定すれば、纏まり掛けてる話が元の木阿弥だ。
……くそっ、今日のところは負けといてやるが、こいつら覚えてろよ…。
※1 通常は『素っ飛ばす』と書くようです。ただ、作者のイメージでは『飛ぶ』は『物が宙をビューンと移動する』、『跳ぶ』は『物の上をポーンと越える』とか『パッと消えるように移動する』であるため、『間を透かして跳び越える』という意味合いならば『透っ跳ばす』かと、これを採用しました。
まあ、『素知らぬ振りでビューン』だろって指摘されると『素っ飛ばす』で間違い無いのですが…。
※2『夫婦喧嘩は犬も食わない』というのは『馬鹿でさえ相手にしない』という意味合いの言葉なのはご存知の通りです。
なんでも『犬は馬鹿なので与えればそれが何でも喜んで食う』ってことで、この喩えだと『そんな犬でさえ』ってことのようです。
なお、『食う』は『食べる』の俗的表現で、特にその行為を『愉しむ』意味合いが強いようです。
一方で『喰う』は動物等に使われ、『生きるため』で『作業的』って感じが有ります。
要するに『食』は『人間的』で『文化的』、『喰』は『野生的』で『野蛮』といったイメージで使うみたいです。
因みに『喰』は国字らしいです。
※3 この『しどろもどろ』ですが、難読漢字検定によると『取次筋斗』と書くそうです。他にも『四度路戻路』なんてのも有りました。
で、この語源ですが諸説有ってどれが正しいのかよく解りませんでした。
なお、この意味ですが『たいそう乱れているさま』となっております。[Google 参考]
今回作者が『設ろ縺ろ』と当てた理由ですが、まず『設』は『設え』で『整える』という意味で、『縺』は『縺れ』。つまり『設えど縺ろう』が変化したのではないかといった考えからなのですが、どうでしょう?
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




