千鶴 来訪者 -飾りじゃないのよ涙は-
6月のある雨上がり。
女子高生がやってきた。
うちの学校にやってきた。
長谷川千鶴だ。
校門の傍で佇んでいる。
歳上の女子高生ってのは誰しも気になるようで、しかもそれが美少女ってこともあり、うちのクラスでも男どもの噂に、というか大騒ぎになっていた。
「おいっ、あの制服って翠嶺女学院だろ」
「ああ。でもなんであのお嬢様学校の女子高生が、うちなんかに来てんだよ」
「知るか。でもかなりの美人だな」
「う〜ん、どっかで見た気がするんだけど、いったい何処だったかなぁ」
暫く窓から覗いて見てると、やはり人集りができていた。もちろんその中心は千鶴さんだ。
通り掛かる生徒達がちらり見ている。男子だけでなく、女子も結構混じっている。他所の学生が珍しいのだろう。
とはいえやはり、話し掛けるのは多くが男子。
そこの内の一人の男子がやって来た。
オレ達のもとまで。
「男鹿純ってやついるか、校門のとこで女の子が待ってるぞ」
「え? 美咲ちゃんじゃないの?」
「早乙女純でもないのよね?」
「あれ、千鶴さんだよな?
あの人、なんでオレのこと知ってるんだ?」
呼び出されたのはオレ。
なんで? 全く心当たりがない。
それに、いったい、なんのようがあるってんだ。
本当、判らないことだらけだ。
結局、行ってみるしかないか。
「長谷川千鶴さんだよな。
いったいオレになんのようだ?
確か、初対面のはずだけど」
「あなたが、男鹿純くんね。
大事な話があって来たんだけど、こんな所じゃなんだし場所を変えない?」
と、いうわけで、現在、近所の小洒落た喫茶店。
後からは、うじょうじょと追いて来るやつらが。
中には入ってきてないけれど、ガラス窓にべったりと貼り付いている。
お前ら、店に迷惑だぞ。
って、おいっ、美咲ちゃんっ。
一緒になって、何やってるんだよっ。
よく見りゃ、由希に真彦もいる。
ったく、あいつら……。
念のため、奥の方の席へ。
壁に背を向ける席に着く千鶴さん。
向き合うように席に着くオレ。
後から説明された話によると、計算通りだったらしい。
どういうことかと言うと、壁等を背にすることで、相手の気が逸れる対象を排除し、自然と自分だけに注目が集まるようにするってことだ。
流石は歳上、なかなかの策士風り。
てことはだ、それだけの話があるってことだが、やっぱりまるっきり心当たりがない。
前述したけど、オレとしては全くの初対面のはずなのだ。早乙女純としてならまだしも。
「で、話ってのはなんだ? わざわざこんな所に連れこんで」
「あら、あんな人前でよかったのかしら『JUN』セ・ン・セ・イ」
な、何故バレた⁈
そんな素振り見せた覚えはないぞ。
『JUN』は兄貴達デスペラードメンバーの関係者ってことになっている。
それに、早乙女純説だってあるはずだ。
なのに、なんでオレだと判った?
「あら、やっぱり」
「な、なんのことだよっ。わけ解んないこと言ってんじゃねぇよ」
「へぇ、まだ韜晦けるつもり?
確かに最初は、私も早乙女純を疑ったわ。
でも、この前の盗作騒ぎ、あれで考えが変わったの。
確か、あなたのお兄さん達、バンドをやっていたわよね。
で、その曲の幾つかを作ったのが『JUN』
つまり、あなたってことでしょ」
ヤバっ。完全にバレてる。
でも、なんとか誤魔化さないと。
「ジュンなんてよくある名前だろっ。
それがなんでオレってことになるんだよ。
『JUN』はメンバーの関係者って話じゃなかったのか?」
「ええ、だからあなたってことになるわけね」
「なんでだよっ。
オレはまだ中学生だぞ。普通そんな話にはならないだろっ」
「そうかしら、この業界じゃ、よく聞く話だと思うんだけど」
はぁ……、やっぱり駄目か……。
「で、仮にそうだとして、いったいなんの用なんだよ」
「そんなの決まってるでしょ。曲を作ってほしいのよ」
「嫌だ。断る」
「あら、そんなこと言っていいのかしら。
あなたの正体、世間に知られたくないんでしょ」
……っ、この女、なんて性格の悪さだ。
だがそれなら、こっちにだって考えがある。
「そっちこそいいのかよ。
このこと知ったら大成さん、どう思うかなぁ」
早乙女純として過ごすうちに気づいたのだが、実はこの女、大成さんに気があるらしい。
ならば、この手は有効なはず。
「ちょっと、なんで彼がここで出て来るのよ」
「べ〜つに〜」
おっ、効いてる、効いてる。
⁈
ここで予想外のことが起きた。
なんとこの女、いきなり泣き始めたのだ。
しかも、嘘泣きでなく、マジで。
えぇ〜〜〜っ!
ち、ちょっと待てよ。
これじゃまるでオレが悪者じゃないか。
嘘だろ。
勘弁してくれ。
「あ〜〜っ、もうっ、了承ったよ。
やりゃいいんだろ、やりゃ」
「え、本当に? 彼にも内緒にしてくれる?」
「でも、今回一度だけ。しかも催促無しでだかんな。
あと、当然だがオレのことは秘密。
これが守れなきゃ、この話はナシだ」
結局、引き受けることになってしまったオレ。
涙は女の武器って言うけど、まさかそれを体験するはめになるとは……。
はっきりいって、これは卑怯だ。反則だ。
今まで、周りに由希ぐらいしか女がいなかったから判らなかったが、オレって女の子に弱かったらしい。
ともあれ、ようやく千鶴さんも泣き収まり、ほっとするオレだった。
※作中の『追いて』『風り』『韜晦ける』『了承る』『判る』は、当て字です。一般的でない、作者オリジナルのものも混ざっております。ご注意下さい。
※作中の『佇む』ですが、『彳む』とも書くようです。この字を知って、誤字かと心配になって調べてみました。因みに、この文字を使った言葉には『彳亍』(進んでは、止まるの意味)なんて冗談みたいな熟語もあるんだとか。[23年1月28日]




