体育祭 -フォークダンス ―残酷な天使の接吻-
体育祭もその競技の全てを終えて、後は閉会式の結果発表を待つだけとなった。とは述っても、実際にはその前に1種目、フォークダンスが有るのだが…。
実はこの種目に限っては得点には集計されない。この時間を使って得点の集計をするのが目的らしいので、点数の変動が出るのは望ましくないと謂うところだろう。
と、まあこれは運営側の都合なわけだが、参加者側にこの種目に対する異存はない。どちらかと謂えば気になる異性と親睦を深める絶好の機会とばかりに依存されているくらいである。
……って、なんだよ、こんな奴ばかりかよ。
まあ、解らないでもないけどな。
思春期だから異性が気になって仕方が無いってのも当然有るんだろうけど、それ以上にこんな機会ってのは学生時代くらいしか無いわけで、つまり一生一度の思い出作りっのも有るわけだ。……なんか哀しい人生だよな…。
ともかくだ、参加者達の多くはこんな思惑で、ペアの相方を僥める 煩悩塗れの色餓鬼だらけ、なんとも浅ましい相手漁りが繰り広げられる有様となっていた。
天堂や美咲ちゃんなんて、そんな奴らに群がられて大変なことになってるし。
まあ、そこはこのふたり、お互いでペアを組むことで巧い具合に凌いだみたいだ。
多分声を掛けたのは美咲ちゃんの方だろう。あんな風に見えて、結構こう謂う機転は能く利くからなぁ…。
こんな欲望だらけの惨状であるが、強ち悪いことばかりとは謂えない。なんてったって、これを切っ掛けに交際に至る幸福な男女なんてのも在るみたいだしな。
とは説ってもそれは極一部で、大抵は異端れることを惧れ妥協で相手を選ぶようになるみたいだが。
まあ、でもそれならまだマシな方だろう。一応は男女でペアが成立しているわけだし。
だがそうでない者達は……果然り同性同士ってことになるのか?
それくらいなら孤独の方がまだマシと、参加を許否し傍観者に徹するべきだろうな。
うん、オレなら佚り一択だ。
正直謂って、他の奴らみたいな軟派行為ってのはオレの性には合わないし、それにその後が面倒だ。
ここは果然り、先程の佚りで決定だな。
そんな行動方針を決定したばかりのオレだったのだが、その判断は余りに遅きに過ぎたようだった。
香織ちゃんの襲来だ。
いや、こんな表現が失礼なのは十分どころか百も承知であるのだが、彼女の背後の死屍累々たる脱落者達を一望に覧てしまうとな…。
当然ながら香織ちゃんの目当てはオレだろう。と謂うか判然りオレと認めざるを得ない。
だって他には男なんて、もう周囲にひとりたりとて在ないんだから、否定したくともしようが無い。
在るのは最早、返事も拒絶されたただの敗退者ばかりである。そしてそれを気に掛ける女子もなし。
そんな玉砕を賭げし戦没者達を背に、彼らにとって非情と謂える台詞が、香織ちゃんから発せられた。
則ち それは、オレに対してダンスの相手へのお誘いの声が掛かったと謂うことである。
これだけの精神的大虐殺を行ないながらも、天使の如き笑みを浮かべる香織ちゃん。
そう謂や天使って、目的のためなら他を一切顧みない存在だったっけ。
そんな現実逃避をしていたせいか、気づけばオレは香織ちゃんからの要請を受け容れてしまっていたようだ。
否、正確にはそれは違うんだけど、まああの強引さだからなぁ…。
特に今回は美咲ちゃんからの誂発(?)が起ったこともあり、いつも以上に促ってくるんだから、もうどうしようも無いだろう?
ただ、オレがこんなに無抵抗だったせいか、香織ちゃんは調子に乗って、喜びの抱擁から流れるかのような自然さで、オレの頬に接吻を決めてくれたわけで…。
背筋に悪寒が疾った。
周囲の玉砕した敗退者達が屍霊から怨霊と化したかのような、そんな不穏な空気が満ち溢れている。
そりゃあまあ、そうもなるだろう。
なんてったってアレを見せ付けられたらなぁ…。
アレは謂うなれば『残酷な天使の接吻』ってことになるんだろうな。
もう明確な死者蹂躙と謂えるだろう。
ただ、コレをやったのは香織ちゃんであってオレってわけじゃないんだけど、何故オレが死体蹴りでもしてるかのような目で非難されなければならないんだか…。
※1『僥める』とは『幸福を求めること』で、『僥』には『僥う』という読み方が有り、『僥倖』といった熟語が有ります。
※2 ここでは『則ち』を使っておりますが、この『すなわち』にはいろいろな字が存在するようです。それについては下記の通りです。
因みに『即ち』『則ち』は本来は『即刻』『当時』という意味だったらしいです。
【則ち】その場合。そんな理由で。〜に則りってことで、お約束って意味合いみたいです。
【即ち】すぐに。その時に。思うに?
【乃ち、迺ち】そこで。それで。〜に関してって意味合いでしょうか?
【仍ち】したがって。よって。
【而ち】そして。
【便ち】すぐさま。容易く。
【焉ち】そこで。そのため。
【曾ち】そしてそれは。
【載ち】そしてそのまま。容易く。
【輒ち】その度ごと。いつものことで。
[Google 参考]
これは作者の私見ですが、『すなわち』は『すなお』『すんなり』に通じるのでしょうか、どれも『余り考えず』とか『抵抗無く』って意味合いに思えます。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




