体育祭 -借り物競争 (後編)-
気づけば先月7月の月別PVとユニーク値で、自己記録の1位が更新されていました。ユニークは初めての4桁1000超えです。まあ、他の作品の投稿者の方々に比べれば微々たるものに過ぎませんが、それでも作者としては非常に嬉しい限りです。
というのも、多少の変動はあれど月別のPV3200前後、ユニークは800前後で定着していたため、もうこれ以上に伸びることは無さそうだなんて思っておりましたので。
それが先月の新記録です。もうこれはひとえに読者の皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
こんな読み辛く、くせの強い作品ですが、よろしければ今後もご贔屓にしていただければ幸いです。
[2023/08/03]
斑目に散々笑わせてもらったところで、愈々オレの出番がやってきた。
今までは他人事だったけど、以早自分の番となると些か不安が込み上げてくる。
アレをオレがやるのかよ…。
嫌だな。変なのを引き当てなけりゃ好いんだが…。
進行に促されスタート位置に就く。
ええい、こうなりゃ成り行き任せの出たとこ勝負だ。
競技開始の合図を受けて籤の元へと走り出すオレ達参加者の面々。だがその足取りは軽快見えて、実は裏腹に気は重い。
「うげっ、マジかよ……」
オレの目の前で籤を開いていた男子の声に、つい気になってそれを覗き込んでしまう。
恐らくは陸でもないものだろうと予想は着いているのだが、まあ怖い物見たさってやつである。
うん、どれどれ?
『女騎士の扮装で「くっ、殺せ」』?
……って、誰だよ、こんなお題考えた奴は。
確かに演る奴は死にたくもなるだろうよ。本当に巫山戯切ってやがる。
それにしても有るのかよ、この衣装。
……って、有るんだろうな、演劇部辺りに。
まあ、やるか棄権するかは自由だけど、ともかくご愁傷さまである。
そんな他人のことよりも自分のことだな。
過る不安を擠し除けて、覚悟を決めて自分の籤を開いて確る。頼むから変なお題が出てくれるなよ。
「硬式野球ボール?」
オレのお題はこれだった。
しかも特にこれと謂った演出も求められていない。
ただただ普通に持って来るだけ。
なんと謂うか、あれだけ気負って構えていたのに、以早こうやって開いて確れば、余りにも余りな普通風り。拍子抜けとは正にこのことだろう。
否、ここはそんな平凡風りを奇跡と喜ぶべきだろうな。きっと重罰を免れた大罪人ってのはこんな気分に違い無い。
うん、これは決して大袈裟な譬えではなく、至極真っ当な喩えのはずだ。だって先程の奴なんてお題がアレだったもんなぁ…。
安堵の喜びを噛み締めながら、オレはこの先について考えを巡らせる。
やはり借りに行くとするならば体育倉庫? 否、ここは果然り野球部だろうな。せっかく入部もしたんだし。……と説っても一応、仮だけど。悪いけど正式に入部する気は無いんだよな。
そりゃあ興味が無いわけじゃないけれど、いろいろと理由が有ってオレには無理が有るからな。でも、周りの奴らって解ってくれないし、それに一部の理由に限っては誰にも話すわけにはいかないからなぁ…。
宜し、それじゃ野球部に借りに行こう。
そうなるとまずは顧問の許可を貰うべきだろうな。
そんな理由で顧問教師を訪ねたわけだが、鍵はマネジャーが持っているらしい。それじゃあそっちに向かうとするか。
で、途中で気がついた。マネジャーって謂っても、どのマネジャーかを訊いていなかったことに。
我ながらなんとも迂闊で粗忽と呆れてしまう。
まあ縦いか。取り敢えずはこのまま克く馴っている三波のところに行くとしよう。
「鍵なら足立さんのところだよ」
残念ながら三波は鍵を持っておらず、二年生の足立という女子マネジャーのところだとか。
まあ、そう都合好く進くわけが無いか。
「悪いけどあなたの要望に応える気は無いわ」
都合好く進まないと謂えば、こちらもそうだった。
何故だ?
この足立というマネジャー、どう謂う理由か、どうにも対応が素っ気無い。否、冷淡と謂うべきか。
オレ、何か気に障るようなこと言っただろうか?
それとも何か機嫌を損ねるようなことをしたとか?
否、どちらも心当たりが無いんだけどな…。
どれだけ考えて試ても果然り解らないものは解らない。仕方が無いので開き直って尋ねて試ることにしよう。
「ああ、もしかしてあなたが例の野球部の新入りの一年生?
だったら仕方無いかもね。だって谷古宇くんが主戦投手を辞めたのってあなたが原因なんでしょ?」
オレの疑問に応えてくれたのは足立マネジャーの友人の女子生徒だった。
彼女の説うには足立マネジャーと谷古宇が付き合っているからってことらしい。要するにそれで怨みを被ったってことだな。
「何言ってるのよっ。私はただ、敵対する相手の利になるようなことはしないって説ってるだけよ」
一見真っ当なことを言ってるみたいに思えるけど、実は肝心なところで辻褄が合っていない。
何故ならこの種目は各学年ごとで行なわれているからだ。
各クラス4人×3学年で12戦ってどれだけ力が入ってんだよ。この種目って、余程人気が有るんだな。
ともかくだ、そんな理由で彼女がオレの邪魔をする理由なんて私怨くらいしか無いってことになるわけだ。全く、なんて大人気無いんだか。
こんな感じで指摘し、非難し、誂発してと、いろいろと試って験たのだが、反って依怙地になっただけで結果は全く変わらなかった。
くそっ、完全に相手の思う壺だ。随分と時間を無駄にしてしまった。
しかしこうなるとほぼ完全にお手上げか…。
それでもオレは考える。
とにかく只管に思考の試行を繰り返す。
最早上策だの下策だの関係無し。愚策とも思える奇策が嵌まることだって起り得るのだから。
とは謂え遉にルールの違反はできないけど。でも、それのギリギリくらいのものならば…。
何か意外な視点、コロンブスの卵的な奇策は無いだろうか……。
チェス盤思考でもなんでも可い。多少強引な屁理屈だって、この際不問で構わない。
なんでも可いから何か有効な打開策は無いだろうか。
実際に甲子園でも有ったからな、『ルールブックの盲点』ってやつが。だからこの競技にだって絶対に何か意外な抜け道ってのが有るはずだ。
……甲子園?
そうだ、そう謂えばアレが有ったじゃないか!
コレならば絶対に確実だ。
そうと決まれば早速だ。オレは即座に行動に移すことにした。
審査員の元へと走った。
だが時間も随分と経っており、残念ながら既に4人がゴールを決めていた。
しかしまだ5位が残っている。全8クラスなので残るはオレを含めてあと4人。否、1人無理そうな奴が在るから実質3人っての正しいか。少なくともオレじゃ女騎士の扮装は無理だし、恐らくは彼もそうだろう。
……って、ええ⁈ アレはまさか…。
なんか変な仮装した男がこっちへ向かって駆けて来る。いやアレって…。
だが間違い無くアレは女騎士(の鎧を装備した男)だ。
彼の名誉のために説っておこう。彼は打開策を見つけたと。
まあ、単に上から着込んだだけなんだけど。
普通着るって謂ったら着替えることを考えるわけで、重ね着なんて思いつかない。まあこれも思い込みに対する盲点ってやつだろうけど、しかし敵ながら天晴れなものだ。
って、余裕を構いてる場合じゃない。ヤバい、オレも急がなければ。
慌てて審査員の下へと向かい、お題のボールを取り出す。
もちろんこれは野球部の備品ではない。当然学校の物でも。そしてどこかで購入した美品ってわけでもない。
これは飽くまでもオレ個人で用意した物で、オレ個人の所有物である。
そう、これがオレの秘密兵器『海堂晋のサインボール』である。
……できれば出したくなかった…。
取り敢えずこれでお題はクリア、あとはゴールに向かうだけだ。
だが、まさかの物言いが入った。しかも審査員からではなく外部から。
野球部マネジャーの足立先輩である。
なんでも硬式の野球ボールは野球部でのみ管理されているらしく、これが本当にそれに該当するのかと謂う指摘だ。
そんなわけで彼女の立ち会いの下、もう一度判定する羽目に。
まあそんな必要なんてするまでも無く、一目瞭然なんだけどな。なので当然ながらそれは直然りと終わったのだけど…。
「ちょっと待ちなさいよ。
なにを勝手に部の備品を持ち出してんのよ。
しかも剰え変なラクガキまでして!」
審査員からボールを受け取ろうとするオレの横から手を伸ばし、それを奪うやこんな言葉を発する足立。
その暴言も然ることながら、なによりもその行動は看過できない。
「なにしやがるっ。返せよクソ女っ。
それは野球部の備品じゃねえし、その字も断じてラクガキなんかじゃねえっ!
それは私物で、海堂晋のサインボールだ。そこらに碌々溢れてる物と一緒芥 にしてんじゃねえ!」
奪われたそれをオレは即座に奪り還した。全く、油断も隙もないってんだ。
しかも玉石混交甚だしい暴言は、如何に知らないからとは謂え、絶対に許し難い。
だからこっちも容赦はしない。そっちがオレの大事なものを侮辱してくれたからには、こっちも同様に反してやる。
当然倍返しなんてものじゃ済まさない。
目指せ超過確殺だ。
「全く酷いもんだよな、甲子園の英雄からの貰い物と、我が校の下手れ部員達の普段使いの消耗品を一緒扱いにするなんて、明らかに感性が皆無だよな。
まあ、付き合ってる彼氏って奴がアレってんじゃそれも性 が無いってか?」
お〜お〜、効いてる効いてる。
足立の奴、顔を真っ赤にして、当に怒髪天って感じだな。凄ぇ怒気が漂ってる。
ただ、オレの指摘が図星っていうか、反論したくてもできる要素が無いせいで悔しそうに身を震わせるぐらいしかできないわけだが。
「そ、それよりも、なんでそんな物をあなたが持っているのよっ。不自然じゃないっ!
どう考えてもあなたの言い分には無理が有るのよ!
それを高言するに正論欠いてあんな暴言まで吐くなんて一年生のくせに失礼にも程が有るわっ!」
突破口を見つけたとばかりに問い詰めてくる足立。
だけどオレがそんなことで怯む理由が無い。
なんてったって疚しいことなんて欠片さえも有りはしないからな。当然余裕綽々だ。
「確かにこれはオレのじゃないけど、それでも歴とした私物だよ。早乙女純からの借り物だ。
早乙女純が海堂晋から貰った物を無理を請って借り受けた大事な代物だからな。
だから本当ならこうして他人前に晒すつもりは無かったんだけど、そこの性悪女のせいでこうして持ち出す羽目になったって理由だ。
全く酷い迷惑も有ったもんじゃねえってんだ」
取り敢えず、足立の奴を涙目にさせて、オレの疑惑を晴らしたわけだが……。
ち、気づけばオレが最後かよ。お陰で最下位確定じゃないか。まさか狙ってたわけじゃないだろうな、この女。本当になんて性悪な奴だ。
「漸々宜い加減に行かせてもらえないか?
仮令最下位でもゴールすれば一応1点にはなるんでな、だからその責任を果たしに行きたいんだ。
それともそれさえも邪魔するってか?
審査員をも捲き込んで?
本当に陸でもない奴だな」
こうなれば仕方が無い。審査員には悪いけど捲き込ませてもらおう。まあ、こいつに縦いように利用されてんだから、これ以上関わるならその責任を執ってもらうってことだ。
オレの誂発を受けた審査員だが、果たしてオレの足留めにこれ以上加担する気は無いようだ。お陰でオレも漸くゴール。
でも、最下位には変わりが無いんだよなぁ……。
全く、して敗れたわけだ。
……これって得点の結果だけなら一応想定内なんだけど、どうにもその内容がなぁ…。
くそっ、結局納得のいかない結果になってしまった…。
※1 この当て字『一緒芥』ですが、語源のひとつに『くた』は『ゴミや塵』を意味する『芥』に由来するというものが有りました。そんな理由で『ゴミと一緒な扱いをする』という意味合いでこの字を当ててみました。
他の由来としては『揉みくちゃ』の『くちゃ』(『くちゃくちゃ』という擬音)と同じで、それが『くた』に変化したというものや、古い動詞の『くたつ』のことだというものが有りました。この『くたつ』とは『時の経過と共に悪い方向に変化すること』という意味で『朽ちる』に近い意味合いなんだとか。『くたびれる』とかのことのようです。
因みに、この『一緒くた』ですが『一色単』とか『一色端』なんて誤って書かれることがあるらしいです。ただ、意味合いはよく解かるし当て字としてなら一概に否定できないできの良さだと思います。[Google 参考]
※2 作中の『性が無い』という表現ですが、当て字の通り本人の『仕様』という意味合いで、『性が無い』とは『本質が劣るので仕方が無い』という意味合いのつもりです。
要するに『性能で劣る』つまり『無能』と蔑んでいるわけであり、それが『神の定めた仕様』だと嘲っているというわけです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




