体育祭 -借り物競争 (前編)-
誰だかのせいで女子達が忌き捲くった騎馬戦の後は、大縄跳びを経て 借り物競争へと移った。
愈々オレの出番の種目である。
他の参加者は男は天堂、女子は美咲ちゃんと斑目という地味な子。人数が男女2人ずつと多いのはそれだけ人気種目と謂うことだろうか。
「へぇ〜、純くんもこの種目なんだ。でも純くんがこんな目立つ種目に出てくるなんてなんだか意外ね」
隣りのクラスからは香織ちゃんが出場するみたいだ。
まあこれは偶然ってわけではなく、まず間違いなく必然だろう。だって現役アイドルだもんなあ。
他の参加者にしても概ねクラスや学校の人気者が選ばれているみたいだ。そう、選ばれているのだ。
その理由ってのは至って単純、なんてったって借り物競争なんだから、当然何かをどこかから借りてくることになるわけで、場合によってはそれが自分になるかもしれないわけだ。まあ、ここまで説えば解かるだろうけど、要はそう謂う相手なら当然美男美女が好いってことだ。
で、天堂や美咲ちゃん、香織ちゃんがこれに出るってのは、まあファンへの忖度ってことで、半ば仕事の一環みたいなものなわけだ。
因みにオレや斑目も選ばれての出場だけど、こちらは人気ってよりも面白半分ってのが理由だろう。つまりそう謂うのを苦手にしてる奴を矢面に立たせて、右往左往しているのを観て嘲笑いたいって謂う性悪な理由である。
全く、こいつら他人を道化師扱いしやがって。覚えてやがれ。
「全くだ。内気 なオレには似合わないってんのにな」
香織ちゃんの言葉をオレは透かさず肯定する。
本当、勘弁してほしいものである。幾らオレでもそこまで開き直れるもんじゃないってんだ。
「男鹿くんの場合、どちらかと謂えば内向的 ってのが正しいと思うんだけど…」
オレの主張は斑目の毒舌に依って否定された。
おのれ斑目め、地味女のくせに誂ってくれるじゃないか。同情なんてするんじゃなかった。
そう謂うことなら精々無様に生き恥を曝すが縦い。否、ここは曝すが好いだな。そしたら思いっ切り嘲笑ってやろう。
早速競技が始まった。
我がクラスの一番手は美咲ちゃんだ。
隣りには香織ちゃんが並んでいる。
そのせいだろう、男子どもの歓声が凄い。
まあそれも当然か、人気アイドルふたりの競演だもんな。
取り敢えずはコースに順い 駆け出す美咲ちゃん達。
但しその先で待っているのは終着点ではなく、お題の籤引きなのは説明するまでもないだろう。
それなりに早く着いた美咲ちゃんだけど、籤を前にして延々と迷い、時間を潰し続けている。
そんなのどれを選らんでも一緒だろうに、どうせ中身は開いて確なけりゃ解かるわけないんだから。
何人かに追い抜かれ、漸く狼狽てる美咲ちゃん。
遅いってんだよ、もう香織ちゃんなんて疾くにそこには居ないってのに。
その香織ちゃんだけど、真っ直ぐこちらに向かってくる。なんだろう、通常何を借りるにしたところで、自分のクラスへと向かうのが普通だと思うんだが。
だと謂うのに、彼女はオレの目の前にまでやって来て……。
ええっ⁈ オレ⁈ なんで⁈
否、香織ちゃんの思考 ってか、志向 だとこうなるのも当然か。って志向なんて上等なもんじゃないな。ただの当人の嗜好 を優先しただけなんだろうから。
で、その香織ちゃんなんだけど……えっ⁈
何故かオレの手を取ると「じゃ、純くんお願いね」なんて言って走り出す。
いや、ちょっと待ってくれよ。そんなんじゃわけ解んねえって。
だがしかし、香織ちゃんは一緒に連いて来れば解かるって説うばかりで陸な説明もしてくれない。
順って 、今は従順しく倭う しか無さそうだ。
……なるほど、そう謂う理由だったのか。道理で香織ちゃんが説明せずに逸らかそうとするわけだ。
審査員の前でお題を見せる香織ちゃん。ここで初めてそれがオレにも判明したのだが…。
「え〜、だって説明してたら絶対に純くんって、テレて従いてきてくれなかったでしょ」
当然だろう。なんてったって香織ちゃんの引いたお題目は『好きな異性』だったんだから。
それで連いて来るってんなら、それは公然と交際を認めることじゃないか。
お陰で公認の恋人同士扱いだ。
もちろんオレにそんな気なんて毛頭すらも有りはしない。否、ハゲてるわけじゃないから数の喩えには不適切か。……って、そんなことが摘いたいんじゃない。
問題なのはこうしてハメられたことで、オレが認めたと勘違いされることなんだ。
いや、まあ周りも「どうせいつもの戯言だろ」って、理解してくれるとは思うんだけど、それでもなぁ……。
男子どもの嫉妬む呪いの声が喧しい。
女子達の優しい祝いの声が嫌悪しい。
こいつら他人に干渉し過ぎだろ。関係無いんだから放っといてくれってんだ。
オレがそんなことを考えるいる間に、美咲ちゃんも漸くゴール。
制限時間2分前……って、結構掛かってるな。いったいお題は何だったんだ?
美咲ちゃんが審査員に渡したのはバスケ部のユニフォームだった。
なるほど交渉にそれなりに時間は掛かるだろうけど、でもここまで掛かるものなのか?
「え? うん……その……代わりにみんなにサインをねだられちゃって」
……納得した。どうやら人の好い美咲ちゃんは、彼らの一人ひとりの要望に応えていたらしい。まあ、ファンは大事だし、余り無下にもできなかったってことだろう。
因みに最下位は時間内にゴールできなかった男子だった。彼は籤を引いた直後真っ直ぐに審査員の下へと向かったのだが、それはお題となった物を借り受けるためではなく、籤引きのやり直しの要請のためだったようだ。
当然ながら、その要望が通るなんてことはなく、結局先程も述べたように時間終了で失格となったわけだ。
ただ、そんな彼には同じ男としては同情するしか無かった。何故ならば……。
「巫山戯るなっ!
何が『ギャルのパンティー、お〜っくれ〜っ』だっ!」
グランドに彼の悲痛な絶叫が響いた。
※1『経る』は正しい読み仮名であり、発音もこれと同じです。同じ意味の『歴る』もまた同様です。歴史的仮名遣いってわけではなかったようですね。因みにその場合は『経る』となります。多分『歴る』も同じです。但しこれらは最近では『経る』『歴る』と変わりつつあるのだとか。
発音の変化した言葉の中に思わず笑ってしまうものが有りました。なんでも後奈良天皇が1516年に編纂した『何曽』という謎々集によると『母』は『パパ』と発音することが設問で明示されているんだとか。今の発音だと性別が逆でギャグですよね。[Google 参考]
※2 作中に出てくる『シャイ』という言葉ですが、当て字の通りの『内気』や『奥手』といった意味合いの言葉です。なお、対比として出てきた『内向的』という言葉ですが、字面的には『内気』と似ていますが、その意味合いは大きく異なります。
【内気】消極的で気が弱い性格。人目が気になる。
【内向的】自己完結な孤高的性格。人目なんて気にしない。
と、こんな感じで、『内気な人』は『人付き合いができない』ってだけで『憧れは有る』という寂しい人で、『内向的な人』は『人付き合いを拒絶する』というだけで『そんなの不要』というヤバい人だったりと、同じ非社交的であっても性格的にこれだけ大きく違います。
まあ、流石に寂しいとかヤバいは言い過ぎでした。心当たりのある方、悪意が有ってってわけじゃないんです。飽くまでこれは極端な例ってだけなので……。
そんなわけで謝ります。ごめんなさい。
なお、これらは作者の私見です。Googleとかではこういった説明はされてません。
※3 作中の『順う』を始めとした『したがう』という言葉ですが、その意味合いや使い方は次のようになっているようです。
【従う】後について行く。反対しないでついて行く。
このほかにも、広く用いられています。
【随う】偉い人について行動する。
【遵う】道理や法律に準拠する。
【順う】道理や成り行きに逆らわない。ご都合主義な状況ですね。(笑)
よく聞く『順って〜』っていうのはこの字です。
『順』には『順』という読み方が有ります。
【跟う】人の後について行く。『跟』は『跟』とも読むことから『後を追う』と意味合いで、当作品ではよく使用しております。
【徇う】言うことをきく。
『徇』には告知の意味が有ります。
【殉う】命懸けで命令をきく。
【隷う】奴隷の如く仕える。
【伏う】服従すること『犬』の如し。
【服う】受け容れる。手足の如く働く?
この読み方は余り使われることがないようです。
【扈う】主人のお供をする。『扈う』とも読む。
『扈』には『扈い』『扈る』という読み方が有り、意味合いも同様。なので恐らくはかなり優遇されていると思われます。下手をするとバカ殿様と悪家老みたいな関係も有るかも…。
【率う】率いられる。
【陪う】補佐する。でも陪臣とは家臣の家臣です。
【循う】ルールを守る。『見回る』『宥める』といった意味も有ることから、自分のことだけではなさそうです。
【賓う】賓客に仕える。
【婉う】女性が男性にご奉仕する?
【馴う】馴れしたがう。親しい人の頼み事をきく?
【倭う】他人に判断を委ねる?
【遜う】他人に判断を遜る?
[Google 参考]
※4 作中の『思考』を始めとした『しこう』と読む言葉ですが、作中のものに加え紛らわしいものについて簡単に説明すると次のような感じになります。
【思考】その人の考え方や思っていること。ただ単に思いつくことと違い、順序だてて道筋を立て考えています。
【志向】意識や考え、気持ちがある方向や対象に向くこと。
【指向】何かがある方向に向かうこと、または何かをある方向に向けること。単に向いているだけです。
【志行】志と行動。「思い込んだら試練の道を」ってことですね。(笑)
【嗜好】食や趣味の好み。
【私考】自分の考え。私見。
[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




