体育祭 -昼休憩はいつもの通り-
名前の割りに過激な種目『玉入れ合戦』が終了した。幸いにして怪我人は出ていないようだ。まあ、それでも帰って来た男子達は随分と疲れ果てた様相で、我がクラスにおいてもそれは例外ではなかった。
「まあ、確かに過酷な役割だけど、あれだけ大勢の女子達に囲まれてなんだし、味方からは心配してもらったり、慰労の声を掛けてもらえたりしてんだし、十分元は取れてんじゃねえの?」
河合はこんな好き勝手なことを言ってるけど、どう考えても他人事だろう。
……と思ってたんだけど何故だろう、改めて帰って来た彼らに目を向ると、そんな気は失せ、河合の意見に納得をせざるを得ない状況であった。一緒に参加していた女子達に囲まれて随分と嬉しそうな様子が窺える。
先程までの疲れは演技だったのかよ?
「まあ、あれが思春期ってやつよねえ」
由希が呆れた ように言う。否、『飽きれた』なのかもしれないな。由希のところの道場の門下生達も、結構こんな感じだったりするし。少なくとも『厭きれた』でないことは確かだろう。ああ、これは『倦れた』だな。相手にしててもう倦然りってやつに違い無い。
昼休憩、昼食に関しては特に決められ事はない。食堂を利用するのも可いし、持参した弁当をどこかで食べるのも宜いだろう。まあ遉に校外でってわけにはいかないけどな。つまるところ平日の普段通りである。
そんなわけでオレ達は普段通りに教室にて昼食だ。果然り普段通りってのは落ち着いた気分でいられるのが好い。
そりゃあせっかくのこう謂った行事なんだし、それに応じたグランドの控え場所ってのもアリかもしれないけど、その場合どうしても運営やらなにやらの躁しさ が目に着くし、場合に因っては何らか手伝いをする羽目になる可能性だった有りかねない。なんてったって、なにかと他人にお節介を焼き たがる由希が一緒だからなぁ…。なお、老婆心とは間違っても謂わない。理由については察してくれ。ほら、由希の奴がこっちの方を睨んでるし。……相変わらずの勘の鋭さだよな、こいつ。
「お待たせ、純くん。今日は体育祭だからいっぱいお腹が空くだろうと思って、いっぱい用意して来たのよ」
そしてこちらも普段通り。なんと謂うか最早当たり前のように在る隣りのクラスの香織ちゃん。自分のクラスは可いのかよっ。
……まあ縦いんだろうな。この子が興味有るのは、自分のクラスなんかよりも絶対的にオレなんだろうし…。
で、先程言って通りにこれまた恒例となってしまったオレへの差し入れを並べ始める。
「うおっ⁈ 本当にいっぱいだな。
しかもどれも凄い美味そうだし」
河合じゃないけど、いつも以上の分量だ。そしてどれもなかなかのでき映えで美味そうである。
「あげないわよ。これは純くんのために用意したんだから」
物欲しそうに鑑てた河合に香織ちゃんからの掣肘が入った。
箸を着けようとしていた河合の袖を掣くと謂う言葉通りの行動でその意味を実演してくれたわけだけど、なにもそこまでしなくても…。
「ちょっと河合、そう謂う空気を蔑ろにするような真似ばかりしてると、そのうち馬に蹴られても知らないわよっ!」
「うん、無いわ〜。そう謂うことばかりしてると、本気で周りから忌かれるわよ」
香織ちゃんの行為を肯定するかのように、朝日奈と日向が河合を非難する。
でもどちらかと謂えば、河合を支持する奴の方が多いんじゃないだろうか。主にもてない男どもだが。
それならその対極の女子達ってことか?
確かに恋愛そのものに憧れる子達が香織ちゃんの女性ファンに多いって聞いたけど。でもその中に、こいつらの謂う馬だか鹿だかが存在するとは思えない。幾ら憧れが有ったとしても、所詮は他人事だなんだしな。
「う〜ん、責めて一言断ってからにするべきかな」
美咲ちゃんも、香織ちゃんに協調するかのような発言で朝日奈達に続いた。…って本当に協調なのか?
確か美咲ちゃんは早乙女純派を主張してるけど、この発言は特に深い思惑が有ってのものには思えないんだよなぁ…。
「せっかくだけど香織ちゃん、こんなに用意してもらって悪いんだけど、とてもじゃないけどオレひとりの手には余るからさ、皆でってんじゃ駄目かな?
本当、せっかくの手作りなのに悪いな」
取り敢えず、面倒なことになる前に、適当な落しどころって感じの提案でお茶を濁すことにする。
これならばオレの意見は誰にとっても中立となるはずだ。
香織ちゃんからの好意は否定せず、それでいてそれを完全に受け容れるってわけでなく、飽くまで友人としての立場での振る舞いとして不自然なところのない、悪夢の如き賢謀と謂って可いのではないだろうか?
ふ、我ながら随分と熟れてきたものだ。今ならきっと、あの腹黒な織部さんとでも正面きってやり合うことも可能なはず。……だよな、多分。
まあ、そうでなくとも随分とこの方面では成長してるはずだ。そうでなければこの半年近く、香織ちゃんを相手にした苦労が報われない。
せっかく巧く進ったんだ、ここから先もなんとか慎重に気を配りながら進めないと…。
もしかすると今日一番疲れる時間って、この昼休憩なのかもしれないな…。
※1 作中の「あきれた」という言葉の使い分けは純というか作者による主観です。基本的にはそこまでの違いは有りません。……恐らくですが。
意味合いとしては次のような感じで使っています。
【呆れた】アホ臭くなってきた。
【飽きれた】もう十分堪能した。
【厭きれた】厭気がさしてきた。
【倦れた】うんざりした。気疲れした。
※2 作中で使っている『躁しさ』ですが、結構いろいろな漢字が存在するようです。
今回は『バタバタする』というイメージで、『足』の付いた『躁』を使ってみました。
【躁しい】忙しく動き回る様子。
『躁』には他に『躁ぐ』『躁がしい』『躁く』という意味があり、『荒々しい』『苛立つ』という意味合いも有ります。
【遽しい】突発的なできごとにあわてる様子。
一応は速やかに対応できているようですが…。
『遽』には他に『遽てる』『遽か』『遽る』『遽れる』『遽やか』という読み方が有ります。
【慌ただしい】状況の変化が激しい様子。
よく『心』が『荒れる』ほどになんていわれますが、そんな感じで正常な判断がつきにくかったりするようです。
【窘しい】困難、苦難で切迫した様子。
『君(君主)』に『穴(避難場所)』ってなれば当然進退窮まるってことでしょうからね。
『窘』には他に『窘まる』『窘しむ』『窘まる』といった読み方が有ります。
【遑しい】あわててむやみに動き回る様子。
『遑』には他に『遑てる』という読み方と、何故か『遑』『遑』という逆の意味の読み方も有ります。
どうやら旁の『皇』には『あてもなくさまよう』という意味合いが有るらしいので、恐らくは『皇』は『無駄』ってことになるのではないかと思われます。
つまり『遑』とは『無駄な足掻き』とか『時間の無駄使い』って意味合いになるのでしょうか…。
[Google 参考]
※3 作中の『お節介を焼く』を始め、『世話を焼く』『手を焼く』等と使われる『焼く』という言葉ですが、これは『面倒を看る』という意味であることはご存知の通りです。
ではなぜ『焼く』なのかというと、一説によると『お灸をすえる』という治療行為から生じたものではないかということです。[Google 参考]
……だとすると結構荒療治なわけで、人によっては迷惑に感じたりするのも一緒ですね。(笑)
作者個人としては、する側の『熱意』故の『焼く』なのではと思っております。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




