体育祭 -円盤拾い-
意外な愉しみ方の綱引きが終わり、次の種目へと移った。
ただ、それは『円盤拾い』なんて聞いたことも無い競技だったりする。
恐らくは我が校の創作なんだろうけど、その内容はなんとなく予想が着く。そしてそれは間違いではなかった。だって一方が投げた円盤をもう一方が拾ってくると謂ったものなのだから。
「犬かよっ!」ってツッコミを入れたのは決してオレだけじゃなかったはずだ。
そして運営側もそんなことは織り込み済みだと、拾う側に犬の格好をさせるなんて洒落を効かせている。ただ、女子は犬耳のヘアバンドで、男は頭巾に口許の出っ張った当て具附きってのは……。否、摘うまい、だって男も女子と同じあの格好ってのは、なんだかなあ…。
一応、ルールの説明をしておこう。
まず参加者だが各チーム、つまりクラスから男女1名ずつ。それが主人役と犬役とに分かれる。
そしてそれぞれ主人役と犬役とでペアとなって競技に挑むわけだが、そのペアは実は他のチームの者同士だったりする。
開始位置に就いたら愈主人役が円盤を投げ、そして犬役がそれを拾いに走る。この際、主人役はできる限り遠くへ飛ばすのが望ましい。
犬役が円盤を追って走り出したところで、主人役もゴール地点へと向かう。
あとは主人役と犬役、それぞれのゴールの順位に基づき得点が入るって仕組みだ。
先程述べた主人役と犬役が別々のチームでペアを組む理由はここに有る。だってそうでなきゃ絶対に遠くになんて投げないだろうからな。
また、何故男女ペアなのかと説うと、こっちの理由は果然り基本的身体能力の差が有るってことだろう。なのでここで重要なのは男女がそれぞれどちらの役に就くかである。
まあ、大抵の場合は男が犬で女子が主人ってことになるだろうけどな。なんてったって走るのとは違って、投げる方は技術でカバーが可能だし、運に恵まれれば円盤が風に乗り、思った以上に遠くまで飛んで行くってことも起り得るわけだから。
……なんてことを思ってたのだが、果然り何事にも想定外なことは起るようだ。
とある女子が投げたのはほんの僅か数mと謂った距離で、彼女はそれを気にせずに……否、計算通りとばかりに、それを確認すると一目散にゴールへと急ぐ。当然だがペアとなった男子も即座に円盤を拾うと彼女を追ってゴールへと向かう。
……こう謂う考えもアリなんだ…。確かにこれなら相方の犬役も上位になるけど、代わりに自分も上位を狙えるわけだからな。……って、この女、マネジャーの三波じゃねえか。しかも相方の犬役も、オレの間違いでなけりゃ多分同じ野球部の奴だ。
なるほどな、それで利害の一致で共闘したってわけか。
「あーっ! あいつら、そう謂うことかよっ!
くそっ! 公然と睦戯着きやがってっ!
しかも選りに選って飼犬プレイかよっ!
……って、よく視りゃあれってこの前の三波って子じゃねえかよ。つまり、あれが例のタッちゃんって奴か。
たあ〜、タッちゃん、ハグの上に頬擦りまでされてるし……って。
つ…遂には顔が胸に埋まって…。
あの子、幾らなんでもやり過ぎだろ。
……って、ああ、そう謂うことか。ありゃあ、この前の純とのことが原因だな。なんかあの時、それっぽいこと言ってたし」
どうやら河合も気づいたようだ。
ってか、なに? 顔面胸没ってオレのせいなわけ?
いや、だからって公然でコレは無いだろう。遉に怯くってものである。
……そう謂や怖気づくって意味合いの『匈』って字が有ったっけ。『月』に『匈れる』で『胸』ってのは、きっとコレが由来だな。そんな風に思えてくる。
って、それよりも河合の謂うあの時だけど、確か彼氏っぽい男とかネトラレとか、そんな変なこと口にしてたけど、それってもしかしてこいつのことなのか?
もし三波とこいつがそう謂う関係だったとすると、この先オレに変な絡み方をしてきたりとか……否、無いな。それなら疾くにそう謂うことになってるはずだし、それが無いってことは……オレの杞憂に過ぎないな。そう謂うことにしておこう。
それにしても、これだけ好き勝手やってるってのになにも摘ってこないなんて、この学校の校風って本当に自由だよなあ…。
※作中に出てくる漢字『匈』ですが、本来の意味合いは『怖気』や『胸騒ぎ』であって、当然ながら『胸に怯える』で『女難』なんてことではありません。あくまで作中限定での戯言です。ご注意ください。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




