純と騫んだトレーニング -Hell and Heaven?-
今回の話の流れから後書きにプロレス技の蘊蓄を載せております。プロレスにおいては繋ぎで使われるみたいで、大したものでないように思われますが、実際は結構危険性の高い、文字通りの『必殺技』だったりするので決して悪ふざけで真似をしようとしないでください。仮になにか問題が起きても一切作者は責任を持ちません。なので本当に止めてください。お願いします。
野球部からの執拗なスカウトを前に遂に膝を屈することとなったオレは日々過酷なトレーニングをさせられていた。
オレの小柄な体格じゃ高校球児は務まらないってことで身体作りに重点を置くんだとか。当然ながらそんなことを宣ったのは誰あろう由希の奴だった。
もちろん由希の監修で、監視の下で行なわれているわけだから逃亡なんてまず無理だ。
そんな地獄が日常となりつつあったのだが、10月のとある行事お陰で、なんとか一息吐くことができるようになっていた。と述っても、精々が悪夢レベルに調いだ程度なのだが…。
その行事の名は体育祭。または運動会とも謂われるやつである。
予定日は10月の第2月曜日。世間ではスポーツの日なんて呼ばれている祝日である。当然ながら、世間では普通は休日だ。
但しその日は、スポーツに関する催し事なんかも多い日で、各方面でそう謂ったことが行なわれていたりもする。我が校のこの行事もその一環だ。因みに雨天順延である。
一応は生徒会主催の行事であるこの体育祭だが、実際のところ、準備等は運営委員会や有志に依って行なわれている。
で、この有志だが、その中のひとりとして由希が参加してたりする。
なのでその期間は由希の監視から竄れることができるわけで、過酷なトレーニングからも免れてられているわけである。
いや、本当にアレは辛いからなぁ…。だって下半身強化とか曰って空気椅子だし。こんなことやるのって八極拳の訓練の時の騎馬式の型以来だ。
知らない奴からすれば、コレっていじめに察えるんじゃないだろうか。
他にもいろいろ、とにかく由希の課すトレーニングってのは、思わず嗜虐趣味なんじゃないかと疑う程に苛酷なレベルのものばかりなわけで…。本当、こんなんだから『姫夜叉』なんて異名を貰うんだっての。
まあともかく、現在鬼の居ぬ間に洗濯をと謂うわけで、程々にトレーニングに勤しんでいるわけである。
「それにしても、お前もよ能く励るよなぁ。とてもじゃないけど俺には真似できねえな、本当」
オレのことを観ながら他人事のようなことを口にする見学(?)の河合。いや、確かに由希の代わりの監視役のこいつにとっては他人事だろうど…。
こいつ哀れみの視線を向けながらも、憐れむ気持ちは欠片も無さそうだ。きっと怜れむって言葉も知らねえんだろうな。
そんなことを思いつつもオレは腕立て伏せを続ける。
「あ、でも、ある意味やる気にはなるか。なんてったって、合法的な女の子と直の触れ合いって謂うご褒美がセットになってるわけだしな。所謂、地獄と天国のセット状態ってわけだよな」
「ちょ、ちょっと、そんなこと考えながらやってたの⁈ このスケベっ、変態っ!」
河合の奴が余計なことを言ったせいで、突如その女子がオレの首を絞めてきた。オレの背の上から。
どう謂う状態かと説えば、オレは女子マネジャーを背に載せた状態で腕立て伏せをさせられていたわけで、それを背の上から首を絞められ暴れられたわけだから、遉に潰されることになった。
「なにわけ解んねえこと言ってんだよ。三波も暴れてんじゃねえっ。ただでさえ重い奴載せてるってのに、暴れられたら余計物事なんねえだろうがっ」
「誰が『重い奴』よっ、失礼なっ! それが女の子に吐う台詞っ⁈」
オレの背に跨がって乗り、両手で首を摑んで暴れていた三波が、今度は両腕を首に搦ませて絞めきた。今度は本格的に絞める気か?
否、遉に頚動脈締め、増してや裸締めなんて凶悪な殺人技ではなく、ただの頭蓋骨固めと、激昂している割りには冷静だったしたのだが…。
「お前、絶対態とだろっ!
尻だけじゃなく、今度は胸まで密着させて……ちくしょー、羨ましいっ!」
そう、この技は相手の後頭部に左腕を回して巻き付け、頭を自らの胸に抱え込んだ状態で右手と左手を組み、締め上げることで、顔面やコメカミ、頸部を圧迫して苦痛を与える技なのだ。
つまり現在、オレの頭部というか顔面は、河合の摘うように三波の胸に密着状態となっているわけで……。
河合の言葉に己の状況を理解した三波は、赤面したかと思うと、オレの背中から騫び騰がるように離れて、「タッちゃんにもこんなことしたことなかったのに〜っ!」なんて、わけの解らない捨て台詞を残し、半泣き状態で逃げるが如く走り去っていったのであった。
「残念だったな。せっかくのラッキースケベだったのに」
一方で河合はこんなことを言ってくれる。
「お前と一緒にするんじゃねえって。
でも救かった。あのままじゃ首を傷めかねなかったからな。
それよりも三波の奴をどうするかだよなぁ…」
「ああ、そうだよな。
あの子泣きながら逃げてったし。お前、本当悪い奴だよな。
多分あの子、彼氏っぽいのが在るぞ、きっと。
となると、これって果然りネトラレってことになんの?」
そしてさらにはこんなことまで。
「知るかよそんなこと。
仮になんか訟ってきても、アレは三波の自業自得だろ。オレに責任なんて無いっての」
もし有るとすれば、オレじゃなくって、散々オレ達を調戯って、場を乱惑させてくれた河合に違い無い。
うん、オレは悪くない。悪いのは河合と、それに翻弄された三波であって、オレはただの被害者だ。
……とは謂え依然り心配だ。
何事も起きなけりゃ好いんだけどな…。
※作中に出てくる『順延』という表現ですが、実は結構使い方が難しいようです。
『順延』は『順繰りに日程を延ばすこと』という意味で、『今日が無理なら明日、それがダメなら明後日……』と日程を後ろ倒しで先送りにしていくイメージ。日程が決まっている場合には、『延期』という言い方をするそうです。[Google 参考]
※作中の当て字『曰う』ですが、いつもの『説う』を使ってない理由としては、『偉そうに』という意味合いを出すためだったりします。『曰う』というのは『宣う』『仰る』という使われ方をするのはご存知の通りで、『御高説』というように物事を説く人間ってのは大抵『偉そうな人』ですからね…。
※当て字の『嗜虐趣味』ですが、とある作品でも使用されているようですね。……って、作品名を暈した意味があまりないようですが…。
『加虐趣味』とどちらにするかで悩みましたが、この作品の例に倣ってみることにしました。
いや、本当に凄いですね、この作家さん。是非ともあやかりたいものです。
※作中の表現『苛酷』ですが『過酷』と意味合いはほぼ同じです。敢えて違いを挙げるとすれば、次のようになるようです。
【過酷】『度が過ぎるほど酷い』という意味。『置かれた環境が厳しく酷いこと』を表す。
【苛酷】『苛めるように酷い』という意味。『人から受ける仕打ちの酷く、無慈悲なこと』を表す。
[Google 参考]
※作中にて『あわれむ』という言葉を使い分けしておりますが、その違いは次のようになります。なお『恤れむ』以降はついでです。
【哀れむ】可愛そうに思う。悲哀を感じる。惨めに思う。…でもそれだけ。場合によっては見下す感じさえ有る。
【憐れむ】憐憫を感じる。同情します。…下手な憐れみは『哀れみ』と相手に捉えられかねないので注意が必要?
【怜れむ】可愛そうに思う。大切に思う。慈しむ。…『心』に『令い(立派な)』で『怜れむ』。こういう文字って好いですよね。
【恤れむ】貧困者、罹災者などに金品を施す。献血等のように、実際に身を切る行ないをするレベルです。「『心』に従ひ、『血』を聲とす」ということらしいです。『恤』は『恤える』『恤む』とも読みます。
【賉れむ】恤れむ。金品を施す。『賉』は『賉える』『賉む』とも読む。『恤』の異字。『卹』という異字も有る。
【矜れむ】自分と比べて相手を憐れむ?哀れむ? 『矜』は『矜る』とも読むことから、恐らくこちらはプライド故に? たとえ悪気は無くとも上から目線じゃないでしょうか?
【愍む】人災を哀れむ? この文字の上側の『敃』には『横暴』『強いる』という意味合いが有ります。実は『愍』には勉めるという意味も有る。
【『閔(憫)れむ】哀れむ。悼む。惜しむ。悩む。『愍』と同義。『憫』は『閔』の俗字。
[Google 参考]
※作中に出てくる『頚動脈締め(スリーパーホールド)』『裸締め(チョークスリーパー)』『頭蓋骨固め(ヘッドロック)』はGoogleを参考にした当て字です。そのうち最初のふたつは柔道の技名にプロレスの技名を当てたもののようです。
で、そのふたつですが、よく似たようでもその違いの大きいようです。
以下はいつもの如くGoogle参考の蘊蓄です。
【頚動脈締め(スリーパーホールド)】
後ろから相手の首に腕をまわし、肘が喉の前に来る状態で首を左右から挟むようにして頸動脈を締め上げる技。完全に極まると、脳に十分に血液が回らなくなるため相手は気絶してしまう。この状態を「落ちる」と俗称される。
当然、やり過ぎると生命に関わるため格闘技でも落ちたらそこで決着となる。
なお、脳に血液が行かなくなる理由は血管が塞がれるためではない。
実は首の血管には脳に適切な血圧で血を送るための圧力センサーがある。そこを圧迫すると異常な高血圧で脳に大量の血液が送られようとしていると誤認してしまう。そのため、急速に血圧を落とし...実際には気絶するほど低血圧になってしまう。
スリーパーホールドとは、人体の防衛システムを逆手に取った技なのだ。
【裸締め(チョークスリーパー)】
背後から片腕を相手の首に巻きつけて気管を潰すように食い込ませ、もう片方の腕でしっかりホールドして締め上げる禁断の技。危険なためプロレスでは現在多くの団体で禁じ手とされている。
因みに、本来“チョーク”とは手で首を絞めることであり、腕で絞める技はチョークとは言わなかった。
※作中の表現『騫び騰がる』ですが、この『騫』には『軽くとびあがる』という意味が有ります。
他にも『掲げる』という意味が有り『騫げる』と読んだりするのですが、『騫ける』『騫る』という読み方も有り、意味もそれぞれ『欠ける』『誤る』と読み方通りだったりします。また『騫ぶ』の項目に『軽々しい』という意味が有ります。
ただ、本義は『飛ぶ』であるらしく、『馬の疾走』を意味するらしいとか。
なのに何故か扱いが『飛ぶ』『駈ける』でなく『退く』『欠ける』。古辞書の訓に『驚く』というのが有ったため、好悪両方を意味するようになったのではと推測されます。
また『騫騰』の意味は『舞い上がる』『飛躍する』となっており、中国語で調べると『銭騰』と変換され『地位の向上』となっていました。[Google 参考]
そんな理由で、偶然ですが作中の『騫び騰がる』の『騫ぶ』には、普通に『跳び上がる』の意味と『驚く』の比喩に加え、『失態を犯す』の意味合いまで加わることとなりました。
※作中の『傷める』ですが、文字通り『傷付ける』という意味です。また、間違い易い『痛める』は『痛いを思いをする』という意味なのはご存知の通り。
『いたみを与える』なんて台詞も、使う文字を間違うと意味合いが大きく変わります。
『痛み』だと『痛い思いをさせる』
『傷み』だと『傷を負わせる』
『悼み』……は無理が有りますが、『死者を出す』ってことになりそうです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




