早乙女純、デートをする
オレの人生二度目のデートは選りに選って男相手のデートとなってしまった。
女の扮りしてアイドルなんてことやってんだから自業自得ではあるんだが、しかし依然り心理的抵抗は拭えない。どう考えても黒歴史だ。
以前の香織ちゃんとのデートがなければ、これが人生初となるところだった。あの時は自分から言い出しておきながら気が迪まないなんて思ってんだたけど、果然り行っといて良かった。約束は守るに限る。
そんな理由で今回この企画を泣き泣きながら受け容れたわけで……否、泣いてないぞ。そういう心情だってだけだ。だって、男は涙を見せぬもの、ただ明日へと明日へと永遠に……なんて歌が有るらしいし。
でもこの歌詞ってなんか変なんだよな。振り向くななんて言ってるくせに、直後覚えているかい?なんて問い掛けるんだから。
まあ空覚えだから間違っているかも知れないんだけど。
……現実逃避はこれくらいにして、取り敢えず今日のデート……だけど、番組の企画だけに当然ながら撮影スタッフが附いて回る。
うん、そうだ、要するにこれは視聴者に向けたヤラセなんだ。海堂には悪いけどそれが事実。
否、海堂もその辺は解っているか。
はは……、そう考えたら些かだけど気が楽になってきた。
よし、そういうことなら、今日は友人同士と謂うスタンスで一日を愉しむことにしよう。
「ゴメン、待たせて。これでも早く出たつもりだったんだけど。
でも純ちゃんがこんなに早くから来て待ってくれてただなんて感激だな」
暫くしたところで待ち合わせ場所へと海堂がやって来た。
「いや、別に気にしなくても構わないって。
約束の時間にはまだ大分時間が有るんだし、そっちが遅れて来たわけじゃないんだから。
確かにこっちが先に来てたけど、それは番組の打ち合わせとかが有ってだからで、だから待ったとかそう謂うことは考えなくても可いし、特に悪いとか謂うことは無いから」
そう、確かに海堂はオレ達よりも後に来たんだけど、今の時間は待ち合わせ時間よりも30分近くも早い8時半。因みにオレがここに来たのは8時前、スタッフ達はまだ早い。なんてったって、オレとスタッフ達の打ち合わせ開始は8時からだったわけだから。
うん、悪いのは海堂じゃなくってこんなに早くから呼び出した番組側。だから海堂が悪怯れることなんて全く無いのだ。
そんな理由で海堂にそのように説ったところ、何故か表情が曇ったような気が…。いったい何が気に障ったんだ?
まあ克く解らないことは仕方無いので、これより海堂も含めてまた打ち合わせ。
うん、どう考えてもこれはデートなんてものじゃない。デートを装ったただの番組収録だ。
こう謂っちゃ海堂に悪いけど、最早ただの作業みたいなもの、完全に単の仕事だな。
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打ち合わせが終わったところで早速撮影開始。
まず最初に向かったのは、とあるショッピングセンター内の映画館。
ただ、上映時間までは時間が有ったのでウィンドショッピングで各店を素見しながら巡ることで潰す。
何を買う気も無いのだが、こうして観て巡るだけでも意外と楽しい。
仮令女みたいなんて摘われようとも楽しいんだから仕方無い。
幸い今のオレは早乙女純。女の子の行動としては別に可怪しいなんてこと無く、寧ろ自然と謂えるだろう。
付き合ってくれている海堂も意外と楽しそうに窺える。
番組出資者への忖度が無ければ、もっと愉しめたんだけどなぁ…。
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時間が来たので愈映画館に入場。
作品については海堂に任せた。
当初、海堂はオレの観たいものに合わせるなんて言ってたのだが、オレが海堂の趣味に興味が有ると言ったことで海堂が選ぶことに決定したのだ。
で、今オレ達が観ているのは『冒険倶楽部へようこそ!』なんていうアニメ映画。
まさか海堂がアニメオタクなんて……と謂うわけでは無く(多分)、この作品にオレ達リトルキッスが主題歌及びエンディング曲で関わっていると謂うのが理由だ。
当然ながら相方の美咲ちゃんはこの作品のファンであり、オレも決して嫌いでは無い。厭なら受けてなんていないからな。
そんな理由で一応映画を愉しむことができた。海堂もそれなりに愉しんでたと思う。だからオレへの忖度って理由だけじゃないと思う。……多分。
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映画が終わったところで丁度宜い感じで昼食時。そんな理由で近所のファミレスへ。
ここで次に行く場所を海堂と相談する。
陰でなにやらスタッフの人が言いたそうにしているけど、基本はオレ達の自主性任せで。
海堂もいろいろな候補を挙げてくるけど、正直今は余り興味が無い。だってオレには他に興味の有ることが有ったから。
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オレの希望で向かったのは横浜港学園だ。
だってせっかくの機会なんだから観ておきたいって思うだろう? なんてったって海堂達の母校なんだから。
という理由で、学校側の許可を得て校内を案内してもらう。
うん、いきなり学校へっていうのは失敗だった。だってカメラが附いて来てるんだものな。当然ながら撮影許可が必要になるわけだ。
とは言っても、学校ってのは大抵どこも変わらるわけも無く、特にこれと摘った違いは無い。そんな理由でオレが興味の有るのは当然ながら野球部だ。
そうは言っても果然り野球部にも他校との違いは余り無い。それでもオレが観たかったのは野球部自体に興味が有ったからで、海堂達が普段どんなことをしているのかに興味が有ったからだ。
幸いに部員達は全員が揃っていた。
否、急性虫垂炎で入院中の山田は居ないけど、それ以外は全員が校内に居て、そして早くも春の選抜に向け既に練習を開始していた。
とは言っても、流石に三年生は練習は必要無いのだが、それでも己の技術の引き継ぎとでも謂わんばかりに後輩達の指導に勤しんでいる姿が見受けられた。
適切り今日は休養で休みとばかり思ってただけになんだか悪いことをしたと思う。まあ、もう今さらなんだけどな。
そんなわけなので本来の目的、海堂の投球を直で観て験たいとお願いして試たところ二つ返事で快諾してもらえた。
で、何故か他の部員達がオレ達の周りに集まって来て……。おい、お前ら練習は縦いのかよ?
……なんか明かにオレ達が邪魔しに来たみたいだな。まあ、本当に今さらだけど。
投球練習をしていた一組の投手が海堂と入れ代わった。
愈海堂の生投球が間近で観られるってわけだ。
海堂の投球は甲子園の時と変わること無く凄かった。
否、海堂や今受けている一年生の捕手が説うには、これでもまだ序の口らしく本気で投げたのを受けられるのは今日この場に居ない山田くらいのものらしい。彼以外の場合だと突き指を始め、最悪だと骨折の危険性が有るのだとか。
なるほどな、海堂が大島に本塁打を打たれたのはこう謂う理由か。
……って、こいつあの時の一年生! 確か大久保って奴だ。
うわぁ……、気不味い。気不味過ぎる。
幸いにして大久保は余り気にしてないようだ。恐らくだけど。なのでこちらもできるだけ気にしないように気をつけよう。
とにかく気不味さを捻じ伏せて海堂の投球を観察することに専念する。
相変わらずに海堂は凄い。これでもまだ全力でないってのは先程もふたりが説ってた通り。
と、ここで海堂からの提案が。なんでもオレに投球の指導をしてくれるらしい。
マジか? なんとも光栄な話だ。
なんでも海堂が言うには、この学校案内の話をオレがした時点でそう謂うつもりだったらしい。
まさかとは思うけど、状況紛れに痴漢行為なんてこと……否、無いな。まず無い。無いはずだ。頼むからそんな気色悪い真似だけはしないでくれ。
海堂に依る指導は懇切丁寧なものだった。
手取り足取りであったものの、決して疚しい不埒な行為等は無く、お約束の偶然なんてものも起きなかった。
でその成果だが、こんな小柄なオレでもかなりの球速が出せるようになった。
海堂の評価に依ると多分110〜120km/hくらいは出てるらしい。この速度なら主戦投手は無理でも控えの投手レベル相当と謂えるだろう。
ふっ、これでオレも海堂式投球術のマスターだ。
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横浜港学園野球部を見学し投球の体験をした後は涼を取るべく学校近所の海堂達行き属けのファミレスへ。
なんでもここは、学校帰りに寄ってみたり、部での会合で使ったりで馴染みの店らしい。
う〜ん、もしも町田と彼女が逢引するとすれば果然りここになるのかな。
……ってそりゃ無いか。町田はともかく、今日子って子の方は密然りって感じを好むみたいだから、逢引するなら人目に点かない別の場所だな。
さて、話が逸れたので元に戻そう。
甲子園で直然り有名人となった海堂の来店に店員達は大興奮となっていた。もちろん客達も同様で、携帯で撮影している奴まで在る。
……いや、後ろからカメラが附いて来てるせいも有るし、オレが一緒ってのも有るんだろうけど。
それでも店員達や客達にとって主役は依然り地元の英雄・海堂晋に違い無く、一応オレにも目を向けてはいたけど所詮役者が違うわけで、今回オレは飽くまで添え物に過ぎない。……って、そんなわけでもなかった。
そりゃあ今日の企画は海堂とオレのデートなんだから仮令添え物のオレだとしても、一緒に在れば当然注目を集めることになるわけだよな。
ここで海堂と話したことは、基本今日一日の感想だ。
海堂はオレのプライベートのことについていろいろ訊きたそうにしてたけど、残念ながらそれには応えられないので、不自然にならないように逸らかす。
確かにデートなんだからお互いの親睦を深めると謂うのは間違ってはいない。
でも、なんてったって今日の主旨は飽くまで海堂とオレのデートの一日であって今後の親睦については二の次だ。寧ろ視聴者で期待している奴なんて殆ど在やしないだろう。残念ながらその目的は趣旨であって主旨ではないのだから。
う〜ん、前々から思ってたけど、大人ってのはとかく汚い。青少年の純情さえも都合の宜いように利用する。
まあ今回、責めてもの救いは海堂が番組のヤラセだって理解してくれてることだろう。そうでなきゃ後が怖い。
いや、女装アイドルのお前が説うなって摘われるかもしれないけど、それでもオレはそこまで積極的ではないし、そこまで非難されることも無い……はずだよな。恐らく。
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夕刻5時を迎えたところで今日の企画は終了。
このまま現地解散である。
とは言っても、番組側にはまだ仕事が有り、当然オレも同様だ。
名残惜しそうな海堂に見送られ局へと帰るオレ達。
不本意ながらも受けた今日のこの企画だが、得られたものは多く、そして貴重なものだった。
ただの憧れに過ぎなかった海堂と友人となれたのは嬉しかった。
携帯アドレスもゲットした。これでいつでも連絡ができる。
まあ、オレの方は秘密のままで些か罪悪感は有るのだが。
その代わりと謂ってはなんだが、個人的なプレゼントを用意したのでそれで勘弁って謂うか、可しってことにしてもらった。
要は物で釣って誤魔化しただけなので依然り罪悪感は残るのだがまあそこは仕方が無い。
因みにオレの方も記念のプレゼントを贈られている。なんと海堂のサインボールだ。
海堂曰く、こういうことをするのは初めてだと。
つまりこれは海堂のサインボール一号なわけだ。
やったぜ!
果然り約束とか契約ってやつは守るに限ると改めて思う一日となった。
※作中の『気が迪まない』ですが、通常は『前向きになれない』ということなので『気が進まない』です。
ただ、作中においては『約束』という『決め事に従う』ということに対してということで、敢えて『迪まない』としてみました。要するに純が約束だからという言い訳に拘ってるということで、未だに往生際が悪いということです。
因みに『すすむ』という字は次のような感じで使い分けするようです。
【進む】前に出る。良くなる。進呈する。大抵の場合この字でOK。
【晋む】勢い良く突き進む。
【漸む】少しずつ進む。『漸く』『漸』『漸々(だんだん)と』といった言葉にはこの『漸』の字が使われる。
【迪む、廸む】導きに従い進む。『廸』は俗字。
【陟む】位が上がる。『陟』は『陟る』とも読む。
【餤む】食がすすむ。『餤』は『餤う』とも読む。
[Google 参考]
※作中に出てくる『状況紛れ』ですが、意味合いそのままの当て字です。
文豪・夏目漱石などは『混雑紛』と『坑夫』という作品で当てており、これも意味そのままの当て字です。
あと『咄嗟』で『ドサクサ』という当て字が有るという人も。
本作では夏目漱石に倣おうと思ったのですが、混雑も混乱もしていないので『状況を悪用して』ということで『状況紛れ』と当ててみました。
なお、『咄嗟紛れ』は語感が近いものの意味合いとしては『咄嗟』ではなく、仮に魔が差したのが原因だとしてもそれは『考えた上』での行為なので却下としました。
因みに語源は江戸時代のならず者取締りとそれに伴う佐渡金山送りの刑だとか。つまりその取締りの際の『混乱に紛れて』ということで『佐渡臭紛れ』なんだとか。なお『臭』は『〜らしい』という意味合いらしいです。[Google 参考]
余談ですが、何だったかの時代劇によると佐渡の人足に困った場合、無宿人を捉えて送っていたとか。今でいえば路上生活者を犯罪予備軍として逮捕し刑に服させてたってことです。
流石にフィクションだけあってやることが過激です。現実には……どうだったのでしょうね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




