夏の甲子園 翌日 -命知らずと身の程知らず、そして加減を知らぬ神-
夏の甲子園大会は大阪桐葉高校の優勝で幕を閉じた。
だがそうなると当然ながら、優勝校にはインタビューやらなんやらでTV出演の依頼が起るわけで、翌日のオレ達の出演する番組『白熱!夏の甲子園』でも、優勝校である大阪桐葉高校及び、凖優勝の横浜港学園の部員達を呼んで、いろいろな話を尋いたりしながらこれまでの試合を振り返ると謂ったことをしていた。
ただ、この中には横浜港学園の山田の姿は無かった。どうやらオレの山田が体調不良という予想は正しかったようだ。
とは言っても、それは試合中の怪我とか謂うわけではなく、どちらかと謂えば病気を擠しての出場だったらしい。なんでも決勝前日に急性虫垂炎、つまり盲腸を発症したんだとか。そんなわけで山田は現在入院中。
全く。試合が大事なのは解かるけどなんとも馬鹿な真似をしたものだ。幾らたったの一日だからと謂ったって、最悪生命に関わるかもしれないってのに…。
腹の中が糞塗れで死ぬなんて、オレなら絶対に御免だ。
さて、先程述べたいろいろな話のことだが、今の山田のこと以外にも、両校の選手達の様々なことを聴くことができた。
大島や海堂の大会記録に纏わる話はもちろんのこと、両校の選手達の少しだけプライベートな話なんてのも有り、昨日の放送で削除された町田の彼女の今日子の話で町田が調戯られてたりする場面も有ったわけで。
とは言え、流石に彼女の名前を出すわけもなく、ご褒美云々なんてことにも触れて無い。精々が「彼女が観に来てたぞ」程度である。
……少なくともオレからは言ってない。町田が自爆と謂うか自曝?
ともかく町田自身が「ご褒美を貰い損ねた」なんて口にしたのが悪いのだ。決してオレのせいじゃない……よな?
ともかくそんな、町田の身の程知らずな野望が潰えたって話が有ったわけだ。
で、身の程知らずな奴ってのは町田ひとりってわけじゃなく、他の奴らも似た感じ。
美咲ちゃんやオレが観てるからって、良いところを矚せようなんて下心まる出しだったらしい。
因みに大阪桐葉が美咲ちゃんで、横浜港学園がオレだとか。まあ、オレ達が応援してたってことで、所謂社交辞令だよな、恐らく。……否、何人かは本気っぽい。
なんとも身の程知らずな奴らだ。仮にも美咲ちゃんは国民的スターだってのに。
……オレ? オレはほら、男だしそんなことは考えたことも無いって。そりゃあ世間的には女ってことになってるけど…。
そんなわけで、和気藹々な感じで社交辞令を交わして躱してたわけだが……。
「じゃあせっかくだし、海堂くんと純ちゃんには番組の全面支援でデートしてもらうって企画はどうかな。お互いがファン同士だし、これを機会に親睦を深めても良いと思うんだけど」
なあっ⁈
司会者がとんでもないことを提案した。
「おおっ! マジか⁈ くそっ、羨ましい!」
「やったじゃないか、海堂」
横浜港学園の部員達が海堂を祝福しているし、この流れはヤバい。
「是非、喜んでっ!」
海堂が透かさずこう応えたことで、この企画が決定してしまった。
ちょっと待てよ、オレの意思はどうなるんだよ。
「良かったね、純ちゃん」
オレの気持ちも解らずに、美咲ちゃんが好きなことを言う。否、オレのことを女だと思ってるからこそ喜んでいるんだろうけど、正直言って迷惑だ。
恐らくだけどこの企画、サプライズとして最初から決まっていたんだろうな。
でも、責めて一言相談してほしかった。
まあ、これも仕事だ仕方が無い。
それに一応は憧れの相手だ、これを機に仲良くなれるならそれもそれで悪くはない。もちろんそれは飽くまで友人としてだが。
取り敢えずなんとか利点を挙げて、自分で自分を宥めて賺す。
それでもなあ……。果然り男とのデートだなんて、しかも番組で全国放送されるわけで…。
い、否、デートだなんて考えるから抵抗が有るんだ。だからそう、ここは友人同士で一緒に遊ぶだけだと考えれば…。
そう考えれば、なんとか自分を誤魔化せそうだ。
否、それでも他人の目は欺けないか。仮令それが極僅かだとしても、知ってる奴は知ってるわけで。
……鬼塚さん辺りは馬鹿呵いしそうだな。
ああっ、依然りどう考えても黒歴史だっ!
※作中に出てくる『病気を擠して』という表現ですが、一般的には『押して』と書くようです。
下記とは違ってきますが、他にも多くの場合で『押す』を使って良いみたいです。
因みに、各種『おす』には次のような意味合いが有るようです。
【擠す】圧し除けること。『擠』には『擠れる』『擠く』という読み方が有る。
【押す】動かないようにする。
【圧す】力を加える。押し潰す。
【捺す】手で圧さえつける。
【推す】後ろを支え前へ進める。見定める。
【托す】託す。任せる。
【挨す】距離を詰める。
[Google 参考]
※作品で山田の患った『急性虫垂炎』ですが、これは腸の中でも盲腸という部分から垂れ下がっている、虫垂と呼ばれる部分が炎症を起こすことで起こります。
原因はすべてが解明されているわけではありませんが、虫垂の中に便(糞石)や植物の種などの異物が入り込むことによって細菌感染を引き起こし、発症するといわれており、便秘・みだれた食生活・ストレス・過労といった日常生活の不摂生によっても誘発されると考えられているそうです。
症状としては、当初はみぞおちあたりの痛み、むかつきを感じる程度ですが、次第に(おおよそ24時間以内)右下腹部に痛みを感じるようになりるようで、この状況ですでに炎症が起きているらしいく、ここで放っておくとさらに炎症が進んでしまい、高熱が出たり、お腹が突っ張ったような感じで歩行が困難となったり、下腹部の痛みに耐えられない状態になるそうです。
さらに症状が進行して虫垂が破れてしまった場合には、膿がお腹に広がって腹部全体に強い痛みがあらわれ、この状態になると命に関わることもあるそうです。[Google 参考]
※作中に出てくる『透かさず』ですが、『隙かさず』とか『空かさず』の方が意味が解り易いかと思ってたのですが、一般的には『透かさず』のようです。
まあ『透かす』には『素通りさせる』って意味合いが有るので一応は納得です。
※作中に出てくる『賺す』は些か馴染みの薄い言葉ですが、これは『言い包める』といった意味合いの言葉です。素直に『宥め賺す』といえば、多分気づくことかと思います。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




