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夏の甲子園決勝戦 (後編) -決着-

 長かった高校野球編も今回で漸く決着です。いつもならこれで1年なんですよね。すっかり迷走してしまい、この作品がなんなのか見失いかけてました。

 そんなわけで次回からは本来の路線に戻る予定です。……でも、なんとなくの気分で登場させた直江とかどうしたらよいのか…。流石に無かったことにってわけにはいかないですよね…。

 五回表の横浜(みなと)学園の攻撃は絶対的好機(チャンス)を迎えながら、山田の奴のお約束芸(大ちょんぼ)で無得点に終わった。

 ああ、今思い出しても腹立たしい。あれさえ無ければ今頃は1点先制してたのに。



 そして現在は七回表。未だ両者ともに無得点。

 打順も三巡目なわけだし、もう()い加減に大阪桐葉の主戦投手(エース)戌角(いぬずみ)投球(たま)にも慣れてきた頃だろう。

 そんな理由で町田達にも漸々(そろそろ)期待して()いはずなんだけど。


「ねえ今日子ちゃん、例のご褒美だけど、もう少し条件を良くした方が()かったんじゃない?

 例えば(ほっぺ)とかじゃなくって、ちゃんとしたところにキスしてあげるって明言しておくとか〜。

 それとも『何でも好きなことしてあげる♡』なんて言ってみる? 多分効果抜群よ」


「何をアホなこと言ってんのよ。あんな奴には(ほっぺ)にキスで十分よ。それでさえもったいないくらいなのに。

 だいたいそんなこと言ったりしたら、あのアホが付け上がるだけじゃない」


 町田の彼女・今日子とその友人の子がなにやら言ってるみたいだけど、恐らくはその友人の子が今日子って子を調戯(イジ)って喜んでるだけだろう。大声で叫びでもしない限り球場内(あそこ)まで声が届くわけ無いのは解り切ってるわけだしな。

 ……とは言っても、この放送は恐らく全国ネットで日本中に届くんだけど。

 それにしても、この会話からするに結構町田に脈アリだな。がんばれ町田。もしかするともしかするかもしれないぞ。……但し倫理に基づく範囲内でな。


 オレの脳内の呟きはもちろんのこと、彼女達のこの女子トークが届くわけなど無いのだが、それでもまるで聞こえてたかのように町田の奴が安打(ヒット)を放った。

 これってもしかして虫の知らせってやつなのか?

 否、虫の知らせは悪い予感って意味だった。

 でもこう謂う時ってなんて謂えば()いんだっけ?

 まあ()いか。

 ともかく(ノー)(アウト)走者(ランナー)が出たわけで、今度こそこの好機(チャンス)を活かしたいところだ。


 続く大下が送りバントで町田を送る。

 流石に七回ともなればその戦術も堅実だ。

 これで(ワン)(ナウト)二塁。得点圏内に入ったわけだ。

 そしてここからはクリーンナップ。是非ともここで得点を決めたい。


 三番打者(バッター)・鷹山は三遊間を抜ける安打(ヒット)だった。

 とはいえど、左翼手(レフト)の素早いカバーのため、町田は三塁へと進塁できずに二塁止まりのままで(ワン)(ナウト)一・二塁。

 まあアウトになるよりは増しである。


 そして四番打者(バッター)の山田が登場。

 五回でやらかした失態を挽回する汚名返上の場面である。

 あんな失態を犯しはしたが、それでも山田は四番打者。仮令(たとえ)序盤はイマイチだとしても終盤の見せ場(チャンス)は逃さない勝負強さが有る。なんだかんだで勝利の女神に愛された男なのだ。


 で、この山田だが一応は安打(ヒット)だった。

 打球は三遊間へと真っ直ぐに飛んで行き、そして……進塁中の町田に尻へと直撃。

 この場合、打球の当たった町田はアウト。打者の山田は一塁へ。そして一塁に居た鷹山は押し出されるように二塁へと進塁することになるらしい。


 そんなわけで、町田は尻を抑えながらベンチへと戻っていく。悪いとは解っているのだが、その姿はどう見ても滑稽だ。


「あんのアホ、この大事な場面で、なにアホなことやってんのよ……」


 いや、お前、町田の彼女だろう。

 今日子だったか、呆れるのは解かるけど、もう少し労る気持ちって無いのかよ。

 因みに彼女の友人の子は人目も気にせず呵々と高(わら)いしている。

 ……果然(やっぱ)りあれは虫の知らせで合ってたんだな。

 哀れ町田。


 ともかくだ、間抜けなアクシデントは()ったものの、それでも(ツー)(アウト)一・二塁。

 ここで迎える打者(バッター)は海堂だ。

 ここまでの打席は二回とも凡打だったけど、それでもバットには当たっているだけに期待ができる。

 そしてその考えは間違いではなくこの度も見事にバットに当てた。そして無事に一塁へ。

 ただ、山田が二塁手前でまさかの転倒をし、アウトに。お陰で(スリー)(アウト)攻守交代(チェンジ)。せっかくの好機(チャンス)が無駄になってしまった。



 七回裏、三度目の大島との対決を迎えた。

 前回と同じ(ツー)(アウト)からで、当然ながら走者(ランナー)も無し。

 ここにきて海堂は疲れを()せるどころか、その投球は逆に増々の冴えるばかりである。

 一方の大島は、ここら辺りで()い加減、なんとか決勝点がほしいところ。漸々(そろそろ)焦りが出てきてるんじゃないだろうか。なんてったって、今ここで打たなければ、次は恐らく次の打席は延長の十回となるだろうから。

 そしてそれは必ずしも有るとは限らない。だってそれは横浜(みなと)学園にも謂えることだから。


 ここまでならば依然変わらずで、どちらかと謂えば主戦投手(エース)・海堂が快調な分、横浜(みなと)学園が有利かもしれない。ただ……。


 七回裏に入ったところで横浜(みなと)学園は捕手(キャッチャー)を代えている。

 山田に代わって入ったのは大久保という一年生。

 確かに今回いろいろやらかした山田だけど、それでも海堂と息の合った相方だ。増してや四番打者(バッター)である。

 まさかそれを代えるだなんて……。


 いや、待てよ。確かに山田のやらかしは問題だけど、それは(わざ)とって理由じゃない。

 大事な場面で二度も転けるなんてこと偶々でなんて()り得ないはず。

 もしかするとどこか不調が有ったりするのかも。それならば数々のやらかしにも納得が()く。

 ともかくだ、この代わりの一年生がどれだけやれるか次第だな。


 オレの不安が当たってたのだろうか、海堂の投げる球の威力が幾らか落ちているような気がする。

 ……って、ああっ!

 大島のバットが海堂の変化球を真芯で捉え……。




 物事の決着というものは、時として不条理な運命に弄ばれるかのような結果を迎えることが()る。

 大島の放ったあの一打、あの本塁打(ホームラン)果然(やは)り決勝点となってしまった。

 恐らくは捕手(キャッチャー)が馴れた熟練の山田から一年生に代わったため、海堂が思うような投球ができなかったのが原因だろう。

 それでも海堂は後続を無失点に抑え、攻撃においては軍多利(ぐんだり)や町田達が健闘した。

 オレ達だって力の限り応援した。

 町田の彼女の今日子なんて、例のご褒美を「ちゃんとしたキスでも可いから」なんて言い出すくらいに本気だった。

 そうは言っても町田の耳には届かないし、代わりに番組で視聴者達へと届くことになるんだけど、そんなことが気にならないくらいの本気振り。彼女の友人の子の余計なツッコミも無し。

 とにかく全員が、選手達だけでなく、応援の人間全てを含めて誰もが一丸となってただ一願に勝利を祈り続けた。

 ただ、その祈りは天に届かなかったのだが…。



 試合終了を告げる音響(サイレン)が非情に球場に鳴り響く。

 両校の選手達が整列し挨拶を交わしているが、どこか山田の様子が可怪しい。

 果然(やは)り山田の交代はどこかの不調に因るものだと思われる。

 (さぞ)や悔しい思いをしているだろうと思ったのだが、意外にもその表情は清々しいまでの笑顔である。

 この試合で直然(すっか)面白(おもしろ)キャラに染まってしまった山田だが、遺恨と謂うものは無さそうだ。その実態は反して悲劇の主人公(ヒーロー)なんだろうにな。

 その一方で、海堂は……果然(やは)り笑顔を浮かべていた。些か微妙な感じは有るが、それでも山田同様に遺恨は無さそうに()える。

 そして軍多利(ぐんだり)達、他の選手達も同様だ。

 否、ひとりだけ俯いて泣いている奴が。確か山田と交代した一年生の捕手(キャッチャー)だ。

 なるほど、海堂のままならぬ投球に責任を感じたと謂うことだろう。そりゃあ悔しいわけだよな。


「あ〜あ、負けちゃったね。

 せっかく町田くんと堂々とキスできる理由ができたのにね。

 そうだっ。ご褒美がダメなら残念賞って慰めるって手が有るよね」


 どうやら選手達だけでなく、こちら側応援席の方も、早くも立ち直っているようだ。早速今日子(町田の彼女)が友人の子に調戯(イジ)られているし。


 確かにな。些か不完全燃焼気味だけど、それでも自分達の認めた相手に真っ向から挑んで敗れたのだ、だから後悔なんてしないってことだろう。

 こういう後を曵かない浣然(さっぱ)りした性格ってのはなんと謂っても好ましい。

 結果は残念なことになってしまったけど、それでも好い試合だったと思う。

 だからこの試合を闘った両校を心から讃えたい。


 横浜(みなと)学園、準優勝おめでとう。

 大阪桐葉高校、優勝おめでとう。

※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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