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夏の甲子園決勝戦 (中編) -真剣勝負に笑いは要らない-

 遂に始まった夏の甲子園決勝戦。

 横浜(みなと)学園の攻撃が終わり一回裏、今度は大阪桐葉の攻撃だ。

 ということで、(いよいよ)待ちに待った主戦投手(エース)・海堂の登板だ。

 早速投球練習をしているけど、今日はいつも以上の好調振り。どうやら心配していた疲れの問題は無さそうだ。昨日の休養日で確りと回復できたようである。


 海堂の投球練習が終わったところで試合再開。

 大阪桐葉の先頭(トップ)打者(バッター)は松浪。

 うん、見事な三球三振だ。

 そりゃあ好調の海堂相手にそう安易(やすやす)安打(ヒット)を捥ぎ取るなんて無理な話だ。

 続く二番・鼻毛も三振。そして三番の天満(たかし)二塁(セカンド)ゴロと難無く仕留めている。


 ……いや、ツッコミたいところは有るだろうけど、これでもちゃんと真面目な話だ。

 鼻毛というのは実在する名字(なまえ)である。こいつの先祖はいったい何を考えてこんな名字を名乗ったのやら…。

 因みにこいつには渾名が有って、美咲ちゃんに依ると『ボーボボ』と謂うらしい。こっちは他人が付けるんだからしょうがないけど。それにしても酷い渾名だ。よく本人が受け入れたものだと思う。流石は笑いの本場大阪と謂うことか。

 そして天満(たかし)もそうだ。こいつの親は何を考えているんだか。子供の名前で回文遊びなんてしやがって。

 因みに七番に(のぼる)なんて二年生が()る。天が三年生だから、多分こっちは弟だろう。こっちの名付け由来は『天まで昇る』なんて語感の洒落で付けたのだろうな。

 本当全く大阪人って…。

 でも『天満昇』は何気に良い名前な気がするな。なんか芸能人に()そうな、そうでないような、そんな感じの名前だ。



 オレが馬鹿な考察をしている間に、気づけは二回表が終わっていた。

 くそっ、不覚だ。

 だけど幾らなんでも早いだろ。

 つまり戌角(いぬずみ)の方もそれだけ好調ってことだろう。

 それにしても、山田はともかく海堂の打席は観たかった。あと、軍多利(ぐんだり)の打席も。

 まあ()いとしよう。まだ序盤だし、それに海堂の本領は投手(ピッチャー)だ。

 ……でも、依然(やっぱ)りそれでも観たかった…。



 っと、ヤバい。

 こんなこと考えてる間に二回裏が始まってるじゃないか。危うく本命を見逃すところだった。

 丁度今、海堂が投球モーションに入ったところ。

 相手は今()った本命。つまり四番の大島だ。


 直球(ストレート)が際どいコースへとキマった。

 球速は148km/hとなかなかだ。

 否、普通はこれで十分過ぎる程に凄いのだが、Max157km/hの海堂からするとまだまだ肩慣らし(ウォーミングアップ)ってところだろう。

 取り敢えずストライク1つだ。

 さあ、次の投球(たま)はどう攻める?


 今度の投球(たま)は……快音を伴い右中間を直撃した。

 そしてそのまま跳ねて転がる打球を中堅手(センター)が必死で追い駆ける。

 結果は(スリー)(ベース)(ヒット)。今回の対決は大島に軍配が上がったようだ。

 って、(ノー)(アウト)三塁といきなり窮地(ピンチ)

 どうする海堂。そして山田。


 オレの心配は杞憂に終わった。

 五、六、七番の三人を海堂は(いと)も簡単に仕留めてしまっのだ。

 天満昇が悔しそうにしてたけど、そこはまあ(あきら)かに役者が違うって感じだったわけで。

 いや本当、流石は海堂ってところである。



 四回裏。大島との二度目の対決は(ツー)(アウト)から。

 現在得点は0対0で走者(ランナー)無し。

 前の打席では(スリー)(ベース)(ヒット)という長打を喰らって(あわ)やの窮地(ピンチ)。得点にこそならなかったものの、どう考えてもこれは海堂の敗北だ。なので今回はその借りをなんとか返してやりたいところである。

 否、オレが返すわけじゃないけどな。

 対する大阪桐葉の方では、前打席の結果からか海堂恐るるに足らず()わんばかりで、今度こそ得点に繋げたいといった感じが()える。なんとも侮られたものだ。


 で、今回の対決だが、果然(やは)り大島のバットが快音を放つことに。

 今度の打球は高く上がり中堅手(センター)方向へ。

 打球を追って中堅手(センター)軍多利(ぐんだり)が走る。

 そして観客席手前で止まると、一歩二歩と前進しグローブを構えた。

 どうやら今回の対決は中堅(センター)フライで海堂の勝ちってことのようだ。



 五回表、横浜(みなと)学園打線に、遂に待望の初安打(ヒット)が出た。しかも(ツー)(ベース)(ヒット)

 この(ノー)(アウト)二塁という絶好の機会(チャンス)を齎したのは、今大会何かと決勝点に絡んでいる強運を呼ぶ男(ラッキーマン)の山田だ。これはなんとも縁起が()い。

 しかも迎える打者(バッター)は海堂。

 こいつは投手(ピッチャー)でありながら五番を任される程の強打者でもある。準決勝の優曇華(うどんげ)学院戦では全打席目で安打(ヒット)、挙句の果てには勝ち越しの満塁本塁打(ホームラン)まで放っている。

 そして今回は先程大島を中堅(センター)フライに仕留めたことで絶好調の波に乗っている。これは期待するしかないだろう。


 得点圏に(ノー)(アウト)走者(ランナー)を背負ったことで慎重になる大阪桐葉の主戦投手(エース)戌角(いぬずみ)

 捕手(キャッチャー)・飛鳥とサインを交わし、(ようや)くセットポジションを構える。

 そして放った球は外角(アウトコース)やや高めから外側へと逸れる変化球。


 危うく釣られて振り切りそうになるバットを堪えて止めたことで、海堂はなんとかストライクを遁れた。

 とにかく打つ気満々の海堂だけに、こういうのは効果的だろう。今のが空振りしてたりするときっと向きになってたはずだ。

 まあしかし今ので留まったため、逆に冷静になっているはずで、もう釣られそうになるなんてことはないだろうな。


 ってあれ? なんか変化球に釣られて空振りしてる?

 う〜ん、大丈夫なのか?

 こんなところで頓いている場合じゃないだろうに。

 ああ、また空振りだ。

 先程(さっき)ので直然(すっか)り頭に血が昂ってしまったようだ。

 あ、でも今度はバットに球を捉えてる。

 しかも打球は一・二塁間を抜けて右翼手(ライト)前へ。これは……。

 残念ながら右翼(ライト)ゴロで海堂はアウト。

 でも、代わりに山田は三塁へ進塁。なので取り敢えずは()しってことで。


 ここで六番・軍多利(ぐんだり)の登場だ。

 大島の長打を中堅(センター)フライに仕留めた名選手である。

 そしてこの軍多利、守備だけでなく、打撃の面でもなかなかの遣り手で、準決勝ではエンタイトルツーベース1本と(つい)でに本塁打(ホームラン)も1本を放っている。それだけに期待はして可いだろう。なんてったって(ワン)(ナウト)三塁なんだから、スクイズでも犠牲フライでも可い。これは絶対的好機(チャンス)だ。


 ここでの軍多利の選択は強打(フルスイング)だった。つまり長打狙いってことで、それが駄目でも犠牲フライってことだろう。

 要するにここはより攻撃的にってことだな。

 そんな軍多利は思惑通りに主戦投手(エース)戌角(いぬずみ)の球を捉え、その打球は左翼(レフト)方向へ。

 結構奥深くまで延びたその打球は……残念ながら左翼手(レフト)・天満昇の構えたグローブの中へ。

 しかしそれも想定内。三塁走者(ランナー)の山田が一気に本塁(ホームベース)目指して突入(タッチアップ)だ。


 即座に本塁(ホーム)へと返球する天満昇。だがそのタイミングは間に合いそうにない。

 良しっ、これで先制点だっ!


 観客席から歓声が飛び交う。

 当然オレ達の居る三塁側応援席(アルプススタンド)からも。

 続けて罵声が飛ぶ。

 それも仕方の無いことだろう。

 だってなぁ……。


 山田の奴は本塁(ホーム)まであと僅かってところで足を縺れさせて転んだのだ。

 当然ながらアウトである。

 なんとも呆れる間抜け振りだ。

 これが好機(チャンス)に強い『約束されし勝利の男(ラッキーマン)』?

 どちらかと謂えば『期待乖離すお笑いの星(アンラッキースター)』だ。

 幾ら大阪人相手だからって、こんなお約束のお笑いなんて要らないって!

※作中で使用している『遁れる』ですが『逃れる』との使い分けで悩みます。なので例によってGoogleで調べてみました。以下はそこからの考察です。

【逃れる】難を避ける。関わらないようにする。『兆』という字から『先を考えて』行動する感じが有ります。

【遁れる】避ける。『盾』という字が含まれるように、ビビって危険を回避しようとすること。『遁』は『しりごみする』とも読む。恐らくは『その場を凌ぐ』という感じです。

【遜れる】へりくだる。他人に譲る。『遜』は『ゆずる』とも読む。

【佚れる】サボる。

【逋れる】逃亡し、追手から逃げ隠れすること。『逋』は『滞る』という意味も有り『おいめ』とも読む。

【竄れる】悪さをするために身を隠すこと。『モグリ』というやつです。この字は『鼠』に由来します。

【遯れる】意味合いは『遁れる』と同じ。由来は周易六十四卦の一つで『天山遯』というらしいです。そんなわけで語源は『二陰が下に生じて四陽が逃れ隠れようとするさま』だそうです。

『豚のようにみっともなく逃げ回る』ってわけじゃなかったんですね。


※作中の『ついでに』ですが、いつもなら『ついでに』と書くところを、この字を使用したのは『倫』に『仲間』という意味が有ったためです。

 因みに『序に』は正しくは『ついでに』と書き『〜をはじめとして』という意味合いです。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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