男というのはそういうものだ -フラれた男とフラれた女-
天堂玲。
この男、この周辺じゃ知らない女性はいない程の有名人で、『美童天堂』なんて呼ばれているらしく、幾つものファンクラブを抱えているという。
すでに幾つもの芸能事務所からスカウトの声が掛かっているとの噂があるらしい。
そんな天堂が、このGWにうち企画のタレントオーディションを受けるという。
実は、このオーディションは茶番劇。本人は知らないようだが、すでに結果は決まっているのだ。
何故それをオレが知っているかといえば、オレ達リトルキッスが、特別審査員として参加することになっているからだった。まぁ、それは形の上で、そういう意味での特別なのだが。
ようするに、オレ達はゲスト。客寄せパンダというわけだ……って、この表現はちょっと古いか。
ともかく、そんなわけで学校じゃ、女子生徒を中心に大騒ぎ。
まぁ、自称ファン1号の取巻き達が放っとくわけがないよな。
「天堂くん、私達、絶対応援に行くから! がんばってねっ」
「天堂くんなら、絶対1位通過よねっ。私、今から楽しみだわっ」
「当たり前じゃないっ。
ねぇ、天堂くん。デビューしたら、私のことファン1号にしてくれる?」
「ちょっとっ、抜け駆けしてんじゃないわよっ!」
とまぁ、こんな感じだ。『女』3つで『姦しい』とはよくいったものだな本当。
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放課後、オレはクラスメイトの大和武士に呼び出されていた。
「はぁ? そんなの自分でやれよ。仮にも自分の女だろうが」
「棄てられたんだよっ。
俄のクセに天堂のファンだからって、巫山戯てんのかってんだ」
なんのことかと聞いてみれば、別れた女が、天堂のオーディションに応援に行くんで一緒に連いていってほしいということだった。
「悪いけど、オレは他に用があるんで無理だ。
でも、由希達も一緒だし、ボディーガードがほしいって理由なら、余計な心配をするだけ無駄だぞ」
なんたって、あの姫夜叉だしな。
「どうしてもってんなら、倉敷さんにでも頼んでみたらどうだ? リトルが特別審査員ってことは公表されてるんだし、多分、こっそり見に行くと思うぞ」
実はあの人、熱烈な花房咲のファンなのだ。本人は隠してるつもりだが周りにはバレバレ。表立って指摘されてないだけなのだ。
「もちろん、それは頼んでるし、俺も一緒に行くつもりだ」
なるほど、倉敷さんも不本意な装いをしながらも、それを言い訳に見に行けるわけだ。内心、小躍りしながら是と応えたことだろう。
「それにしても、お前も物好きだな。別れた女に、ここまで義理立てするなんて」
「…………」
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オーディション当日。
オレは会場へと向かう。
……由希に首許を掴まれて。
「はわ〜、すごい人集り」
確かに由希の言う通り、見渡す限りの人、人、人。
いったい、どれだけ暇なんだか。
おっ、武士発見。
傍には倉敷さんもいる……って、
おおっ? 鬼塚さんまで。
倉敷さんにでも付き合わされんだろうか。
それとも武士に頼まれたのか。
それより、今はこの状況。
なんとか隙をみて逃げ出さないと。
今頃、織部さん、苛ついているんだろうなぁ。
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「あ、純ちゃん。遅かったじゃない」
「あぁ、ちょっとばかり兀庵ついてな」
「全く、子供とはいえ一応は社会人なんだ。その辺をもう少し自覚するべきだ」
「すみません」
やはり怒ってた織部さん。
でも、そうは言うけど、しょうがないじゃないか。
…って、美咲ちゃんの前じゃ言えないか。
で、早速打ち合わせ。
10時 男子部門審査
12時 休憩
13時 女子部門審査
15時 審査員協議
16時 結果発表
オレ達二人も、男女双方の審査に参加する。
当然、いろいろとコメントを求められたりもするのだが、採点に関わることはない。
所詮特別審査員なのだ。
とはいえ、そのコメントが、他の審査員に影響を与えることはあるかもしれないのだが。
ただ、前にも言ったがこれは茶番劇、やる前から結果は決まっているのだ。
何も知らない出場者のみなさんご愁傷さま。
15時、審査員協議。
前述のように、オレ達は審査に関わらない。
では、オレ達は、何をするのか。
16時の結果発表までの時間繋ぎだ。
具体的には、うち所属アイドルによるステージ。
前半30分は男性アイドルグループが担当。
あれ? 何処かで見たことのある人が…。
美咲ちゃんによると、彼は大成功太郎(20歳)。人気アイドルグループ『SUCCESS』のリーダーとのこと。
あっ、思い出した。
あの人、あの時のオオナリさんだ。
なるほど、あの時の訓練生達の傾倒ぶりはそういうことだったわけだ。
女性ファン達の沸きっぷりが凄い。
実に人気の高さが伺えるというものだ。
まぁ、その分、男性達が忌々しそうにしてるんだけど。
そんなことを考えているうちに、後半とへ入る。
今度はオレ達の出番だ。
ステージに登ると同時に歓声が揚がる。
男性達だけでなく、女性の声も聞こえる。
まさかここまでの人気とは、正直言って驚きだ。
美咲ちゃんは……、意外にも平然としていた。
歓声に手を振り応える余裕まである。
そういや、テレビの生出演を経験してたんだった。
そして、美咲ちゃんが切り出した。
「みなさ〜ん、初めまして。リトルキッスの花房咲です」
「初めまして。早乙女純です」
「ねぇ、純ちゃん。
今の挨拶だけど本当に『初めまして』で良かったのかな。
多分、初めてのテレビの時にも『初めまして』って言ったと思うんだけど」
「良んじゃない。まだ『久しぶり』って言える程、顔出し出来てるわけじゃないし」
「そっか。じゃ、早く『久しぶり』って言えるようにならなきゃね」
「そういうわけで、みんな、私達リトルキッスのこと、よろしく〜」
この会話、実は仕込みである。
今のオレ達の持ち曲数では、16時までの30分を保たせることは出来ないのだから仕方がないのだ。
「て、わけで、いくよっ。
まずは私達のデビュー曲、Little Kiss」
リトルキッスの持ち曲は3曲。
『Little Kiss』『Little Lover』『Kiss Kiss Kiss』
それを順に熟していく。
そして最後の3曲目『Kiss Kiss Kiss』
軽快な曲のリズムに合わせ、華麗にステップを刻んでいく。
だがそこに、
「うおっ⁈」
オレが、ひらりと身を躱すと、足元で何かの割れる音がする。
飛び散った硝子の破片、何かの液体で濡れた床。
そして、会場に鳴がる悲鳴。
騒然とする会場を逃げ出す少女。
「タケっ! そいつを取り押さえろっ!」
オレは、会場へ向かって叫んでいた。
▼
騒動のため、オーディションはその場で打ち切りとなった。
なお、結果については後日発表と伴に、当人に連絡を入れることとなっている。
そしてオレ達はというと、現在、警備員室へと来ていた。
これはオレの希望だ。
先程の少女のことが気になったのだ。
そこに居たのは、警備員に協力した者達。
武士、鬼塚さん、倉敷さんの3人。
「え? なんで美咲ちゃんがここに?」
「別に変しくなんてないだろ。オレは当事者なんだし」
「さ、早乙女純。
あんたのせいで、あんたのせいでアタシは…………」
突如、取り乱す少女。
まあ、凡そのことは想像出来るし、それゆえに同情しないでもない。ただ、やっぱりなぁ……。
この度の件について、警備員(?)から説明をうける。
うわぁ…、この子、凄い顔で睨んでる。
動機はやはり痴情の縺れ。
オレのせいで男にフラれたんだとか。
何から何まで想像通り。テンプレってやつか?
初犯らしいのだがどうしよう。
突如、武士が頭を伏せた。
所謂土下座だ。
「済まない。どうか、許してやってくれっ。
この通りだっ。頼む!」
え⁈ なんで? どういうこと?
なんでここで、武士が土下座?
頭の混乱するオレ。周りのみんなも、やはり同じ。
少女でさえも同様だ。
錯乱した(?)武士が続ける。
「俺もこいつと同じなんだ。
だから、こいつの気持ちはよく解る
だから、頼むっ。この通りっ!」
なるほど、同類相憐れむってやつか。
「はぁ、わかったよ。
そういうわけだけどいいよな、織部さん」
「また勝手なことを。既に噂になってるんだぞ」
「でも、相手は未成年ですよ。大人気なくないですか。
こっちには何も被害はないってのに。
それに今回のことが、美談として噂になれば、いい宣伝になるんじゃないですか」
「む、確かに。
解った。上に掛け合ってみよう」
「……でも、なんで…」
不思議そうな顔で聞いてくる少女。
「さっき言った通りだよ。
にしても、馬鹿な女もいたもんだよなぁ。
オレなら、天堂なんかより、絶対タケシのほうだってのに。本当もったいねぇ」
「「えぇ〜〜〜っ!!!」」
とにかく、こうしてオーディションは幕を閉じたのだった。
※作中の『兀庵つく』は、作者オリジナル (?) の当て字です。ご注意下さい。語源は鎌倉時代に宋から来日した僧、兀庵普寧禅師。彼の言葉が理屈っぽく訳が分からないことから、理路整然としていないことを「ごったんごったん」と言うようになり、それが縮まって「ごたごた」となったそうです。ちなみに「ごった煮」の名前の由来も兀庵普寧からだとか。[参考 Google]
あと、気になることとして、『御託』の語源は『兀庵句』なのかも?
※作中の『鳴げる』『変しい』は、作者オリジナルの当て字です。ご注意下さい。因みに『鳴げる』は『上げる』が正解です。
※都合により大成功太郎の年齢を18歳→20歳と変更しました。[23年1月15日]
※誤字修正『以外』→『意外』[24年11月22日]




