夏の甲子園準決勝 第二試合 (後編)
準決勝第二試合、優曇華学院と横浜港学園の試合は1対1の同点のまま八回裏を迎えた。
ここでなんとか得点を入れれば次を守って終了だ。つまりここが正念場だ。
……と言っても、オレがどうこうできるわけじゃないんだけど。だから責めて精いっぱいに応援することにしよう。
この回、横浜港学園の攻撃は一番の町田から。
だがこの町田、ここにきていきなりの空振り。
これで早くもツーストライク。
「こら〜、町田〜っ、確りしろ〜っ!
ここで打てなきゃ絶交だ、アホ〜っ!」
ここで町田に鬼のような台詞が。
見れば例の口の悪い女の子だ。
それにしても「町田くん」から「町田」と呼び捨て、しかも『アホ』呼ばわりか。これで駄目なら今後なんて呼ばれるのだろう。
否、呼ばれることなんて無いのか。絶交なんて言ってたし。
つまりこれで打てなきゃ彼女(?)にフラれるってわけか。
こりゃ、町田も必死だわ。一打席目の時みたいに気合いが空まわりゃしなけりゃ良いんだけど…。
彼女(?)の罵倒のせいか、町田はなんとか四球で出塁。結果は出たけどなんとも微妙だ。
「セッコ〜、あんなみっともない真似せんと塁に出れんなんて……ダサ過ぎ……」
……気持ちは解かるけど、ここは勝つため手段を選んでなんていられない場面だ。そんな「セコい」とか「みっともない」とか「ダサい」とか言うのは酷だと思うんだが…。
ただ、彼女の前で格好を付けたいってんなら当然彼女の言う通り減点対象ではあるけど、一応それでも赤点ギリギリってことで。
……辛口で厳しい彼女だけど、がんばれ町田。それが男の甲斐性だ。
辛うじて町田が塁に出たことで、無死一塁。
ここは依然り送りバントで町田を二塁に送るのが堅実か。それとも強気に強打で攻め、重圧を与えるか。
遣り方はいろいろ有るだろうけど、続く二番の大下には是非ともこの好機を拡げてほしいものである。
大下が選んだのは強気の強打。但し欲張ることの無い三塁線への流し打ちだ。
これが美味いこと三塁手を抜けて、しかし左翼手のカバーが入ったため一塁安打。それでも無死一・二塁。なんとも巧い流し打ちだった。
続くは三番の鷹山。ここから愈クリーンナップだ。期待ができる。
鷹山が狙ったのは一・二塁間を抜ける流し打ち。
結果は右翼ゴロでアウト。
その代わりに町田が三塁へと進み、そして大下も二塁へ進塁。得点圏の走者を進める十分なまでの働きだ。
そして一死二・三塁で迎えた四番打者・山田。
残念ながらこの山田、今日は一打席目は凡打、二打席目は三振、三打席目も凡打でアウトと良いところ無し。
それでも終盤は強く、また何かと好機で得点に絡んでいたから、きっと力を発揮してくれるはずである。……多分。
そんなオレの微妙な思いとは違い、ただ只管に山田を応援する応援団。
オレも余計なことを考えずに、ここは素直に山田を応援することにしよう。
さあ、行け山田。ここで四番の意地を示せてやれっ!
……結果は死球に依る進塁。
う〜ん、なんて言えば宜いんだろうか。
とにかくこれで一死満塁となった。
そして打者は五番・海堂。
一、二、三と全打席目において単打ではあるけど安打と当たり捲っている。
つまり絶好の機会と謂うわけだ。
なんてったって投手と相性が悪いからって敬遠するわけにはいかないからな。
そんなことをすれば、それが勝ち越しの決勝点ってことになるかもしれないわけだし。
そんな理由で相手の投手は海堂に勝負を挑むことにしたようだ。
そして海堂は当然のようにまた安打を放った。
否、それは単に安打なんて謂えるものではなかった。
なんてったって、それは勝ち越しの満塁本塁打だったわけだから。
これで海堂は先の王隠堂の本塁打に対して返礼を行なったことになる。しかも四倍返しだ。
……こうしてみると山田は今回も得点に絡んだわけで、現在が八回裏ということもありこれが決勝点となる可能性が高い。
果然り山田は『約束されし勝利の男』ってことなのだろうか。なんとも縁起の吉い奴だ。
調子に乗ってか次の打者・軍多利までもが本塁打を放った。これで六番ってのはなんとももったいない話だ。山田と入れ替えた方が良いんじゃないか?
…って流石にそれは謂い過ぎか。でもこいつって結構打撃が良いんだよなあ。
否、でもこいつの役割はクリーンナップの後の攻め手の起点、つまり一番と似た役割ってことみたいだし、これで良いのかもしれない。
まあ、素人のオレがとやかく謂うことじゃないけどな。
続く七番、八番が凡打に打ち取られたところでこの回は終わりとなった。
遂に迎えた九回表。
ここを抑えれば1対6で横浜港学園の勝利だ。
優曇華学院の攻撃は一番打者の植村から。
まあ他の相手なら委細知らず、本気になった海堂の前じゃ、結果は知れたものだろう。
当然、二番の東にしてもそれは同じで、どちらも直然りと凡退だ。
そして迎える三番の王隠堂。これで四度目の対決だ。
一打席目は難無く三振だったけど、二打席目は一塁安打、そして三打席目に至っては痛恨の本塁打を喰らって負け越している。なので海堂としては、責めてこれらの借りをここで返しておきたいところだろう。
そのせいだろうか、海堂の投球は全てが全力の剛速球。こんな無策で愚直な戦術を、よく相方の捕手・山田が許したのは果然り5点の差が有るからだろう。
それ故に海堂の再対決の機会を与えたと謂うことか。そしてそれは海の真の力量を信じているからこそだろう。流石は海堂の恋女房。
で、その信頼の結果だが、今のところツーボール、ツーストライク。幾らなんでも全部ど真ん中ってのは流石に無い。
因みに現在ファールが1つで球数は5つだ。
ここで責めてもの意地を見せようってことか、とにかく王隠堂はよく粘る。
カキーン!
王隠堂のバットが快音を放った。
とはいえ打球は大きく逸れて一塁側ベンチの手前を勢い良く矢のように通り過ぎる。
くそっ、またファールか。
観ているオレの方までもが手に汗を握る思いだ。
カコーン!
またファールだ。
本当に王隠堂はよく粘る。
いや、まあそれは当然なんだけど、観ているだけのこっちの方までが非常に疲れるのだ。
それでも両者は一歩も退かない。譲らない。
再び海堂が魂心を込めた全力の一球を放った。
今日再び、記録更新の157km/hだ。
遂に王隠堂のバットが空を切った。
これで王隠堂の三振だ。
思わず会心の笑みが溢れる。
オレでさえこれなんだから海堂なんて如何ばかりか。
こうして遂に王隠堂を三振に仕留めたことで三死。これにて試合終了だ。
そして明後日は決勝戦。
もう今から凄い楽しみだ。
……次も横浜港学園が三塁側になってくれないかな。そうすればまた大開に堂々と応援できるんだけどなあ……。
※作中の『委細知らず』の当て字はその意味合いから当ててみました。
因みに掛け声の『いざ』は『早きを以て』ということで『以早』となるのでしょうか。
どちらも語源の説はいろいろと有るみたいですが、実際のところは不明でした。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




