夏の甲子園十一日目 第一試合 (後編) -聖者の涙-
今回、全く詳しくもないのに奈良弁を使っておりますが、こんな感じで良かったでしょうか?
所詮はネット検索頼りの俄です。
でも、意外と意味合いの解かる言葉もあるもんですね。
水主村は仕事のできる男だった。
投げれば未だ無失点、打てば本塁打で2打点。
大活躍だ。
ただ、ひとりでそれだけ活躍すれば、当然その分疲れも溜まる。投手の多くが打線の下位に置かれる理由である。
もちろん主戦投手で四番なんて例も有るけど、そういうのは余程体格に優れた奴くらいだ。それこそ捕手に比類する程に。
否、プロでは捕手だって下位が少なくない。他の野手達と違い、ずっと坐っているため足腰に負担が掛かるためだとか。
水主村の場合は四番じゃないけど、それでもクリーンナップの五番打者だ。それが今日は主戦投手に代わって先発投手を兼任しているわけだから、先に述べたように負担が掛かり疲労が溜まるってわけだ。
そんな理由で、七回裏からは水主村に代わって、抑えの堂官の登場だ。水主村は本来の中堅手へと戻る。そして阿世比丸はベンチへと。
話題の名物抑え投手・堂官の継投登板に観客席が沸き上がる。
美咲ちゃんの居る一塁側応援席なんて、もう勝ったかのような燥ぎっ振りだ。
一方、オレの居る優曇華学院側は……。
「おっしゃあ〜、交代しよったで〜。
調子に乗ってあんな歪んだの出すなんて、あいつら頭が悪いんやない?」
ちょっと待てよ、なんだよこの口の悪さは。
奈良弁はよく解んないけど、それでもなんとなく予想のつく言葉くらい有るっての。
『いがんだ』ってのは、恐らく『歪んだ』ってことで『奇形』、つまり『障害者』って意味合いだろうし、『頭が薄い』ってのは謂うまでもなく『アホ』って意味だ。
『いちびって』の意味は解んないけど、どうせ陸な意味じゃないだろう。
全く、こいつらテレビ収録の前で、堂々と相手を罵ってくれるとは、こいつらこそ『頭が薄い』ってんだ。
で、優曇華学院側の打者達だけど、こいつらの馬鹿にしていた堂官の前に次々と打ち取られていっている。
ざまーみろっての。
否、選手達には罪は無いか。悪いのは応援のこいつらだし。
0対2で迎えた八回裏。
現在二死と堂官は快調だ。
だが、ここで優曇華学院の一番打者・植村に安打が出た。
そして二番の東も四球を選んで出塁。
「よっしゃー! 得点圏だ〜っ!」
逆転のチャンスに沸き上がる優曇華学院応援席。
打者は三番の王隠堂。なんか漫画の主役か、その好敵手っぽい格好良い名字だ。
格好良いのは名字だけではなかった。
ここでまさかの本塁打だ。
「きゃ〜っ、王隠堂さま〜っ」
甲子園が歓声に包まれた。
女の子達が黄色い声を上げている。
まあなぁ……。
すらりとした長身で逞しい肉体、その顔付き凛々しくて、実に名字に相応しく格好良い。
そしてたった今のこの劇的逆転本塁打。
なんてスター性だよ、全く。まるで甲子園の御堂玲だ。
頽然となる堂官を捕手・橘高が慰めている。
まあ、流石に自責点だからなあ……。
その後、四番の万歳と五番の五鬼助が安打で出塁し、二死一・二塁と再び得点圏のピンチに見舞われたものの六番・曽路利を三振に仕留めなんか危機を脱出した。
とはいえ残すは次の回のみ。ここで逆転できなければ敗退が決まる。
九回表、流川の先頭打者は堂官だった。
投手としてはもちろんのこと、打者としても堂官の抱えるハンデは大きい。
彼の抱えるそのハンデとは、利き手である右手中指の途中からの欠損。それ故に右手の握力は弱い。
それでも堂官は懸命に相手投手の投球に喰らい付く。
その鬼気迫る迫力は、気迫と謂うより気魄と謂うべき執念そのもの、正に魂心まで込めた渾身の一撃だった。
堂官の執念の一撃は、その非力さを補う如く痛烈な勢いを持って、グランドを駆けた。
……が、それは二塁手真正面。つまり二塁ゴロ。
当然都合の好い失策などといった奇跡など起こることもなく、それはアウトとなってしまった。
こうなると流川が頼みとするのはチャンスメーカーと呼ばれる二番打者・殿畠だ。
一塁側応援席からは、殿畠逆転のテーマ『で○るかな』が鳴り響く。
演奏する吹奏楽部だけでなく、小金井達応援団も必死だ。
一方こちら、三塁側の優曇華学院応援席は「あとふたり」コールが鳴り止まない。寧ろ激化していく有様だ。
現実とは非情なもので、そうそう都合好く物事は運ぶわけではない。
気合や声援なんかで結果が変わるなんてことはない。
殿畠についても確り対策は有ったようで、得意(?)のバントエンドランもシフトを敷かれて封じられていた。もちろんその裏を掻くバスター対策も確りと含めて。
そうなると小柄で非力な殿畠では、長打を狙うなんてできないわけで、それでも打開策とばかりに行なった強引な強打も安易と処理されることに。
「あっとひとりっ! あっとひとりっ!」
優曇華学院応援席の声援がさらに加熱し盛り上がる。
最早試合に勝ったかとでも言わんばかりの燥ぎっ振りだ。
最終回二死と追い込まれた流川高校。
その最後のは打者は三番の世羅。
そう言えばこいつ、三番って割には地味な役が多く、これといった目立った活躍ってのが無いんだよな。
残念だけどこれで終わりか…。
否、オレは今回優曇華学院側なんだから、ここは勝利を喜ぶべきところなんだけど……。
カキーン!
ん⁈ この打撃音って⁈
よく見れば打球が二遊間を抜けて……、取り敢えず中堅手が間に合ったので一塁止まりか。
それでも安打は安打だ。
意外とやるな流石は三番。
ここで四番の山本登場。
優曇華学院の王隠堂の時みたいに、こいつもスター性が有る。チャンスに強い打者だ。
下津井高校戦で決勝点となる安打を放ったのはこいつだったしな。
終わる時ってのは呆気なく終わる。
逆転の見せ場ともいえる状況も必ずそれに伴うことが起こるとは限らない。
山本の最後の打席は三球三振。
どちらかといえば優曇華学院の投手にとっての見せ場となったのだった。
試合は2対3と優曇華学院の勝利に終わった。
球場に蓼丸の号び声が天に届けとばかりに響く。
まあ、こいつの悔しさは解らないでもない。
なんてったって怪我で試合に出られなかったわけだから。きっと納得いかないのだろう。
一方、堂官は俯いて、涙を堪えながら啜り泣いている。
確かにこの敗戦はこいつの自責点に依るものだからなあ……。嘸かし己の非力さとそして右手が憾めしいことだろう。
でもこればかりは仕方がない。
……って慰めは駄目だろうな。それでもってのが男だし。実際そうやってがんばってきたんだから。
だからもし掛けるんなら……。
……ここは非力と嘲笑うべきなのか?
否、それって絶対鬼だろ。有り得ないって。
でも、そうやって男ってのは強くなるんだろうな。
正直掛ける言葉は難しいけど、責めて今まで通りに前向きに立ち直ってほしいものだ。
※『頽然』とは『くずれる』こと。『頽』には『頽れる』という読み方があるそうです。
日本語では『酔い潰れる』みたいな意味もあり、そういう場合の言葉かと思っていたのですが、中国語では『落胆』と変換されました。あと、日中ともに『老化』という意味もあるようです。
そういえば『頁』が『禿げる』で『頭髪がくずれおちる』ことをあらわすのだとか。もしかすると『ハゲてガックリ』って意味合いもあるかも…。
因みにこの『頽然』は『日本橋(泉鏡花著)』にて『がっくり』という当て字に使われているようです。[Google 参考]
※作中の『渾身の一撃』ですが、本来は『身体全体を使った一撃』という意味で『全力』という意味合いならば『渾身の力を込めた一撃』というのが正しいそうです。もしくはRPGでお馴染みの『会心の一撃』って表現になるんだとか。
でも、この場面での作者のイメージは『身体全体』プラス『心魂』というのは同じですが、『費やす』のではなく(それも含みますけど)『利用する』という行動です。なので敢えて『渾身の一撃』ということで、もし直すなら『魂心まで込めた渾身の一撃』ってところでしょうか。……ってそう書いてましたね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




