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夏の甲子園九日目 第一試合 (後編)

 四回表、春日山高校の攻撃は四番・久保埜(くぼの)二走者一掃本塁打(ツーランホームラン)で2点を先取。

 まさかあの海堂が本塁打(ホームラン)を打たれるなんて……。

 否、海堂といえども人の子だ。偶にはそういうことも()るだろう。

 でも、あれは何かの変化球みたいだったし、自慢の剛速球を打たれたってわけじゃない。


 ……って、こんなこと言ってちゃ駄目だよな。海堂は今、敵側の学校(チーム)なんだし…。

 ファンとしては複雑だ。


 ともかくだ、一旦私情は置いておいて、ここは春日山(サイド)の担当として、素直に……じゃないけど、ここはこの先制点を喜ぶことにしよう。直江とも応援するって約束しているし。


 こうして心の葛藤を抑え、改めて春日山を応援することに決めたわけだけど、依然(やは)り海堂から安打(ヒット)ってのは難しい。後続の三人は浅然(あっさ)りと終わっていた。



 四回裏、直江は四番打者(バッター)の山田に当然のように打たれた。

 前の打席では(あわ)やだったけど、今回は真当物(まとも)本塁打(ホームラン)だ。

 こりゃ明らかに相性が悪い。次からは敬遠した方が良いんじゃねえの?

 まあ、それ以降の三人はなんとか抑えてたけど。

 依然(やは)り見ていて危なっかしい。


 それでも直江の力投は続く。

 危うい場面を何度も迎えながらも、それでもなんとか無失点に抑えていた。



 そして迎えた九回裏。

 得点は1対2。

 まさか?

 本当に勝っちまうのか?

 相手は本命のひとつだぞ?

 でも、ここでこの三人を抑えれば春日山の大金星だ。


 一人目は三番の鷹山。

 つまりこの回はクリーンナップからだ。

 この鷹山、随分と粘って喰らいついてくる。

 カウントはスリーボール、ツーストライク。

 そして、今もまたファールだ。

 四打席目だし、直江の投球にも慣れつつあるってことだろうか。

 結局鷹山は(フォア)(ボール)で出塁。

 9球も投げてこれは痛い。


 そして迎えた四度目の山田。

 ここは果然(やっぱ)り敬遠だった。

 まあ、あれだけ相性が悪ければなあ…。

 下手に打たれりゃサヨナラだし。

 そういう理由で五番と勝負だ。

 とは言っても(ノー)(アウト)一・二塁。十分にピンチだ。


 五番打者(バッター)主戦投手(エース)・海堂だ。

 クリーンナップを任されているわけだから、当然ながら打撃もいける。

 肩で息をしている直江と違って、こっちは未だ体力は十分。そして気力も十分だ。

 否、ここで勝負を決めるとばかりにそのテンションは限界値を遥かに超える。


 なんかヤバい。

 いろいろとヤバい。

 この猛暑の中、散々球数を投げてきて、もう体力の限界の近い直江。

 前の羽衣石(うえし)高校戦では、(デッド)(ボール)のダメージが有ったとはいえ、試合終了と同時に崩れ落ちていたし。

 つまり今は、殆ど気力で投げているって状態だ。

 だというのに、三番・鷹山で球数9球と粘られた挙句(フォア)(ボール)

 山田を敬遠したことで、(ノー)(アウト)一・二塁のピンチ。

 ここで打者(バッター)主戦投手(エース)を兼ねる海堂。

 状況(シチュエーション)が余りに劇的とでき過ぎだ。

 精神的圧力(プレッシャー)は計り知れない。否、測り知れない?

 つまり直江は心身ともに追い詰められているってことだ。


 捕手(キャッチャー)・長尾のサインを受け、直江が今、第一球を放った。


 カコーン!


 海堂の打球は痛烈な当たりとなって、地を跳ね一・二塁間へと抜けていく。

 否、抜けてはいかなかった。

 直江が跳び()いて捕球(キャッチ)して、……だけどその球を投げようにも、どこの塁にも間に合わず(ノー)(アウト)満塁となってしまった。

 まあ取り敢えず、得点にならなかっただけ()しとすべきだろうか。海堂との対決は、痛み分けってわけだ。


 つまりピンチは、まだまだ続く。

 否、考え方次第か。

 確かにかなりのピンチだけど、満塁ってことは、どこでもアウトが取れるってことだ。

 ……と言ってみても、かなりの無茶なのは解ってる。

 それが如何に相手がこれから下位だとしても。


 でもその前に六番だ。こいつを下位っていうのには流石にちょっと無理があるか…。

 で、その微妙な存在、六番打者(バッター)軍多利(ぐんだり)

 身長190㎝近くは有りそうな長身、されどひょろりとした細身ってわけじゃなく、かといって太身(ふとっちょ)ってわけでもない。

 すらりとしていながらも、その肉体は引き締まり、無駄な贅肉というものが見当たらない。当に名字(なまえ)の如く、軍多利明王の風貌だ。

 さて、そんな軍多利明王さまだけど、どうやら打つ気満々で、スクイズなんて小細工をする気配はまるで無い。


 ピンチの中、直江の第一球は……。


 軍多利(ぐんだり)の尻への(デッド)(ボール)

 汗で手許でも狂ったのだろうか。ここへきてのこれはかなり痛い。

 だって押し出しで1点だからなぁ。

 そんなわけで同点になってしまったわけだ。

 しかも(ノー)(アウト)満塁で。

 うわぁ……、絶体絶命じゃないか。


 否、まだだ。なんてったって、今度こそ本当に下位打線だ。だからきっと大丈夫。

 ここを抑えて次の回でまた得点を挙げれば…。

 海堂相手にそれは難しいだろうけど、それでも2点の実績が有る。だから決して無理じゃない。

 そのためには、まずはここを無失点で抑えて乗り切らなければ。


 その下位打線の七番打者(バッター)大仏(おさらぎ)だけど、どうしたことか直江の奴、攻め(あぐ)ねている。

 見ればカウントはツーボール、ワンストライク。

 そして今またボールがひとつ。


 ……まさか。

 もう制球もままならない状態だってのか⁈

 それでも直江は諦めない。

 ただただ気力で球を投げる。


 球は長尾の構えるミットから、否、長尾や打者(バッター)大仏(おさらぎ)からも大きく逸れて…………そして、直江は力尽きたかのようにその場に倒れた。



 試合(ゲーム)終了(セット)のコールも待たず、長尾が、前田が、他の部の仲間達が直江の元に駆け寄せる。


 甲子園に号泣が響いた。

 上体を起こし四つん這いになったままの直江の泣き叫ぶ声が。

 前田に宥められ、そして主将(キャプテン)の長尾に支えられながら、声と涙を堪え試合終了の挨拶へと向かう直江。

 否、声は枯れたか静かであるが、涙は未だ枯れず乾かず、ただ啜り泣くばかりか。



 こうして直江の夏は終わった。

 いったい彼女が何を求めて、何故性別を偽ってまで大会に出場をしたのか、人知れぬ謎をただ遺して。

※作中に出てくる『葛藤』という言葉ですが、実は出典は仏教経典らしいです。『法句経』とか『出曜経』等で煩悩をそれに譬えているとか。

蔓草つるくさかずらや藤が生い茂り、錯綜するともつれて解き放つことができないように、私たちを悩ませる貪欲や愚痴などの煩悩は容易に断ちきることは出来ないと教えている」とのことです。[Google 参考]


※作中に出てくる『測り知れない』ですが普通は『計り知れない』と書くようです。

 もしかすると前にやったかもしれませんが、『はかる』という字の使い分けを調べてみました。

【図る】企てる。うまく処理する。

【計る】数える。考える。

【測る】長さ・高さ・深さ・広さ・程度を調べる。推測する。

【量る】重さ・容積を調べる。推量する。

【謀る】良くない事をたくらむ。

 あと、気になったのでこちらも。

【推測】ある物事の状態・なりゆきなどを推し量ること。また、その内容。

【推量】はっきりわからない物事の事情や人の考え・感情などを、推し量ること。

【推定】はっきりわからないことを他の物事からおしはかって仮に判断すること。

[Google 参考]

 どうやら『計る』とは『考える』ことで、『測る』は何かの『具体例を基準に比べる』こと、ついでに『量る』は『抽象的なイメージ』といった感じと思われます。

 そういうわけで今回は『自分だったらどう感じるか』という比較で、敢えて『測り知れない』も使ってみました。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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