夏の甲子園九日目 第一試合……の前 -直江再び-
欠伸を噛み殺しながら一塁側応援席へと向かう。
昨晩は大島対海堂なんてことを妄想をして、ついそれが過ぎたせいで気づけば夜更かしをしてしまったからなぁ。否、実際は途中で寝落ちしてたみたいで、朝方美咲ちゃんに起こされるなんてことになったんだけど…。なんとも不覚だ。
で、今朝の第一試合なんだけど、その海堂の在る神奈川県代表・横浜港学園の試合だ。
そんなわけで、今オレは一塁側……。
って、違う。オレの担当は三塁側だ。
横浜港学園は美咲ちゃんの受け持ちだ。
はぁ……。未だ頭が寝惚けてるみたいだ。
まさか希望と現実を混ぜ込ぜで動いてしまうとは。
危うく世間に間抜けなところを曝すところだった。
そんな理由で改めて三塁側へと向かうオレ。
ええっと、オレの第一試合の受け持ちは……。
「わぶっ⁈」
「きゃあっ⁉」
便所辺りに差し掛かった所で、衝撃とともに後方に撥ね跳ばされた。
迂闊にも誰かに衝突かってしまったみたいだ。
声からすると女の子……女の子⁈
否、格好からすると男か。どこだかの学校のユニフォームを着ているし。
「あ、ごめん」
謝りながら手を差し出す。
幸いオレは転けたりすることはなかったけど、相手はそうではなかったみたいで尻餅を搗いた状態だ。
細身だけど身長もオレより高い。なのに転けたのはオレじゃなくって相手の方。
なんて貧弱。恐らくこいつは補欠だな。
「あ、ううん。こちらこそ」
返ってきたその声は、男の割にはちょっと高め……って。
「なんだ、直江かよ」
衝突かった相手は直江だった。
通りでなんか柔らかいと思った。
いや、何がって、そりゃあこいつはこんな格好でも実際は女の子だから。
実はこいつ、女のくせにその正体を偽って新潟県代表・春日山高校の主戦投手をしているのだ。
なんでそんなことしているのか、その理由までは知らないけど。
「今度はちゃんとしてたんだな」
こいつが出てきた所は男子便所。だから『ちゃんとして』ってわけなのだ。
前に遇った時は女子便所の中だったからなぁ……。
女のままってんならともかく、男としてなら当然男子便所だろう。
じゃないと通報案件だ。
バレたら出場停止処分は間違い無し。
もちろん正体を明かせば、それはそれ。
果然り恐らくは、ルール違反で出場停止処分間違い無し。
「うん。
それよりも、私のこと黙っててありがとう。
お陰で私……」
「それよりもこの前の死球だけど、怪我とかは大丈夫なのか?」
お礼とかを言われるのは気恥ずかしいので、直江の話の途中だけど、敢えて話題を逸らすことにする。
とは言っても、これはあの時から気になってたことなのだ。だから訊くのにちょうど宜い。
「あ、うん、大丈夫。
あの時は少し痣になっちゃったけど、特に骨折とかって無かったし。
今はほらっ、この通り」
そう言って力瘤を作って見せる直江。
いや、流石に女の子の細腕じゃ解んないって。
まあ、そんなことよりも、取り敢えず問題無さそうなのは判ったけど。
「だから今日の試合も大丈夫。
ってわけだからちゃんと応援宜しくね〜」
そう言うと、笑顔でその話から去っていく直江。
まあ、元気そうでなによりだ。
で、直江の試合だけど何試合目だったっけ?
……って、今からの横浜港学園が相手じゃないか!
流石に今回は相手が悪い。残念だけど、ここまでだな。
まあ、オレの担当は三塁側。つまりこいつら春日山高校側だし約束通り応援してやるか。
正直、勝ちは期待はしてないけど、それでもどこまでやれるかくらいは応援してみても宜いかもな。
精々好試合を演じてほしいものだ。
※作中に『撥ね跳ばす』という言葉が出てきますが、この手の言葉って使い分けに悩みます。
意味合いとしては次みたいな感じのようです。
【撥ねる】弾き飛ばす
【跳ねる】蹴り飛ばす
【刎ねる】切り飛ばす
【飛ぶ】宙を移動する
【跳ぶ】地を蹴り上昇する
【翔ぶ】自由に飛び回る
※作中に出てくる『尻餅を搗く』という言葉ですが、この『搗く』は『舂く』とも書くようです。
『舂く』とは穀物を臼でつくことで『舂く』とも読みます。
また『搗く』は『搗く』とも読むようです。
『搗』には他に『搗つ』『搗つ』と読み方も有ります。あまり馴染みのない『搗つ』ですが『搗ち割る』といった感じで使うようです。[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




