夏の甲子園八日目……の反省会にて
夏の甲子園八日目。
その日の仕事が終わった晩、オレ達はいつものように『白熱!夏の甲子園』を観ながらの反省会をやっていた。
「たは〜っ、何なんだよ今日の試合。一方的なボッコボコだらけばっかじゃねえか」
「うん、そうだよね。第一試合の優曇華学院とか、第三試合の京都サブカルチャー学院とか」
オレの呟きに美咲ちゃんが同意見だと相槌を打つ。
優曇華学院というのは奈良県代表の学校で、第一試合でも相手校を圧倒的な力量で撃ち破っている。
そして京都サブカルチャー学院、通称京サブもだ。
この学校、サブカルチャーについて学ぶとかいう、一見巫山戯たオタク学校だけど、一回戦目で東東京代表の墨東高校を0対18の圧倒的点差で破っている。
そして今日の翔耀高校でもその強さを魅せつけた。
そう、『見せつけた』ではなく『魅せつけた』なのだ。
なんてったってあの埼玉、野球人口トップクラスの激戦区のひとつ埼玉県、そこの代表である翔耀を滅多打ちってくらいに激しく打ち捲くって得点を重ね、守りにおいても縦したのはたったの1点のみ。結果は1対12という圧勝。
最早オタク学校なんて侮る奴らは在ないだろう。
「もしかして、今大会の打撃1位って大阪桐葉じゃなくって京サブじゃねえの? もしくは奈良の優曇華か」
少なくとも甲子園での打点は1位だろう。
大阪桐葉は甲子園じゃまだ1点しか挙げてないし。
「えええ~⁈ 嘘でしょ?
だって大阪桐葉には大島くんが在るんだよ?」
美咲ちゃんの気持ちも解らないではない。だって大阪桐葉は美咲ちゃんの一推し校だからなあ…。というか美咲ちゃんって、恐らく大島のファンだし。
この大島、予選での打率が6割超え、本塁打が6本、打点が18点という、今大会一の猛打者だ。一回戦の清洲工業戦で早速一本本塁打を打っている。
でもなぁ……。
「幾ら大島が凄くたってなぁ…。
敬遠されればそれまでだし。
ほら、極端な話、あの松井秀喜の例が有るだろう。
あんな風にされちゃ、幾ら大島でもそれまでだ。
昔と違って今の敬遠は投げる必要も無いから悪球打ちって手も使えないんだよなぁ…」
「えええ~……」
不満そうな美咲ちゃん。
でも納得いかないまでも理解はしているのだろう。
卑怯かもしれないけど、これも立派……かどうかはともかく、一応はルールに則った作戦のひとつだし…。
正直言うとオレもこういうのは好きではない。やるなら当然、漢らしく真っ向勝負が好ましい。
でも、誰もがそういうのに優れているわけじゃないわけで、それを補うのが『知恵』と『技』だ。
……って、頭じゃ理解はしてんだけど、それでも正攻法、王道をいく『力』ってのに憧れるのはオレが男だからだろう。
否、それはオレみたいな男に限らず、女の子だってこういう格好良いのには憧れるか。美咲ちゃんの不満もそれが理由だろうしな。
「でも、美咲ちゃんじゃないけど、そういう真っ向勝負ってのは観てみたいよな。
例えば大島と海堂の対決とか」
「そういえば純ちゃんって、海堂くんに随分と入れ込んでいるもんね〜」
そう、オレの一推しは神奈川県代表・横浜港学園高校。そして主戦投手の海堂晋。
彼は今大会最速の剛腕投手だ。
先の西予学園戦では連続奪三振11と大会新記録を達成し、1試合での奪三振19は夏大会では2位タイだ。
あの6割超の勝率を誇る愛媛県代表相手にだぞ。
ここまで凄いと嫉妬を通り越して素直に憧憬を懐くってものだろう。
「ねえ、純ちゃんはふたりが対決したとしたらどっちが勝つと思う?」
ふたりが対決したら……か。
う〜ん、美咲ちゃんじゃないけどどっちが勝つだろうな……。
「そりゃあ当然、海堂だろう。
……って言いたいところだけど、それは勝負の内容に依るだろうな。
少なくとも3回は勝負することになるだろうし、回を追うごとに海堂は不利になってくしな。恐らく最終的には大島に打たれるってことも有るかもしれないな。だから、何度抑えて何度打たれたかって勝負になるのかな。
否、得点されなきゃ良いって考えもアリかもしれないな。だって野球はチーム戦だし。
逆に幾つ三振を奪ったかってのもアリかもな。
……って、これは無茶か。どう考えても投手側が分が悪い。
でも、三振や安打の内容とか、そういったポイントを決めて評価で勝負ってのもアリかも……。
でも、依然り打点や安打数ってのが基本か?
それとも大島に対する防御率か……。
う〜ん……」
「ちょっと、純ちゃん、真面目に考え過ぎだよ。
そんなに考え込まなくっても……って、純ちゃ〜ん。
それくらいにしないと明日になっちゃうよ。
って、純ちゃんってば〜」
美咲ちゃんが何か言ってるけど、今はそれどころじゃないんだよ。
「そんなの幾ら考えても、実際に勝負してみないと解らないんだから考えても無駄だよ〜」
全く、今さら何を言ってんだか。そんなこと解ってるってのに。だから今どう比べれば勝負になるのか考えてるってのに……。
って、そうだよな。両者が直接勝負してないんだったら、他の試合での成績で比較ってことになるのか。
だったら、え〜とまず、海堂の戦績はと……。
「ねえ〜、ちょっと、純ちゃんってば〜」
……で、次は大島の戦績……。
「宜い加減にしないと本当に明日にになっちゃうよ。
ねえ、純ちゃんってば〜。
…………って、もうっ。
私、先に帰って寝るからねっ」
……いつの間にか美咲ちゃんが居なくなって、気づけば朝になっていた。
オレってば一晩中考え込んでいたようだ。
否、実際はいつからか寝落ちしてたみたいだけど。
オレがそれに気づいたのは、美咲ちゃんが起こしに来たからで……。
「…………もしかして純ちゃん、一晩中考えて寝落ちしたの?」
……不覚だ。まさか美咲ちゃん相手にこんな醜態を曝すことになろうとは。
※作中で触れた松井秀喜の敬遠は1992年の大会の二回戦の明徳義塾高等学校(高知)対星稜高等学校(石川)戦の出来事です。当時、星稜の4番打者だった松井秀喜さんは5打席連続で敬遠されています。
この結果、試合後にマスコミ各所で大々的に取り上げられて社会現象となり、高校野球の『勝利至上主義』について議論されるようになりました。[Google 参考]
上記のように、学校教育として『勝利至上主義』ってのはどうかと問題になったわけですが、でもこれって間違いじゃないですよね。監督としては部を勝利に導く責任があり、こうすれば勝てるって解ってたわけですから。
『格好つけて負ける』よりも、たとえ『泥臭く、無様でも勝つ』ってことの何が悪いのか。これこそ『柔よく剛を制す』ってことで『知略』を尽くすのも勝負でしょうに。球児達にとって高校野球は真剣勝負。金を貰って観客を喜ばせるショーではないのですし。
少なくともルールに違反はしてません。文句があるなら、敬遠も投手の投げる変化球も、ストライクゾーン以外への投球さえもルールで禁止してしまえばいいんです。それが卑怯で問題ありっていうのなら。まあこれは『戦いは戦う前から始まってる』ってことで、一番卑怯な方法ですけどね。実際、競泳では潜水が禁止された例がありますし。いや、本当はこれは呼吸の面で危険があるって理由なんですけど……。
話は逸れましたが、敬遠は『ルールに基づいた立派な戦術』なわけで、非難されるのは間違いです。それはやられた側の難癖です。大抵のことはやる側は『知性的』『革新的』と褒め、やられる側は『卑怯』『非常識』と謗るものだと言いますしね。
『知恵』だって立派な『能力』です。なので監督も選手達も全力を尽くした結果です。
つまり仲間のために自分のベストを尽くし、その責を任し任されるってわけなのですから、これも立派な教育ではないでしょうか。
※作中にある『敬遠は投げる必要も無い』ってのは2020年から採用された『申告敬遠』というルールのことです。
目的は試合時間の短縮のため。
作中にあるように敬遠球を打たれたり、その他の駆け引きの機会が無くなります。暴投の心配も必要ないし、球数制限のある中で敬遠に必要な4球の節約(4球扱いにならない)もできたりもします。
このルール、実は米国メジャーリーグに倣ったものだとか。
だったらいっそ本塁打の申告ってのも有って良いのでは? 実際、米国メジャーリーグには有るみたいですしね。日本のプロ野球でもそんな話が有ったとか。結果どうなったかは知りませんけど。それを聞いてどこぞの大学教授が「試合前に両チームの選手が話し合いで勝ち負けを決めておく申告勝敗制を導入してもよいのでは」なんて言ってたなんて話も。恐らくは冗談でしょうけどね。(笑)[Google 参考]
※作中に『憧憬を懐く』とありますが、この『いだく』って、やはりいくつか似た意味の漢字が存在します。
【抱く】抱いて抱える。(両手で)包む。『思う』という意味もある。
【懐く】心に思う。懐く。『懐く』の読みは常用ではない。
【擁く】手で取り囲む。周囲から守り助けるという意味も有り、常用ではないが『擁る』とも読む。
といことで、今回は『慕う』って意味合いの『懐く』を採用しました。普通は『憧憬を抱く』みたいですけど……。
因みに『憧憬』は『どうけい』と読んでも可だそうです。
[Google 参考]
※作中に出てくる『曝す』という言葉ですが、同じような言葉に『晒す』というものが有ります。
どちらも『(日に)当てる』って意味合いですが、『晒す』は『日に晒す』『水に晒す』といった場合で使われ、『曝す』は『恥を曝す』『危険に身を曝す』のような場合で使われるところから、『ダメージの有無』で使い分けするものと思われます。
食べ物で喩えると『水に晒す』は美味しく食べられて、『水に曝す』は傷んで食べられないって感じじゃないでしょうか。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




