夏の甲子園七日目 第三試合
今さらですが、既に作中の甲子園大会は二回戦に入っています。そして今回の話から二戦目です。……って、こんなに引っ張るつもりじゃなかったのに…。
夏の甲子園六日目。
その日の試合は昨日とはまるで逆の結果となった。
雪国の代表校が西日本に代表校を撃ち破ったのだ。
とはいえ西日本勢は依然り強く、七日目の今日は、第一試合の佐賀県代表・鍋島工業、第二試合の熊本県代表・火神高校と二連勝だ。
そして今から始まる第三試合目は、山口県代表・市立下松高校対山梨県代表・甲州学院高校。
甲州学院はこの大会二試合目となる。
というか、五日目の第三試合からは第二回戦だったりする。つまり、そこからこの市立下松までがシード校、闘わずして一回戦を勝ち抜いた強運校ってわけだ。なお、このシードってのは抽選会でのくじ引きに依って決まったものである。
で、この甲州学院だが、一回戦では一塁側で美咲ちゃんの担当だったわけだけど、この二回戦では三塁側、つまり今回はオレ担当だ。
まあ、だからといって思うところあるかっていうと……、有る。
とはいっても悪く思ってるわけじゃない。寧ろ逆だ。
なんてったって、前回オレの担当だった霧多布農林高校を破った学校だ。彼らの想いを知ってるオレとしては、勝った甲州学院の奴らには彼らの想いを是非とも背負ってがんばってほしいと思っている。
前回活躍の鷹左右兄弟には特に期待だ。
「プレイボール!」
審判の合図と共に音響が響いた。
先発の主戦投手・渡辺が大きく振りかぶり、市立下松の先頭打者・馬酔に第一球を放った。
「ストライーク」
まずはストライクが一つ、好い感じだ。
続けて第二球、三球。
これらも見事にストライクで三球三振。
良し、まず一人。
そんな感じで二番、三番。
依然り見事に三者凡退。
出だしは順調、文句無し。
そんなわけで一回裏。今度は甲州学院の攻撃だ。
って、こっちも同じく三者凡退。
まあそりゃそうだ。そう簡単にいくわけない。
そう思ってたんだけど……。
二回表。再び市立下松の攻撃。
先頭打者は四番の四熊。
渡辺の放った第三球目、一旦外した外角高めの直球を四熊が思いっ切り強打した。
カキーン!
快音が響いた。
打球が高々と舞い上がる。
右翼手・鷹左右右京が呆然と遥か頭上を見送る中、打球は観客席へと消えた。
これはやられたと謂うべきだろう。
まさかあれを狙われるとは思わないし、しかもそれが本塁打になろうとは…。
敗因は恐らく、外すボール球だからと気の抜けた……とまでは摘わないけど、まあそんな球を投げたこと。
四熊の勝因は、それを見逃さず、迷うことなく全力で叩いたこと。
でも流石に渡辺を責めるのは酷だろう。
流石に悪球狙いとは思わないし、仮令打たれたとしてもあんなことになるとは思わない。
ここは四熊を称るべきだろう。
今のショックが尾を曳いたのだろう、主戦投手・渡辺はボコボコに打ち込まれた。
否、渡辺のせいだけとは謂えない、市立下松が調子付いたのも一因だろう。
結果、この二回表が終わってみれば、この回5得点で5対0。
正直、随分と厳しいが、それでもまだ二回と始まったばかり。
しかもこの5点は、隙を突かれて奪われたもので、真っ向勝負で奪われたわけではないのだ。
だからここからは確りと守って、そして少しずつでも取り返していけば可い。
……とまあ、これは理想論だ。
自分達に都合の好いことばかり考えて、相手側の戦力を計算に入れていないのは無思慮な馬鹿だ。
ただ、逆に相手のことばかり考えて怯え、自分にできることを考えないのもまた馬鹿だ。
孫子兵法の謀攻だって説っている。『彼を知り己を知れば百戦殆からず』と。
つまり、大事なのは自分と敵の戦力を正しく図ることだ。
……まあ、『殆からず』であって『勝てる』とか『負けない』とは言明も明言もしていないけど…。
試合は進む。
その中で、甲州学院はほぼ毎回に1点ずつといった感じに着々と点を重ねていった。
そして先程、八回裏の攻撃で遂に6得点に至った。
しかし……。
カキン!
三塁線に沿って打球が抜けた。
そして三塁走者が本塁へと返ってきた。
現在九回表、市立下松の攻撃。
つまり今のは市立下松の得点だ。
これで得点は9対6。
一死二・三塁で打者は三番の光井。
カキーン!
光井のバットの打撃音が響いた。
打球は舞い上がり右翼方向へ。
そこでは既に右京がグローブを構えていた。
でもなぁ……。
右京の捕球と同時に三塁走者の馬酔が走り出した。
もちろん右京も本塁へと送球する。
しかし……果然り間に合わず馬酔はセーフ。それでも一応は先程の二番、二塁走者だった二十八は三塁ストップだ。
とは言ってもこれで10対6で走者が三塁。
そして迎えた打者は四番の四熊。
二回表に主戦投手・渡辺を打ち崩す切っ掛けとなったあの四熊だ。
対するは八回から登板の三番手の投手・末木。
彼は果然り四熊に打たれ、さらに1点追加で11対6となった。
続く五番の花表が三遊間を抜く安打を打って走者一・二塁とピンチは続く。
だが、なんとか次の六番打者・勘解由小路を一塁ゴロに打ち取り漸く三死で攻守交代となった。
九回裏。甲州学院の攻撃だ。
とはいえ流石に九回で5点差ってのは大きい。
ここで市立下松は投手交代。
出てきたのは即席。
いや、冗談じゃなくて本当に『即席』だ。『即席』という名字なんだ。
いったいなんなんだよ山陽地方。広島県人の名字に変なのが多いのは聞いていたけど、その隣の山口県もかよ。そういや『無敵』なんて奴も在たし。
で、この即席だけど、その実力は決して即席なんかじゃなく立派な抑えの投手だった。
130km/h代の直球とキレの良い変化球で、次々と甲州学院の打者達を翻弄し討ち取っていく。
そして今、最後の打者も即席へのフライで打ち取られた。
こうして山梨県代表・甲州学院高校は山口県代表・市立下松高校の前に11対6で敗れた。
その点差は5点。
二回表で奪われた点と同じ5点だ。
主戦投手・渡辺が項垂れて泣いている。
捕手の貴家が慰めているようだが、その顔は同じく涙に塗れている。
鷹左右兄弟を始めとする他の選手達もまた同じ。
試合終了の挨拶の後、選手達がグランドの土を集め始めた。
以前ならアホくさいなんて思っていたけど、今なら解かる。
これは彼らの悔しさと、そしてここまできたという達成感の表れだ。
もちろん今は敗北の悔しさ、そして自分達の無力さへの憾めしさが大きいだろう。
だがしかし、それと同じくらいにここまで辿り着いたこと、そして全力を尽くしたことへの達成感も有るはずだ。
また、だからこそそんな自分達を打ち負かした強者との出逢いにも、喜びを感じてるはず。
否、今はまだ、ただ悔しさでいっぱいかもしれないけれど、きっとその後で感じるはずだ。
だって、より優れた者から認められるのは誰だって嬉しいものだから。
よく漫画なんかである『強敵』と書いて『とも』と読むって謂うやつだ
甲州学院の選手達がベンチへと帰っていく。
涙を堪えて帰っていく。
中には笑顔の奴も在る。
泣いてすっきりしたのだろう。
ああ、依然り美いよなこういうのって。これぞ漢の世界ってやつだ。
オレはあの中に交ざれないけど、ならば責めて今の仕事で盛り立てていこう。
よし、それでは早速彼らにインタビューだ。
※作中に『言明』『明言』といった言葉が出てきますが、その違いは『言明』は『言って明らかにする』つまり『言ってはっきりさせる』こと、『明言』は『明らかに言ってのける』つまり『はっきりと言い切る』ことのようです。
字の前後が逆になると意味合いも微妙に変わるようです。
※作中に『至る』という言葉が出てきますが、よく似た言葉に『到る』というものも有ります。その違いは『至る』は『ある状態に達する』こと、『到る』は『ある場所に行き着く』こととなっています。
……なんか間違って使ってないか不安です。最初の頃は『解かる』と『判る』を間違って逆で使ってるという前科があるので…。




