夏の甲子園四日目 第一試合と第二試合の合間 -ちょっとばかりお花を摘みに-
第一試合の熱き闘いが終わり、次は第二試合。
……とその前に、ちょっと小雉を撃ちに。
否、一応今は女性ってことでお花摘みってか。
なんでもこれらの言葉は登山の隠語らしい。
何のことかって、憚りに行くことだよ。つまり用足しだ。
因みに男の大きい方は大雉だとか…って、そんなことより小便、小便。
そんな理由で御不浄へ飛び込む。
先程も言ったけど、今は女ってことなんだから、当然入るのは女性用。でなけりゃただの変態だ。
なんで今さらこんなこと言ってるかというと…。
「なあっ⁉ ちょっ、ちょっと違うの。
誤解、誤解だからっ。
あとで説明するからちょっとだけ待って」
そいつはそう言うとそのままトイレの個室へ。
……ええっと、もしかして今のって男?
否、そんなこと無いか。
恰好は野球のユニフォームだけど、声は明らかに女だったし。
でもマネージャーとか記録員の服装って、学生服だったんじゃ……。
否、確か以前、春の選抜だったかで、山口代表の光のマネージャーが守備練習の時にユニフォーム姿でノック補助してたなんて例が有ったような気も……。
オレがそんなことを考えている間に、彼女が用を足し終えて出てきて洗面台へ。
おっと、そういやオレもまだ手を洗ってなかった。
そんなわけでオレも洗面台で手を洗う。
彼女は手を洗いながらも周囲を、というか入口付近の様子を探っている。
なんか挙動不審に思えるのはオレの気のせいだろうか。
そうやって人が入って来ないことを確認したところで、漸く彼女との会話となった。
「ええっと、実は…。
って、ええぇ~⁉ もしかして、早乙女純⁈
嘘? ヤバっ、どうしよう……」
いや、別にそんなに驚かなくても宜いだろうに。
てか、今気づいたのかよ。
「そんなことより、説明ってなんだよ?
こっちは仕事が有るんだから早くしてくれ」
てか、なんだ?
なんの疚しいことが有るってんだ?
「あ、それは、その……」
う〜ん、なんとも歯切れの悪い。
どうでも縦いから早くしてくんねえかな…。
「あ、あの、実は私、女なのっ。
だからお願いっ、このことは皆には内緒にして!」
はあ? 何をわけの解んないこと言ってんだ?
こいつ頭が可怪しいのか?
「そんなのは見りゃ解るっての。
今さらそんなアピールする必要がどこに有るんだよ? 増してや内緒ってどういう……」
……ん? なんだ?
なんかこいつ違和感が…。
「って、ちょっと待てっ。
お前、そのユニフォームって⁈」
この子のユニフォームを改めてよく察る。
「背番号1。NAOE……って、なんでお前が選手の、しかも主戦投手のユニフォームを着てんだよ⁈
まさか、その女アピールって……」
まさか?
もしかして、こいつが選手?
女が男として大会に出てんのか?
否、まさか。
でも、それならこの支離滅裂な台詞も納得がいく。
でもマジで?
「え? お前、もしかしてマネージャーとかじゃなくって選手なわけ?
なんかの間違いとかじゃなくって?
マジ?」
本当、なんかの冗談だろ?
大会ルールが変わったなんて聞いてないぞ?
「あ、そうっ、そうよ私はマネージャー。
選手じゃなくってマネージャー。
そうっ。そうなの、そうなのよ」
なんだよ、この取って付けたような態とらしさは。
つまり本気でマジなのか?
ええぇ~⁈
そりゃ秘密にしてくれって言うわけだ…。
「はぁ……。つまりそういうことかよ。
なんか知らないけど解ったよ。
オレは何も見なかった。って、これで良いんだろ?
なんか事情が有るんだろうけど、今は訊かないでおくことにするよ。
ただひとつ言っとくけど、その恰好で女子便所に入るのは止した方が良いぞ。
もしも他人に見られたとしたら、俔え正体がバレなくっても、それはそれで不祥事だからな。
もう少し物事考えて行動しろっての」
オレもそれに関してはオレも経験者だからなぁ…。
でも、まさかオレ以外にもこんな奴が在たとはな。
しかもオレとは逆パターン。
他人のことは摘えないけど、これじゃ全くまるで漫画だ。
「え、あ、本当に⁈
本当に内緒にしてくれるの⁈
ありがとう。絶対よ。
約束だからね」
オレがうんと肯くと、彼女は念を押すように頼み込んできて、そして急いで去って行った。
……はぁ、それにしても、オレってば女の子の用を足す音を聞いてしまったんだな…。
向こうはオレのこと女と思ってんだろうから気にしてなんていないだろうけど、正体が男のオレとしては不可抗力とはいえ罪悪感で非常に気不味い。
早々と立ち去って忘れよう…。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




