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夏の甲子園四日目 第一試合 (後編)

 今回も作中でいろいろと記録などに触れてますが時期などにずれがあったりなどで、些か齟齬があるかもしれないのでご注意ください。あと実名を載せたりしていますが、大丈夫ですよね……。少し心配です。

 で今回、故水島氏の漫画をネタにさせてもらってるのですが、Googleで検索中に面白い話を見つけました。なんでも彼の漫画のようなことが実際に甲子園大会で起きたのだとか。『ルールブックの盲点の1点』という記事なんですが、選手によると、なんでも狙ってやってみたってことらしいです。私では難しくてよく理解できない話でしたが、こういうのも現実にあるとなると、そこまで考えないといけない選手達は大変そうです。

 でも、慣れればサッカーの『オフサイドトラップ』みたいなルールを利用した戦術ってことで認知されるようになるのでしょうね。

 誰だよスポーツ選手は脳まで筋肉だなんて嘲笑ってたのは。実際はかなりの知能が必要じゃないか! とまあそんな大変な競技なんですね。これじゃドラッカーなんてのも出番があるわけです。

 本当、何が役に立つか解りませんよね。

 夏の甲子園四日目第一試合、一回表の西予学園の攻撃は、横浜(みなと)学園の主戦投手(エース)・海堂の剛腕により三者三振に終わった。

 そんなわけで一回裏、今度は横浜港学園の攻撃だ。

 ……と意気込んだのは良かったんだけど、西予学園の先発投手・西園寺もなかなかの遣り手。海堂みたいな凄い速球は無いみたいだけど、それでもキレの鋭い球で三人を抑え、浅然(あっさ)りと攻守交代(チェンジ)

 流石は勝率4位の愛媛県代表校、守りも堅い。

 と、両校の投手戦みたいな感じで試合は進んだ。

 否、それはちょっと違うか。

 と言うのも、西予学園は一回に続いて二回も三回も全員が見逃しの三振。

 恐らくは意図的だと思う。

 でも、本当にそんなこと()るのか?

 好球必打って謂うくらいだし、打てそうな球が有ればバットを振りたくなりそうなものなんだけどなあ。


 まあともかく、そんな感じで四回表を迎えた。

 で二巡目を迎えた一番打者(バッター)だけど、流石に今度は打ちにきた。

 とはいえ結果は一巡目と変わらず三振。見逃しか空振りかの違いだけだ。

 そして二番打者も結果は同じ。

 なんか駆け引きっぽいことをしてたみたいだけど、小細工は全く通じない。

 全てを力で捻じ伏せる感じだ。

 くぅ~、恰好良いな〜、ちくしょう。

 小柄で非力なオレだけに、こういうのって憧れるんだよなぁ、くそっ。

 流石に三番打者は空振り三振ってわけにはいかなかった。

 一球目は見送りでストライク。

 二球目は選んでボール。

 三球目はヒッティングで球にバットが当たりはしたけれど、打球は捕手(キャッチャー)の頭上へと高々と上がるキャッチャーフライ。当然アウトだ。

 連続奪三振はここで途切れて終わったけれど、それでも奪三振11は新記録だ。…まあ殆どが相手の見逃しというか見送りによるものなんだけど、それでも記録は記録だ。


 狙えるか、次は奪三振最多記録。

 確か1試合の奪三振最多記録は松井裕樹の22だ。

 まだ九回の内の四回だから、残るはあと15人で11だ。って厳しいか。でも順調だ。

 なによりも松井裕樹の桐光学園は神奈川県の代表で、記録の対戦相手の今治西は愛媛県の代表と、今回のこの試合が西予学園と横浜(みなと)学園ってことで、一致してるのが縁起が()い。

 延長になれば星陵(石川)の奥川恭伸や作新学院(栃木)の江川卓の記録23だって見えてくる。まあ、流石に徳島商の板東英二の25は無理だろうけど。

 あと、どうせなら無安打無得点も狙いたい。そうすりゃダルビッシュ有らの仲間入りだ。

 奪三振記録は厳しいけど、こっちの方は現実味が有る。



 オレの期待に応えるかのよう試合は進んでいく。

 って、横浜港学園も無得点って、そこまで合わせなくて()いっての。別に延長戦なんてしなくて()いんだから。


 そして現在九回表。0対0。

 奪三振数は19と、あと三人でギリギリ記録に並べるかどうかだ。

 無安打は残念ながら五回に入っていきなり消えた。

 流石は四番打者(バッター)だ。

 しかも七回以降は他の打者からも幾つかの安打が(ヒット)出ている。

 まあ、そりゃそうだ。なんてったって、強豪の愛媛県代表だ。そんなに甘いわけがない。

 で、迎えたのは三番打者以降(クリーンナップ)

 まずは三番打者・得能。

 捕手(キャッチャー)・山田のサインを受けて、主戦投手(エース)・海堂の剛腕が唸りを上げる。


「ストライーク!」


 得能のスイングが空を切った。

 おおっ、(すげ)え。

 ここへきてなお、海堂の速球は衰えない。

 というか増々(ますます)冴えて、球速は今日最高の153km/hだ。

 いける、いけるぞ奪三振数最多同位(タイ)

 続けて二球目を海堂が放つ。


「ボール!」


 内角高めのその投球(たま)はどうやらコースを外れていたらしい。

 否、敢えて一球外したのか?

 ともかく()げずに第三球目。

 狙ったコースは外角高め。


 コキン。


 金属バットの滑稽(とぼ)けた音とともに打球は一塁前へと転がった。

 取り敢えずアウトとなったけど、これで記録は無くなった。

 くぅっ…、甘くないのは解っていたけど、それでも依然(やっぱ)り残念だ。

 だがまあ()い。

 あと二人抑えれば、この裏の攻撃でサヨナラだ。

 否、もちろん点が取れることが前提だけど…。

 もしかして延長になるのか。


 カキーン!


 金属バットの快音が響いた。

 って、嘘? まさか?

 審判が右手を高く上げ時計回りに回している。

 ……って、つまり本塁打(ホームラン)


 一塁側応援席(アルプススタンド)が一気に沸き立つ。

 美咲ちゃんの歓声がモニター越しに聞こえてくる。

 一方で、こちら三塁側応援席は、落胆の溜息の洩れ、陰鬱な声が響いている。

 待てよ、おい。まさかこれが決勝点なのか?

 冗談じゃない。まだたったの1点じゃないか。

 だというのに、一塁側はまるで勝ったかのようなお祭り騒ぎ。

 それに対して三塁側は、これで全てが終わったような、まるでお通夜の雰囲気だ。

 いや、これまで何試合もこういうのを見てきたけれど、それでも依然(やっぱ)りこういうのは気分的に慣れない。

 というか、今回はオレまでそんな雰囲気に引き摺られかけている。


「下手な想像ならするな‼

 自らの範囲を――――」


 おおっ⁉

 応援団長が応援団を叱咤している。

 流石は強豪神奈川県代表校の応援団長だ。

 こういう危機(ピンチ)も慣れているってか。

 いや、慣れているのは応援団長だけじゃない。

 他の仲間達も立ち直り、再び、否、一層応援に熱が入りだした。

 まるで灰の中から蘇る不死鳥のようだ。

 そんなわけで応援団と共に、観客達の応援もまた甦った。


「まだ1点取られただけだっ。

 それにこの裏が残っている。

 1点取られたんなら2点取り返せば良いんだ。

 やられたらやり返すっ。倍返しだっ!」


 応援団長の演説は続く。

 どこかで聞いたような台詞だが、この分ならもう応援の方は大丈夫。全く問題無さそうだ。

 そうなるとあとは選手達だけだな。


 横浜(みなと)学園の選手達は気丈(タフ)だった。

 逆境?何それ美味しいの?って、如何にもそんな感じだ。まあ、流石にそんな巫山戯たことは言わないだろうけど。

 ともかくそんなわけで、見事に後続の五番、六番を凡打に打ち取り九回表を終わらせた。

 とはいえもう九回だ。

 ここで点が取れなければそこで敗北が決まる。



 逆境で迎えた九回裏。

 ここで西予学園は投手(ピッチャー)の交代。

 先発で五回まで投げていた主戦投手(エース)の西園寺、先程まで投げていた中継ぎの河野、そして抑えで出て来た横濱。

 これで投手は三人目だ。

 不味いぞ、これは。

 せっかく河野の投球(たま)に慣れてきてたってのに、ここで改に横濱だ。

 こいつに対しては、もう行き当たり場当(ばっ)たりでいくしかない。

 相性は運否天賦(うんぷてんぷ)だけど、そこは今までの努力と経験に依る技術と知恵、そして鍛えた運動能力、それら全てを出し切って、ただ全力で乗り切るだけだ。


 先頭打者(バッター)は三番の鷹山。

 頼むぞ、なんとか塁に出てくれ。

 横濱の第一投、それを鷹山は全力で叩いた。

 様子見も変質狂(へったくれ)もない思い切り振りだ。

 で、その勇猛果敢な一撃は痛烈な当たりとなって三塁線へのフェアとなった。

 好し、これで待望の走者(ランナー)が出た。

 しかも(ノー)(アウト)ってんだから、いろいろとやりようも有る。

 そんな中で出てきた四番打者山田。

 さてどんな戦術を執るのだろう。

 ここは堅実に送りバントか。

 それとも強行にヒッティングか。

 オレじゃよくは解らないけど、いろいろな戦術がきっと有るはず。

 横濱が第一投を放った。

 対する山田はフルスイング。

 結果はというと、今流れている応援曲の歌詞と同じことになった。

 つまり唸ったバットが叩き出したわけだ。

 ああ青春の本塁打(ホームラン)である。

 カキーン!と。

 そして痺れるあいつになったわけだ。

 そんなわけでこれが逆転サヨナラの決勝点となり1対2という結果となったのたった。


 ……え? 何の曲か解らない?

 昭和の野球漫画『ド○ベン』の主題歌『かんばれド○ベン』なんだけど……って言っても、まあ令和世代じゃなぁ……。

 しかもこの歌詞は二番だし。

 因みにこの漫画の主人公も同じ山田で捕手(キャッチャー)だ。…って、こっちは知ってるよな、多分。

 あと、神奈川県の高校ってのも同じだ。

 そんなわけで選曲は縁起担ぎだろうな。


 なんかつまらないオチだけど、まあそんなことも偶には()るってことで…。

 まあ、なんにしても横浜(みなと)学園が勝ってくれたわけだ。

 でも、次の試合だと美咲ちゃん側なんだよなぁ…。

 と言っても、そこで勝てばまたオレ側…って、そんなこと言ったら次の学校に失礼か。

 その対戦相手を決める試合がこの後から有るんだし。

 うん、残念だけど次は敵側だ。残念だけど…。


 ……余計なことを考えるのは止そう。

 まずは素直に祝うことだけを考えて勝利インタビューに臨むことにしよう。

※作中にて投手の奪三振記録について触れていますがその内容は次のようになっています。

[1大会の奪三振記録]

 板東英二(徳島商)6試合83奪三振(1958年夏)

 江川卓(作新学院)60奪三振(1973年春)

[連続奪三振]

 松井裕樹(桐光学園)10人(2012年夏)

[1試合での奪三振記録] 9イニング

 松井裕樹(桐光学園)22奪三振(2012年夏)

 戸田善紀(PL学園) 21奪三振(1963年春)

 大田阿斗里(帝京) 20奪三振(2007年春)

 辻内崇伸(大阪桐蔭)19奪三振(2005年夏)

 坂元弥太郎(浦和学院)19奪三振(2000年夏)

[1試合での奪三振記録] 延長戦有り

 板東英二(徳島商)延長18回25奪三振(1958年夏)

 奥川恭伸(星陵)延長14回23奪三振(2019年夏)

 江川卓(作新学院)延長15回23奪三振(1973年夏)

 矢滝伸高(米子東高校)延長16回23奪三振(1961年春)

 

 因みに戦後の通算奪三振数記録であれば、やはりPL学園時代の桑田真澄が最も多く、その数はなんと150個にもおよんでおり、エースとして1年生の夏から5季連続甲子園に出場しています。そのうえ3年生の春を除き、すべて決勝戦まで進んでおり、25試合197回2/3イニングで150個の三振を奪っています。通算20勝は戦後最多記録。

[以上Google 参考]

 作中の海堂は連続奪三振11と新記録を達成し、1試合での奪三振は19と夏大会では2位タイだったりと、ちょっとヤバいキャラになってしまいました。

 でもまあフィクションなんで可ってことで…。


※作中に出てくる『増々』は『益々』の漢字が言い換えられた俗語です。

 意味は『なお一層』の『ますます』です。

『益々』は一般的にポジティブな意味合いで使われます。だって『益』って『利益』のことですからね。[Google 参考]


※作中に出てくる『蘇る』と『甦る』の意味は同じです。但し以下のような使い分けがあります。 [Google 参考]

【蘇る】

『死んだ人が生き返る』の意味で使うことが多い。

【甦る】

『一度衰えたものがまた盛んになる』の意味で使うことが多い。


※作中に出てくる『運否天賦うんぷてんぷ』とは『幸運不運は天が決める』ということで『天任せ』という意味です。

『賦』は『わりあてて与える』という意味。[Google 参考]


※作中に出てくる『変質狂へったくれ』ですが、以前とは別の字を当てていますが意味は同じです。

 こちらの方が意味が解り易いかと思いこの字を当ててみました。

 ただ『変質』と『変態』のどちらが良いかで今も少し迷っています。

変質へんしつ』とは『異常で病的な性質や性格』のこと。

『変態』とは『もとの姿から変わった形態』、転じて『異常な状態』のこと。

 因みに『変態』『変質者』は本来、性的指向を非難するときの用語ではないそうです。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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