夏の甲子園四日目 第一試合 (前編)
夏の甲子園四日目。第一試合は愛媛県代表・西予学園高校対神奈川県代表・横浜港学園高校。
愛媛県といえば俳人正岡子規が野球を広めた地として有名であり、また野球王国としても知られている。
甲子園大会での戦績は春夏合わせて優勝10回、準優勝8回。通算勝率0.605で全国4位と驚異の戦績振りだ。
一方で神奈川県は、春夏合わせて優勝回数14回、準優勝6回、優勝経験校は5校も有る。また、通算勝星は0.623と全国1位で「神奈川を制する者は全国を制する」なんて謂われる程にそのレベルは高い。
流石は参加校数194校と全国1位の激戦区だ。
と、そんなわけで強豪同士の対決とあり、今日一番の注目の試合ってわけだ。
しかも今大会最速の155km/hの速球を誇る剛腕投手・海堂晋を擁する強豪高校ってことでオレも注目の学校である。
いや、なんていうか、こういう剛腕投手ってなんか恰好良くって憧れるだろ?
そんな港学園だけど、今回オレ担当の三塁側。
くぅ~っ、やったぜ、ツイてるぜ!
しかも相手は強豪愛媛県代表。
名門・松山商業とかじゃなくったって、きっと名勝負が繰り広げられること間違い無し。
今からすっげえ楽しみだ。
もちろんオレが応援するのは、言うまでもなく港学園。
ああ、でも、敵側でなければ西予学園も応援したい。
ああ〜っ、くそっ。体が二つ欲しい気分だ。
オレってこんな優柔不断な性格だったか?
「…………」
あ、ヤバい。やっちまった。
港学園の応援の人達がオレのこと変な目で見ている。
ああっ、オレのイメージがっ!
「どしたの純ちゃん? なんか様子が可怪しいよ?」
美咲ちゃんの声がする。
どうやら中継が回ってきたらしい。
くそっ、美咲ちゃんにまでこんな姿を見られちまったのか…。
いや、それよりも、こんな様が日本全国に流れるのか?
編集で無かったことにしてくれないかな……。
恐らく無理だろうな。
多分面白がって流すんだろうな、きっと。
これでオレも面白キャラの仲間入りか…。
「……ごほん。あ〜、こちら三塁側応援席。神奈川県代表・横浜港学園高校。
……って、仕様がないだろ。
なんてったって、東西の優勝候補の一角同士の対戦だぞ。
どちらも応援したくなるってもんだろう。
まあ、今回は縁有って応援するのは港学園の方だけどな」
まあ、こうなったら隠すのは無理だし、素直になるのが一番か。
「あ、それなら大丈夫だよ。
こっちが勝てば、次からは純ちゃんも西予学園の応援ができるから」
へぇ、言ってくれるじゃないか。
……って言いたいところだけど、依然りなぁ…。
「何を言ってんだよ、それはこっちの台詞だろ。
大体、この試合は第一試合だぞ。
だからどっちが勝っても、咲ちゃんが担当だっての。
そんな理由で、咲ちゃんが次に応援するのは港学園になるってわけだな」
高校野球の組み合わせは、トーナメントの櫓の左側または上側のチームが1塁側と決まっている。
で以て試合は櫓の左側から並んでいるんだから、今回の第一試合の勝者が次の第一試合の左側、つまり一塁側となるのは必然だ。
まさか知らないわけじゃないだろうに。
……うん、これは忘れてたっていうか、考えが及ばなかったんだろうな。
「え? ええっと……。
…って、そんなわけないじゃない。勝たなきゃ応援できないんだからっ」
……漸く気づいたか。
でも、なんで考え込むかな。
こんなんだからアレ系タレントの汚名が返上できないんだよな。
「だから勝つのはこっち、横浜港学園だって言ってんの。
抑、剛腕投手・海堂晋をどうやって打ち崩すってんだか。
点が取れなきゃ勝てねえんだぞ」
流石に全く打てないってことはないだろうけど、そう簡単にはいかないだろうし、得点するのはなおのこと至難だろう。
「そ、そこは、努力と根性とチームワークで…。
そうっ、努力と友情で勝利するのよ!」
なんだよそれ。まるで漫画のテーマ三本柱みたいなこと言ってるし。
ただ最近の漫画は、それも崩れてきているみたいで『努力』、『友情』、『勝利』の代わりに『特別』、『依存』、『蹂躙』みたいなことになりつつあるんだよな…。
努力とは状況に適応することと勘違いしているみたいで、事に及べば潜在能力が覚醒するのがお約束。
否、それどころか主人公補正とか、生まれながらの才能とか、神様の類の加護持ちなんてのが現在の流行りだったりする。
友情にしても他人を都合好く利用することであり、場合によっては半ば恫喝し強要することみたいになってるしで、殆ど支配と変わり無い。
そうでなくとも相手に依存し、頼るのが当たり前で、そのくせ何の対価らしいものは無く、その上に上から目線であることも多い。
明確に相手をナメている。
なのに相手がそれを喜んでやっているってのがまた質が悪い。そんな奴、現実に在るわけがないだろうに。
でもまあ、それでも信頼関係が築けてるってんならアリ……なのか?
否、それでも一方的にってのはダメだろう。交渉の基本は、お互いにギブアンドテイクであるべきだ。
で、勝利。流石にこればかりは変わらないけど、無双だの蹂躙だのと、不条理なまでに相手を圧倒しなければ気が済まないっては歪だ。
しかも敵に対しては、どこまでも過酷で残忍で、一切の容赦の欠片さえも無く、どっちが悪役か解らない有様だ。
寛容や情けって言葉はいったいどこにいったのか。
マキャベリズムでもここまで酷くはないっての。
間違い無く力に陶酔し切ってるとしか謂い様が無い、そんな主人公がいっぱいだ。
大義名分の下、心趣く儘に力を揮いたいって読者の願望だろうけど、傍若無人じゃ駄目だろうに。
幾らR指定で規制しているって謂っても、こんなのが流行る世の中ってのはなぁ……。
どんだけ鬱憤抱えてるんだよ現代人…。
おっと、話が逸れた。
それにしても、努力と根性とチームワークか。
あとは経験に基づく知恵と技術と実力だって言えれば、恰好良かったりするんだけどな。
試合開始の音響だ。
捕手・山田のサインを受け、先発投手・海堂の剛腕が唸る。
風を切り裂く、否、大気を穿つその剛球はその音がここまで届くかのような錯覚を起こす。
外角やや高めの直球。球速は148km/hといきなりの高速球だ。
続く第二球は外角やや高めの直球。
ええっ⁈ 同じコースに同じ球種?
なんて強気なリードなんだか。
でも良いのか?
球筋を察られて困るとかないのか?
まあ、オレみたいな野球素人に解るようなことじゃないか。
って、いつの間にか三球目。
これも直球だったみたいで、三球見逃しの三振。
どうやら相手は球筋を察ることに徹したらしい? よく解んないけど。
続く二番打者も見逃しで三球三振。
そして三番打者までも。
そんなわけで直然りと攻守交代だ。
う〜ん、なんとも気味が悪い。
いったいどういうことなんだろうか。
まあ、オレが考えたところで仕方がないか。
※作中にて甲子園の通算勝率に触れておりますが、ランキングは次の通りとなっています。
1位 神奈川県 0.623
2位 大阪府 0.616
3位 高知県 0.612
4位 愛媛県 0.605
5位 愛知県 0.602
以上5位までは全て勝率6割越え。凄いですよね。
また優勝回数は次の通りです。
1位 大阪府 14回(夏)12回(春)計26回
2位 愛知県 8回(夏)11回(春)計19回
3位 神奈川県 7回(夏) 7回(春)計14回
4位 兵庫県 7回(夏) 6回(春)計13回
4位 和歌山県 8回(夏) 5回(春)計13回
近畿勢って凄く強いみたいです。
[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




