夏の甲子園二日目
今回は試合の描写は殆ど有りません。余りそれをやってると、この作品がなんだったか忘れそうになってきて…。
とはいえ今回も、前回までと言いたいことはほぼ同じで、些かしつこいことになってます。ごめんなさい。でも、そろそろそれもやめにしないとですよね…。
夏の甲子園二日目。第一試合の開始は午前8時。
そんな理由で、オレ達もそれに合わせる必要が有るので当然朝が早い。
そのせいで些か眠い。
美咲ちゃんのせいだ。
あんなこと言うから、滅多矢鱈に気になって、暗澹盲然になってしまった。無駄に叢々悶々として、なかなか寝着けなかったんだ。
仕方がないだろ? 幾らまだオレに恋愛感情が無いからたって、それでも一応は思春期なわけで、そういう煩悩に普通に懊悩するんだから。
お陰で脳内で羊が二百匹近く鳴く羽目に。
それで漸く、なんとか眠れたわけなんだけど、気が着いてみればもう朝だ。
甲子園球場の開門時間は午前7時。
なのに入口にはもう既に観客の行列ができている。
いったい何時から列んでるんだろうな。
第一試合の学校関係者かなにかだろうか、それとも一般の高校野球ファン?
どちらにしても、周りに変なところは見せられない。オレも確りとしないとな。
自分の両頬を両手で叩いて気合いを入れる。
よし、眠気退散。さあ、やるぞ。
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三塁側応援席。
スタッフ達が撮影準備をする中、応援の打ち合わせの声が聞こえる。
もちろんオレもスタッフ達と打ち合わせ中だ。
とは言ってもその内容は昨日とほぼ同じ。
違いは開会式が無く、時間がくるに伴い直ぐに試合が始まるということだけ。
他に注意点は無く、昨日同様にがんばってほしいとのこと。
……そう言や昨日は、インタビューで相手側から逆に気を遣われたからなぁ。
今日はそんなことが無いように気を着けないと。
プレイボール。
第一試合が始まった。
二重表現?
そういやそうだな。まだ、頭が幾らか寝てるらしい。確りしないと。
試合が終わった。
こんな味気無い表現だけど許してほしい。
だって圧倒的点差で対戦相手を蹂躙する。そんなある意味虐めみたいな、そんな大人と子供を想わせる、そんな一方的展開の試合だったのだ。
幸いというか、勝ったのは三塁応援席の側の学校だったけど、負けた学校のことを思うと、気持ちは複雑だ。
負けた学校の念いは昨日で十分に知っているからな。
……いや、それでもそれが勝負というもの、勝者も敗者もそれは十分承知の上のこと。オレがとやかく評うことじゃないか。
オレがするべきは、ただ勝者を称えることだ。
ここは余計なことを考えず、ただ素直に勝利を称えれば善い。
よし、いこう。試合の勝者へのインタビューだ。
第二試合、第三試合と、試合は進んでいく。
そして最後の第四試合も今終わった。
勝者と敗者、その両者の実力が拮抗した試合も有れば、実力の掛け離れた同士の試合だって依然り有る。
ただ、勝者も敗者も、どちらの学校もその全力を尽くしたことに違いはなく、どの試合も全て好勝負と謂って良い素晴らしいものだったと思う。
勝者が称えられるのは当然だが、敗者だって讃えるに相応しい学校ばかり。
なるほど高校野球の人気振りがよく解るってものである。
ああ、本当に今日も手に汗握る好い試合だった。
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「お疲れ様〜。
今日の試合も凄かったよね〜。
どこの学校も皆一生懸命で」
仕事終了後のホテルの一室、というか昨日と同じでオレの部屋。
美咲ちゃんが興奮状態でオレに声を掛けてくる。
これが昨晩、あんなこと言ってきたスケベ娘と同じ女の子とは思えない。
「確かに凄かったよな。
特に第一試合は圧倒的だったし」
「うん、本当に凄かったよね。
なんか同じ応援席で観ていると、応援の子達がなんか可哀想になってきちゃったし。
純ちゃんじゃないけど、流石にインタビューする時は気が怯けたよ。
皆、凄く泣いてたし」
そうだろうな。あれだけボロボロに負けてたんだ。
そりゃあ、悔しくて、情けなくって、泣きたくなるのもよく解る。
「まあな、そりゃ当然か。
でも卑屈にだけはなってほしくはないもんだ。
両者が全力で闘った結果なんだから。
だからオレは、仮令敗者であろうとも、決して馬鹿にする気はないし、誰にも馬鹿にしてほしくない。
皆にもそれを解ってほしいと思ってる。
だから今は、この仕事を引き受けて好かったと思ってる」
「うん、そうだよね。
まあ、朝は早くてちょっとだけつらいけど。
でも、皆がんばってるんだもん。私達も負けてられないよ」
美咲ちゃんが戯けたように応えてきた。
でも、本気なのはよく解る。
依然り流石はオレの相棒だ。
まあ、美咲ちゃんも同じ、真面目な努力人間だしな、相通じるものが有るってわけだ。共感するのも当然か。
「あ、そうだ、一応言っておく」
今日収録の放送を観るため手にしたリモコンを片手に美咲ちゃんに一言。
「え? な〜に、純ちゃん?」
美咲ちゃんが返事をしてきた。
でもオレが何を言いたいのか、全然解ってないようだ。
「もし、昨日みたいなこと言うようなら、そん時は容赦なく部屋から叩き出すからな」
うん、これだけは言っておかないと。
如何なオレの相棒といえども、こればっかりは受け入れられない。
美咲ちゃんのお陰でひとつ解った。
どうやらオレの女性の好みは、下品でないことみたいだな。
……まさか女の子って、皆こんなのじゃないだろうな。
天真爛漫も善し悪しだ。
※作中に出てくる『滅多矢鱈』、『やたらめたっら』と逆表記されることも有るようですが『めったやたら』が正解です。ただ語感の良さからか『やたらめたっら』と使われてるらしいです。
『滅多』は『考え無し、無分別』『闇雲、手当たり次第』『並大抵では』と『非常識的』といった意味。
『矢鱈』は『秩序・根拠・節度が無い』という意味。
語源は雅楽の『夜多羅拍子』で、これは『八多羅拍子』とも書きます。
夜多羅拍子とは、2拍子と3拍子を交互に繰り返す5拍子リズムの一種で、混合拍子です。聴く人にとっては調子がつかみにくく、無秩序な音楽に聴こえます。
因みに『矢鱈』に『鱈』当てたのは魚、蟹、海老、蛸、貝と何でも節操無く食べるからだとか。[Google 参考]
*作中に出てくる『暗澹盲然』という熟語ですが作者による造語です。
『暗澹』は『見通しが立たたない』とか『暗く、はっきりしない』といった意味で、『盲然』は中国語で『盲目的』。
そういうことで『暗澹盲然』は『どうしたら良いか解らず対処不能』という意味合いで使っております。
※作中に『叢々(ムラムラ)』『悶々(もんもん)』といった表現が出てきます。
『叢々』とは『激しい感情や衝動が急に湧き起こるさま』を表した擬態語で、漢字では『群群』または『叢叢』等と書きます。
もとは群れを作っているさまを表した言葉です。まあ、今ではほぼ『性的衝動』みたいに使われるようですが…。
『ムラムラする』というように動詞として一般的に使われ初めたのは2003年頃らしいのですが、1998年には『くりから女刑事』(龍京一著、光文社刊)にて使われていたらしいです。[Google 参考]
一方で『悶々』とは『心中で苦悩するさま』。漫画描写のゴロゴロといった身悶えを『脳内』で行なう感じです。
『ムラムラ』同様『性的衝動』扱いされることが多いですが、単にそういう場面の描写でよく使われるうちに定着したのだと思われます。
※今回、作中において『煩悩に懊悩する』みたいな重複表現が出てきます。いつもは気づかすやってるかもしれませんが、今回は殆ど意図的です。
こういうのって結構ツッコミを喰らいそうですけど、俳句とかみたいに文字数制限が有る場合でない限り、ある程度は許容されてもよいのでは。漢詩等では、同じ意味合いの別の文字を使ったりしてますし(その場合、韻を踏んだりしてるみたいですが)、なによりも突き詰めれば、熟語も否定することになるのでは。例えば先程の『重複』とか。
※作中で『おもう』という字をいくつか使い分けてるので、その違いについて説明をしようと思います。
【思う】頭で考える。心で感じる。いろんな場面で広く使われる。
【想う】心に浮かべる、想像する。感情を込める場合に使われることが多い。
【懐う】懐かしむ。語源は…死者を追想すること。なんか『衣』が絡むとこんなのばかりな気がします。
【憶う】心に留めて忘れない。過去をおもう。
【念う】願う。常に強く深く思うこと。
【意う】考え志す。中国では願望、良くいえば立志、悪くいえば打算という意味。
【惟う】心をひとつに集中してよく考える。
【謂う】何かに関して考察する。
【侖う】順序立てて考える。
[Google 参考]
こんな難しいこと言ってますが、大抵は『思う』でよいみたいです。
※作中にて『〜といえども』という表現をよく使いますが、漢字にすると『雖も』となるそうです。
上記の『惟う』を調べていて見つけました。正直言ってこんな字が有ったなんて知りませんでした。
この字ですが、まず作者が読める気がしないので作中では使用してません。
なので普通に『言えども』か、いつものように気取って『謂えども』を使う予定です。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




