夏の甲子園初日 ホテルにて -反省会の続き…というか今日の感想のはずだったのに-
なんか前回のネタのせいで、すっかり美咲のイメージが崩れてしまいました。当初はこんな子になる予定じゃなかったのに…。否、お馬鹿キャラなのは元々の設定でしたが。それが暴走でこんなことに。やはり思春期という年頃故でしょうか。
本来の設定では、こういうイメージの女性キャラは香織くらいだったのに…。
今日収録の『白熱!夏の甲子園』の放送を観ていると、改めて思い出す。
闘い敗れていった者達の悲しみを。
そして勝者の喜びを。
「あ、純ちゃん、次の試合始まるよ」
美咲ちゃんの言う通り、テレビでは次の試合が始まろうとしていた。
で、その試合、第三試合は岡山県代表・下津井高校と広島県代表・流川高校の対決。
この試合の流川高校の勝利で、漸くオレの側も初勝利だった。
もし彼らが負けてたら、オレが応援に就いた学校は勝てないなんて、可怪しな凶兆ができかねないところだったんだよな。
否、面と向かって謂う奴は在ないだろうけど、勝負事だけに気にする奴は気にするだろうし、本当に好かった。
と、そんなことより今はテレビに集中だ。
「こちら一塁側応援席・岡山県代表・下津井高校です。
先程の兵庫県代表・山陽明石高校は気合いの入った男の子達の応援だったけど、今度の応援は女の子達がいっぱいで華やかです。
しかもこんなに美人さんがいっぱい。
もしかすると選手達の彼女さんなんかもいたりするかも。応援に力が入ります。
選手達にも是非がんばって良いところを見せてほしいですね」
美咲ちゃんの応援席は三戦揃って賑やかだった。
こっちは一回戦は北北海道、二回戦は島根県と、応援がずっと寂しかったってのに…。
でも三回戦目は違っていた。
「こちら三塁側応援席の広島県代表流川高校。
そう、中国地方、瀬戸内の雄・広島県の代表だ。
そして彼らがその応援団。
見てくれ、この規模、この陣容。そして溢れるこの熱気」
そう、野球王国のひとつ広島だ。
あの赤いプロ球団の本拠地だ。
「そしてそんな彼らを纏めるのが、応援団長の小金井君だ。どうだ、気合い入ってんだろう。
身長は私より20㎝近く高い170cmと少しって感じの短髪君。目付きは少しばかりキツいけど人が好くって頼りになる青年で、この度の応援の生徒達皆を纏めるカリスマだ」
そんな理由で、応援だって気合いが入ってる。
しかも応援団長はオレ好みの硬派な好青年。
……いや、別に変な趣味は無いからな。飽くまでオレは正常だから。好きなのは依然り女の子だし。
……ヤバい、前話のこと思い出してしまった。
せっかく頭を切り替えて忘れてたってのに。
「どうしたの純ちゃん、顔赤いよ?」
美咲ちゃんの声にオレは正気を取り戻した。
「ああ、ちょっと思い出して興奮しただけだ。
この試合はなかなかの好勝負だったしな」
ああ、本当に好勝負だった。
今の自分の台詞じゃないけど、思い出すだけで血が滾る。お陰で余計な妄想も吹き飛んだ。
本当にあれは好い勝負だった。
まあ、出だしはちょっとばかりアレ(荒れ)気味だったけど…。
「ちょっと純ちゃん、失礼だよ。自分の応援校に完全じゃ無いなんて言って」
「全然失礼じゃねえよ。
こっちの言う『間然たるところ無し』ってのは『抜けたところが無い』って意味なんだから。
つまり咲ちゃんの言う完全ってのとは意味が全くの正反対なんだよ」
美咲ちゃんとの間の抜けた遣り取りの直後の試合開始。
…うん、果然りこれって放送されるんだな。
先攻、下津井高校の打者・龍門に対する流川の先発投手・蓼丸の第一球はいきなりの死球。
そして第二打者・入鹿も。
さらに第三打者・宇喜多に対しても頭部に向かう危険球。
これが巫山戯た偶然で身を躱す宇喜多のバットに当たり、高く跳ね上がった打球をワンバウンドさせて捕手捕球、そこから三、二、一塁の三重殺。
捕手の咄嗟の判断による頭脳プレイなんだけど、ここで美咲ちゃんがまた変なことを…。
「大○ーグボールだ」
まさかそんな悪質なことをするわけがない。
どう考えてもそれは無い…はず。
解説者も投手の立ち上がりが悪いと謂う意見だったし。
そんなわけでこいつは飛○馬じゃなくって、精々が葉っぱの○鬼だ。
実際イメージはそうだった。
投手のくせに先頭打者だし、ストライクゾーンも多くが空振り。
気合いと振りの鋭さは立派だが、どちらかと謂えば尖さと表現する方が相応しい。蓼丸はそんな奴だった。
それでも依然りこいつは背番号1、下津井の背番号1・長鋪と激しい投手戦を繰り広げた。
なんだよ球速153km/hって。甲子園屈指の速さじゃないか。
まあ、それ程の球でも慣れれば打てないわけじゃないみたいで、お互い二打席目以降安打が出るようになっていた。
とはいえお互い、そう簡単には点を奪ることはできなかったのだが。
4回裏、二番打者・殿畠の打席、吹奏楽部の応援曲が変わった。
二打席目以降、試合の流れを変えてほしいというオーダーの曲らしい。
智辯和歌山の魔曲『ジョックロック』みたいなものだろうか。
実際、この曲の流れたお陰か、試合の流れが動いたのだから不思議だ。
殿畠は見事に安打で出塁するし、三番打者・世羅の送りバントの後、四番打者・山本が二塁打を放ち1点を先取。これが決勝点となった。
8回表、下津井の攻撃。
主戦投手・蓼丸が入鹿への死球を出し交代となったところでそいつは出て来た。
流川の『守護聖者』堂官。
二つ名が守護神じゃなくて『守護聖者』。
その由来については結局よく解らなかったけど、それでも彼は……、一言で謂うならただ凄かった。
とにかく印象に残る投手だった。
蓼丸のような凄い速球を投げるわけじゃなく、多彩で切れの鋭い変化球を持つというわけでもない。
ただ彼は個性的なだけだった。
但し、それは欠点というべきものだった。
選手にとって、特に投手にとって命とでも謂うべき、利き手の中指が途中から欠損しているというのだ。
有り得ないだろ。
だが彼は、それを固有の武器へと昇華した。
そして最後まで、見事に下津井打線を抑えてみせたのだ。
「ええぇ〜⁉ 嘘ぉ⁉
流川高校の堂官くんって、指が途中から無かったの~⁈」
美咲ちゃんが驚きの声を上げた。
まあ、当然だろう。オレも驚きに自分の目を疑ったし。
「全く、本当凄いよな。
そこまでがんばれる堂官も、そしてそれを仲間として受け入れる部員達も。
しかもそれで結果を出してんだから、とにかく凄いの一言に尽きる。
本当に大した連中だよな」
「うん、本当だよね」
オレの感想に美咲ちゃんも同意する。
「まあ、流石に他にはこんな学校は無いだろうけど、それでもいろんな学校がいろんな想いで挑んでるんだ、それを思うと本当明日からも楽しみだよな」
「うん、そうだよね」
オレの感想にまたしても同意する美咲ちゃん。
解ってるなぁ。流石はオレの相棒だ。
「で、ところで純ちゃん、先程の話なんだけど」
美咲ちゃんがオレに問い掛けてきた。
「ん? なんだ?
美咲ちゃんも流川のことをもっと知りたいのか?」
なんだろう。
まあ、あれだけいろいろと凄いところだしな。
オレとしてももう少し語り合うことは吝かでない。
というか是非とも語り合いたいところだ。
テレビからはエンディングのテーマ曲が流れてくる。
でもオレの興奮は治まらない。
「ううん、そうじゃなくってその前の話。
エッチなビデオ観て、純ちゃんも興奮してたりしないのかなって思って」
…………。
「馬鹿言ってないで、用が済んだんだから疾々と帰って寝ろ。
せっかくのオレの興奮を台無しにしやがって」
全く、前言撤回だ。これがオレの相棒だなんて…。
いや、こんなキャラだって解ってはいたけど。
でも、オレが今日の余韻に興奮してるところで、美咲ちゃんは全く別のことで興奮してたなんて…。
しかも内容が卑猥な話って…。
「もう。解ったわよ。そういうことなら邪魔はしないから。
でもそっか。果然り純ちゃんもああいうの観て興奮するんだ。
でも、明日は早いんだし程々にね」
「なにが、果然りで程々なんだよ」
なにを話の解らないこと言ってんだか。
「それはオ……」
「もう縦いから帰れ!
そんで以て疾々と寝ろ!
間違っても変なビデオなんてを観ようと思うなよ」
オレは慌てて美咲ちゃんを部屋から追い出した。
全く、美咲ちゃんってば、なんてことを言い出そうとするんだよ。
年頃の女の子が口にして善い言葉じゃないだろうに。
否、思春期だからかもしれないけど、もう少し倫理というものを考えてくれってんだ。
流石に他の人前じゃ言わないとは思うけど、それでもつい、迂闊にポロリってこと起りかねない。
こういうのは日頃の意識が大事なんだ。
でも、美咲ちゃんってこういう一面も有ったんだな。
そりゃ、女の子といえど人間だから、そういうことも考えるのも解らないでもないけれど、それでも依然り知りたくなかった……。
……ヤバい、こんなこと考えたせいか、なんかオレまで可怪しな気分になってきた。
せっかく昼のことで良い気分だったのに。
……うん、余計なこと忘れてオレも早々と寝よう。
羊が一匹、羊が二匹………。
*作中に出てくる『闘い』ですが『戦い』とは意味合いが少し違うようです。
『戦い』とは相手を『排除』すること『闘い』とは相手に『力を示す』ことみたいです。
なので『戦い』は『戦争』のように『物理的』な力での争いに、『闘い』は『闘争』のように『非物理的』な力での争いの場合で使われるそうです。[Google 参考]
まあ『戦闘』なんて言葉も有りますけど、これは恐らく『DEAD or ALIVE』と、その両方で手段を問わずってことなのでしょうね。
*作中で出てくる『悲しみ』ですが、ちょっと気取って『哀しみ』にしようかと思ってたのですが、実はこのふたつ、違いがちゃんと有りました。
『悲しみ』は『自分』に対して感じるもので『哀しみ』は『他人』を哀れむ感情とのこと。[Google 参考]
正直言って『悲哀』っていう言葉から、どっちでも同じとばかり思ってました。
※作中に出てくる『ジョックロック』ですが、智辯学園和歌山高校吹奏楽部が高校野球の応援曲、特にチャンステーマとして知られる曲です。
攻撃中にこの曲を演奏すると、それまで押さえ込まれていた打線に突然連打が生まれたり、あるいは相手に信じられないエラーが発生したりと、なぜかビッグイニングにつながるため高校野球ファンの間で、『魔曲』と呼ばれるようになったという経緯があるそうです。
原曲は、ヤマハがXGフォーマット普及のために作曲したデモ曲のうちの1つ。作曲者はRob Rowberry(Robert Rowberry)。自社の作曲ソフトやキーボードにサンプル音源として収録していたものだとか。
それを当時の智辯学園和歌山高校吹奏楽部の顧問であった吉本英治氏が、毎年甲子園に出場する同校野球部のための応援曲を作り続けてネタ切れに悩まされていたときに、たまたま聞いたこの曲に目をつけ、原曲よりもアップテンポなアレンジを施すことで「押せ押せムードが出る」ようにしたらしいです。2000年の第82回全国高等学校野球選手権大会を同校が制した際にこの曲が演奏されていたことから注目を浴び、以後『ビッグイニングを演出する曲』として『魔曲』の異名で知られるようになったなんて経緯があるそうです。
智辯和歌山では、この曲を『魔曲』たらしめるため意図的に演奏のタイミングを図っており、基本的には『8回以降、得点圏に走者が進んだ場面』にのみ演奏を限定し、さらに「応援部と吹奏楽部がトランシーバーで連携を取り合い、開始のタイミングをつぶさに検討する」といった調整を行っているといいます。これには、応援団の振り付けが激しく「1イニングずっと『ジョックロック』だったら、本当にヘトヘト」になるため、頻繁に演奏できないという事情もあるんだとか。応援する側も大変そうです。
智辯和歌山以外でも高校野球の応援曲として使用されるケースは少なくないみたいです。ただ、楽譜が市販されていないため、演奏主体によって微妙に旋律が異なっており、吉本顧問曰く「ネットに上がっているものもだいたいは少しずれている」といいます。2016年の第88回選抜高等学校野球大会では、兄弟校の智辯学園高校が優勝した際にこの曲が使用され、話題となったそうです。[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




