『リトルキッス』
学校が終わるとオレはすぐ、星プロへと向かった。
そして、聖さん、織部さんのもとへ。
今のオレは『早乙女純』状態だ。
訓練生『男鹿純』では、この二人に会うのはまず無理だからだ。
契約外である平日にやって来たため、何事かと二人を心配させてしまったのだが、こっちは重要案件を抱えているのだ、そんなこと気にしてられない。
早速、要件を切り出す。
「実は、曲を作ってみたんで、評てもらえませんか」
「巫山戯るのも大概にしろっ」
「まあ、いいじゃないか。
多分一昨日のことが原因だろうし、それなら無下にするわけにはいかないだろう」
見てもらえるか不安はあったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
聖さんの言っていたように、罪悪感を感じたせいかもしれないけど、それでもその懐の深さには感謝である。
では早速、聖さん達の気が変わらないうちに、曲の入ったメモリーカードを渡すとしよう。
流石に、直ぐにといくわけもなく結果は後日ということになった。
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デビュー曲が決まった。
タイトルは『Little Kiss』
幼い子供達の初々しい恋愛模様を詠たった曲だ。
作詞作曲『JUN』編曲『天宮聖』
そう、オレの作った曲は、聖さんの手直しを受け、晴れて採用となったのだ。
「ねぇ、もしかして、この『JUN』って、純ちゃんのこと?」
「ああ、そ…」
「それは確かにその曲はオレが用意したけど、それが何処の誰かってのは、本人のプライバシーに関わるため答えられねぇんだよ」
聖さんが答えるのに被せ遮る。
ごめんなさい、聖さん。
でも、一応、理由はあるんです。
「どういうつもりだ、純」
「だってそのほうがおもしろそうでしょ。
正体をあやふやにしとけば、美咲ちゃんみたいに勘違いする奴が出てきて、話題にもなりそうだしさ」
本当ならオレが用意したってのも言いたくなかったのだが、それに関しては、オレと聖さん達が会っているのを見た奴がいかねないので諦めた。
「ふむ、それはアリかもしれないね」
「えぇ〜、私にも教えてくれたっていいじゃな〜い。純ちゃんのいじわる〜」
「曲も決まったことだし、ここらでユニット名も決めちゃいませんか?」
いい加減、面倒なので話を逸らすことにしよう。
「そうだね。で、どんな名前がいいんだい」
え、オレ達で決めていいんですか、聖さん?
「え〜っと、それじゃあ…」
「はい、却下」
「ちょっと、まだ何も言ってないよ、純ちゃん」
「何言ってんだよ。前科があるのをもう忘れたのか?」
美咲ちゃんの命名のセンスがアレなのは、未だに記憶に残るところだ。
「もう、純ちゃんのいじわる!」
「いっそ、デビュー曲と同じでいいんじゃないですか。結構よく聞きますよ、そういう話」
兄貴達のバンド名もそうだしな。
「ふむ、そうなるとLittle Kissか」
「案外いいかもしれませんね」
「うん、とってもかわいいし、私も賛成」
というわけで、オレ達のユニット名は『リトルキッス』に決定した。
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2月に入った。
ただ、好事魔多しというわけで……はなく、今回は、魔でなくさらなる好事が重なった。
オレ達のデビュー曲は、さる有名菓子メーカーの新商品のCM曲に採用された。
その新商品は『リトルキッス』という名のキャンディで、キャッチコピーは初恋の味。
名前といい、キャッチコピーといい、オレ達のユニット名と曲に合わせて企画したとしか思えない、あまりにも都合のいい話だった。
しかも、そのCMが流れ始めると、オレ達の存在は一躍話題となり。
そして、3月にもなると遂に、テレビ出演のオファーがきたのであった。
※作中の『評る』は、作者オリジナルの当て字です。ご注意下さい。
一方、『無下』は正しい用法のようです。『無碍』とは同音異義語で間違いそうですが、こっちは自由自在を意味するようで、本作今回の用法だと意味が正反対となるようです。あと『同音異 義 語』って『同音異 擬 語』って書くものだと思ってました。日本語って難しいですね。




