夏の甲子園初日第三試合(後編)
今回の話では、娯楽的読み物で扱うには不適切と思われる設定のキャラが登場します。読者の方においては不愉快に思われるかもしれませんが、作者としては特に変な意識を持っているわけではありません。とはいえやはり、多少ならぬ問題がありそうなので前以てお詫びいたします。
甲子園初日第三試合、岡山県代表下津井高校と広島県代表流川高校の試合は、4回裏の流川高校の攻撃で、遂に0対1と均衡を崩した。
そしてそれをきっかけに、両者ともに無安打だったのが、それぞれ安打を打ち出塁を出すようになった。
それでも両陣営ともに粘り強く守り、得点は動かない。
そんな中、遂に8回表、下津井の攻撃を迎えた。
まずは一番打者の龍門を凡打に打ち取り一死。
迎えるは二番打者の入鹿。
投手蓼丸の投じた球は、入鹿の左足首への死球だった。
1回表に二死球を、否、続く三番打者への投球を含めれば三球連続の酷い荒れ球だったわけだが、それ以降の投球では、四球が少し有りはしたけど死球はひとつも無かった。それが久々の死球だ。
……って、こいつよく考えたら二度目の死球だよ。なんとも酷い災難だよな。
しかも蓼丸の球って結構球威が有るみたいだし、きっと青痣になってんだろうな。酷い怪我でなけりゃ良いけど……。
入鹿が引っ込み代走が告げられる。
代わって入ったのは種という名の選手だった。
……なんか中国地方って、変な名字が碌々してるな。
そういや赤いプロ野球チームも変わった名字の選手が多いみたいだし、きっとそういう地域なんだろうな。
……って、あ、流川の投手も交代だ。
まあ、蓼丸は今ので三死球だし、入鹿も交代になったわけだし、交代するのも仕方がないか。このまま投げればきっと顰蹙ものだろうし。
代わって出て来たのは堂官。またしても珍しい名字の選手だ。
そんな彼の登板に応援席が沸き立った。
「出たぜ、守護聖者堂官!」
なんだよこいつ。名字が変なだけじゃなく、二つ名が有るってのはおいておくとして、その名前までなんか変。そこは普通、守護聖者じゃなくって守護神だろうに。
「ああ、それはあいつのぶ…………」
先程殿畠について教えてくれた男子の口を、別の男子が慌てて背後から塞いだ。
「アホかお前っ。女の子の前でいったい何を言うつもりだよ!」
???
いったいどういうことだ?
オレの尋ねたのは守護聖者という二つ名の由来なのに、なんでこういうことになる?
こんな会話をしているうちに、堂官の投球練習が終わり試合が再開された。
相手の打者は三番打者の宇喜多。
これも珍しい名前だけど、彼らの地元岡山の戦国大名の名前として有名だ。
そう言えば下津井って、その宇喜多秀家が岡山城の出城を築いたところだった。
つまり県ってだけでなく、学校の地元の殿様の名か。よく聴けば『殿様〜』なんて声援が聞こえる。
そんな宇喜多だが、堂官の投球の前に三振に終わった。
これで二死一塁だ。
好し、あと一人。
次は四番の……花房?
ははは……。なんの偶然だよ。
よく聞けば応援の曲が、オレ達リトルキッスの『Brave and Faith』だ。
だが、この花房も堂官の前に敢なく三振。
呆気な……。
……………………。
え? オレの見間違い?
思わず自分の目を擦る。
そして再び堂官を視……。
あ、もうベンチに帰ってしまった…。
「果然純ちゃんも、あいつの右手が気になるか」
先程口を塞がれた男子がオレに声を掛けてきた。
今の台詞からすると果然り……。
「実はあいつの右手は中指が途中から無いんだよ。
だから女とやぐをぶ…………」
彼の台詞は、再び背後から伸びてきた手に依り中断された。
「だから、女の子の前で変なこと言うなってんだろが、このセクハラが!
しかも、カメラが撮影してんだぞ。
少しは考えて喋れっつーんだ、全く」
…………まあ、彼が何を言おうとしたかはともかく、ここは編集で切り捨てだろうな。
セクハラなんて言うんだから、変に考えない方が好いだろう。
「普通に考えたら、あいつのあの手ってのはデメリットでしかないんだけど、怪我の功名ってんのかな。
あの指の欠けた手のせいってかお陰ってのか、あいつの投げる球ってのは、普通の奴が投げるのとは違った回転の曲球になるみたいで、とにかく慣れるまで打ち難いんだよ。
まあ、逆に言や慣れれば打てるんだけど。
でも、依然りクセが有るのは変わらないわけで真芯で捉えるのは難しいから、当たっても真っ当に飛ばないわけで、十分武器になるってわけだ。
そんな理由であいつは終盤の秘密兵器ってわけだ」
なんともいろんな意味で、微妙で絶妙な秘密兵器だ。
だけどこれって凄いと思う。
だってそんな障害の有る奴でも、仲間達から認められているし、本人にも認めさせる能力が有るってことなんだから。
そして実際にここまで勝ち抜いてきている。
もちろん仲間のお陰ってのは大きいけど、堂官自身の実力を示す出番も有るし、彼もその期待に応える活躍もしている。
まさかこんな学校が有ったなんてな。
8回裏、流川高校の攻撃だ。
ここで是非とも、駄目押しの追加点を入れておきたい。
だが敵方も然る者で、安易とは追加点ってわけにはいかなかった。
まあ、それならそれで仕方がない。
9回表、下津井高校最後の攻撃だ。
そう、これを最後の攻撃にするのだ。
たったの3人抑えるだけで勝利が決まる。
さあ、がんばれ流川高校。
試合の結果0対1で流川高校の勝ちに終わった。
堂官が見事に三者三振に抑えたのだ。
オレにとっては今日初めての勝利だけれど、そんなことはどうでも良い。
今日最後の試合があんな凄い学校だったってことだけで十分だ。
他にもあんな学校が有ったりするんだろうか。
明日以降の試合が楽しみだ。
でも、まずは今晩の番組の収録か。
よし、オレも彼らに恥じない仕事にしよう。
※作中に出てくる『碌々(ゴロゴロ)』ですが、『鳥影(石川啄木著)』からの採用です。
本来の読み方は『碌碌』で『小石が多いさま』や『自主性が無く平凡で大して役に立たないさま』という意味があります。
※今回の登場キャラ堂官ですが、彼のような指の欠損した人の投げる球が、作中のようなものになるかどうかは実際には解りません。作者としては変化球の握り方を意図せず行なっているようなものかと想像しております。
まあ、そんなむちゃぶりの彼なので、恐らく握力は普通な人と比べれば弱いだろうということで、投球回数は少なめの奇策的登用の投手という扱いなのですが、でもそんなハンデを抱えた人間にも活躍の場が有っても良いのではないかと思い、こんな設定のキャラを登場させてみました。
いや、作者的にもこういう変わったキャラも面白いかという奇策でもあったのですが…。
ただ、こういうキャラの採用ですが、この手のハンデを抱えた人間に対する変な差別意識が有るわけではありません。もし不愉快な思いをした方がおられるのなら、改めてお詫びをさせていただきます。ごめんなさい。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




