夏の甲子園初日第三試合(前編)
今さらですが、本作品においては応援席から球場内の様子がはっきり解るというありえない状態で話が進んでおります。ただそこのところは所詮創作の話だからと気にしないようお願いします。
どうしても気になるってんなら、某国営放送の生中継を見ながらってことで……。
あと、本作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。なのでそういった名称等が出てきてもあまり気にしないようお願いします。
第三試合、今日最後の試合。
これまで二試合こちら側の学校は負けている。できれば今度の試合こそ勝ってほしいものだ。応援するからには誰だってこう思うのは当然だろう。
ええっと、次の学校はと……、広島県代表流川高校か。
広島といえば春に5回、夏に7回と12回の優勝校を出している。準優勝なら11回だ。流石に名門の広陵高校(2003年春優勝、2007,2017年夏準優勝)ってわけじゃないけど、それでもそんな彼らと鎬を削っての代表だ、決して弱いわけが無い。
対する相手校は同じ中国地方・岡山県の下津井高校。
岡山県勢の甲子園での成績は春夏合わせて優勝1回、準優勝1回。
漸くこちらに有利な相手との対戦か。
否、それでも同じ高校生同士、油断は禁物だ。
応援席は既にに応援に来た者達で埋まっていた。流石はプロ野球球団本拠地。野球にも熱が入ってる。こう言っては悪いけど、先程までの島根県勢とは大違いだ。
黒い学ランを身に纏った応援団の男子達。風に戦ぐ応援団旗はこれから始まる熱戦を今か今かと待ち侘びているかのようだ。
彼らの前には同校からの応援の学生達。
選手と同じくユニフォームに身を包んだ部員達と、一般応援の生徒達だ。
女子生徒達も随分と多い。しかも結構美人揃い。
こりゃあ選手達も、嘸かし士気高揚たることだろう。
吹奏楽部も総勢50名と大規模だ。
もちろん学校関係者だけでなく、その家族達だって来ているため、その人数は本当に凄くスタンド席はほぼ満員と圧倒される勢いだ。
中継が美咲ちゃんの居る一塁側応援席の下津井高校側から、オレの居る三塁側応援席の流川高校側へと移ってきた。
「こちら三塁側応援席の広島県代表流川高校。
そう、中国地方、瀬戸内の雄・広島県の代表だ。
そして彼らがその応援団。
見てくれ、この規模、この陣容。そして溢れるこの熱気。
そしてそんな彼らを纏めるのが、応援団長の小金井君だ。
どうだ、気合い入ってんだろう」
そう言って応援団長を紹介する。
「身長は私より20㎝近く高い170cmと少しって感じの短髪君。目付きは少しばかりキツいけど人が好くって頼りになる青年で、この度の応援の生徒達皆を纏めるカリスマだ。
で、こっちが吹奏楽部の皆さん。
総勢50名の演奏が応援の気勢を盛り上げるってわけだ。
どうだ咲ちゃん、凄いだろ」
執拗なようだが、それでも言いたい。
先程の島根県勢とは規模が違うのだ。
否、彼らの応援の内容が悪いわけじゃない。決してどこにも負け劣ってなんていない。
ただ、それでも、依然り。数は力だと思う。
それがどこのどんな学校の応援であろうとその優劣は付け難い。
だからこそ、それらを等しいものと捉え、数の差はそのまま力の差と評するわけだ。
「そんなわけで、チームも応援も間然たるところ無しってわけだ。
下津井高校には悪いけど、今度こそこっちの勝ちだな」
自信の溢れたオレの台詞に、美咲ちゃんから珍妙な台詞が返ってきた。
「ちょっと純ちゃん、失礼だよ。自分の応援校に完全じゃ無いなんて言って」
おいおい、ここでお約束のコントかよ。
「全然失礼じゃねえよ。
こっちの言う『間然たるところ無し』ってのは『抜けたところが無い』って意味なんだから。
つまり咲ちゃんの言う完全ってのとは意味が全くの正反対なんだよ」
オレの台詞に笑いを堪える周囲の人達。
……って、あれ? なんで?
なんか一部に苦笑いしてるのが混ざってる?
オレが困惑している中、試合開始の音響が鳴り響いた。
先攻は相手側の下津井高校。
流川高校の先発投手は蓼丸。
その第一球は……。
おいおい、なんだよそれ。
蓼丸の第一球は相手打者の臀部に直撃、いきなりの死球スタートである。
「おいおい、アリなのかこんなの」
思わず困惑の声が漏れた。
というのも、二番打者への投球も左腕への死球。
一塁走者が盗塁を狙っていたけど、全く無意味に無死二塁。
と、ここまでは宜かった。否、良くはないけど敢えて肯しとして。
問題は続く三番打者。
送りバンドの構えの彼に対して、またしても頭部に向かう蓼丸の投球。
慌てて身を躱す三番打者。
だが……。
如何なる神の悪戯か、球はバットに当たって高く跳ね上がった。
捕手がワンバウンドさせて捕球し六、四、三と送球される。
三塁、二塁、一塁での連続アウト。
まさかの三重殺である。
「大○ーグボールだ」
美咲ちゃんの声が聞こえる。
待て、そういう冗談は止せ。
確か漫画の大○ーグボール一号ってのは、打者が構えたバットに危険球まがいの球を命中させるものだったはず。
美咲ちゃんが云うように、結果的にはそうなったけど、これはそういう問題じゃない。
もしもこれが偶然じゃなく、狙ってやってるものだとすると余りに危険な悪辣球だ。
まあ、偶然の上の偶然で成立するもので、計算尽くで狙えるものじゃないと思うけど、そんなことよりも、危険前提のこんなものが倫理的に許される理由が無い。だから、成功の是非に関係なく、狙ったものなら大問題だ。
まあ、本当に狙ったものならな。
でも、最初の二人の死球って……否、まさかな。
うん、オレまで漫画に汚染され過ぎだ、考えないようにしよう。
だからそれはおいておくとして、こういうフライが上がった場合、攻撃側はどのように対応するべきなのだろうか。
守備側がそのまま素直に捕球するなら、塁を動かないのが正解だろう。
でも今回のように、一旦バウンドさせて捕球した場合、走塁してないと先の塁にてまず間違い無くアウトとなる。
これが外野フライならまあ、十分間に合うだろうから問題は無いんだろうけどな。
さて、気を切り替えて一回裏、こちら側・流川高校の攻撃だ。
応援団長の小金井の下、吹奏楽部の演奏が始まる。
曲は上○恒彦の『だ○かが風の中で』。時代劇『木枯し○次郎』の主題歌だ……って、誰だよこんな渋い曲選んだのは。
先頭打者はまさかの投手蓼丸。
……って、おい、良いのか? こいつ背番号1だろ?
グワラグゥワラガッキィーン!!
なんてこと思ってる間に快打音が響いた。
打球は……。
バシッ!
へ? 何? 何の音?
否、解る。今のは投球がミットに収まった音だ。
そして先程の擬音は蓼丸の雄叫びだ。
そして今ので全てが解った。解ってしまった。
……なるほど、確かに○次郎だ。
こいつ、あの漫画の葉っぱ男だ。
この学校、よくこんなので甲子園出場できたよな…。広島のレベルって実は意外と低かったのか?
それとも、○さな巨人が後に控えてるってか?
だったら早いところ出した方が良い。もしもこいつが漫画通りなら、きっと試合はめちゃくちゃだ。
……依然り漫画は漫画、現実は現実だった。
二番打者の殿畠は極々普通の低身長だった。
そして三番打者の世羅と、三人揃って三振に終わる。
うん、果然り駄目だこりゃ。
二回表。下津井高校の攻撃。
流川の投手蓼丸の投球は漸くストライクが入るようになってきた。
そんなわけで現在のカウントはスリーボール、ツーストライク。
蓼丸が大きく振り被る。
相手はこれでも四番打者。きっと当たれば大きいだろう。
そんな彼が渾身のフルスイングを放つ。
投球は捕手のミットのど真ん中。
好し、取り敢えずアウトひとつだ。
……って、へ? ど真ん中を空振り?
直球153km/h?
これって結構凄いんじゃないの?
続く五番、六番を直然り凡打に打ち取り攻守交代。
もしかして蓼丸って本気で凄いのか?
凄いと言えば相手の下津井の投手長鋪もだ。
彼の速球も蓼丸に負けず劣らずで速い。流川の四番打者・山本が全く歯が立たす三振した。
球速は蓼丸と同じ153km/h。
え? マジ?
もしかして153km/hって大したことない?
否、そんなことはないはずだ。
確か153km/hと言えば、甲子園での記録でも8位の記録同位のはず。
まさかこんなところで速球投手同士の対決かよ。
広島はともかく、岡山にまでこんな怪物が在たとはな。
一概にどこが凄くてどこが弱いなんてのは、克々と穿って察ないと解らないってわけだ。
暫くの間、お互いに無安打無出塁が続いた。
否、一回表には死球で二人走者が出ていたか。
でもそれ以降、一切安打も出塁も無い。
そんな中で四回裏、低身長の殿畠の打席を迎えた。
ん?
浮と気が着けばテーマ曲が変わっていた。
一回の時はよく知らない曲だった。いや、あとで気づいたのだが流川高校の校歌だったらしい。
で今の曲はというと、国営放送の嘗ての有名番組のテーマ曲『で○るかな』だ。
どういう選曲センスだよ、全く。
だが、応援の生徒のひとりが言う。二打席目以降でこの曲が流れると、彼が何らかのチャンスを作ってくれるのだと。
だから試合の流れを変えてほしいって時に、この曲で応援するらしい。
一打席目であれだけ無様な三振をしてた奴に、なんとも篤い信頼だけど大丈夫なのか?
一球目は空振り。二球目は見逃し。
ノーボール、ツーストライクと追い込まれて、もう後が無いし、見込みも無さそうだ。
三球目、殿畠がバントの構えから前方へ駆け出した。バントエンドランだ。
打球は三塁線を絶妙に転がり、そして三塁手の前へ。
三塁手が捕球とともに一塁へと送球する。
しかし、スライディングで滑り込む殿畠の方が早い。
はは…。なるほど、そのためのバントエンドランか。低身長の殿畠の歩幅じゃそうでもしないと間に合わないもんな。
それにしても、なんとも見事に期待に応えやがった。見掛けに依らずに大したもんだ。
「よっしゃ〜っ! やったぜとんま〜!」
観客席が沸き立つ。
一死一塁。さあここからだ。
……って、鈍間?
せっかくの活躍に対して鈍間?
「ああ、あいつの名前は殿畠真人。
じゃけぇ縮めてとのまなんじゃけど、それが訛ってとんまってわけじゃけん」
同じ野球部の部員が教えてくれた諢名の由来だけど、それにしたってなぁ……。
本人はどう思ってんだか。
とんまこと殿畠の活躍で試合の流れは確かに変わった。
続く打者世羅の送りバンドに依り二死二塁。
そして迎えた四番打者の山本。
前の打席では、相手投手長鋪の前に無様な三振に終わったのだが、流石は四番ということか、今回の打席では中堅手前への痛烈な二塁打を放ち1点を先取、前打席での汚辱を雪いだのだった。
ただ、それでも長鋪を崩すのは難しく、五番打者の水主村は、某時代劇テーマに依る応援も虚しく、左翼手フライに。
こうしてこの回の攻撃は終わりとなった。
※作中に『鎬を削る』という言葉が出てきますが、これは『激戦を繰り広げる』という意味です。
で、この『鎬』とは何かというと、刀の刃と峰(背の部分)の間で稜線を高くした所だそうで、つまり刀の鎬がボロボロになる程の激戦というのが語源らしいです。
そういった理由で、よく『凌ぎを削る』なんて思われてたりするようですが、それは間違いということです。[Google 参考]
『凌ぎ』とは一時凌ぎ等と使うように『困難を堪え忍び切り抜ける』こと。ヤクザ用語だと元は恐らく『副収入』の意味。
本来のヤクザは的屋(露店や興行を営む業者)といった人達だったようで、それを取り仕切る組合みたいなものだったと思われます。そんな理由で作者としてはヤクザとは『役座』だったのではないかと思っております。で、そんな彼らの中には町から町へと仕事を求めて渡り歩く者や、片田舎から間違いへと出稼ぎに来た者等もおり、そんな彼らが身を拠せるのがそこの地元の有力者。だからこそ彼らは渡世の仁義を大事にし、そのあり方を極道などと呼んだのではないかと思われます。
で、そんな彼らの主な収入源は祭等のイベントがメイン。されどそんな場は年に数回。
そんな理由で、その資金繰りをすることこそが『凌ぎ』と呼ばれる副収入だったのではないかと作者は考えております。
とまあ、飽くまでこれらは作者の憶測です。だって作者はヤクザじゃないので詳しいことは解りませんので。
※作中での三重殺の送球の六、四、三とは守備の選手の守備番号で、それぞれ遊撃手、二塁手、一塁手のことです。
と、まあ偉そうにこんなこと説明している作者ですが、実は野球は完全なまでの素人です。なので作中のプレイが実際の戦術おいて正解なのかどうか解りません。なので可怪しいななんて思った方は、この作者アホだと笑ってくれて構いません。ただ、そういうことなので、敢えて気にせず流して読んでもらえれば幸いです。
※作中において投手の球速について触れているので、実際にはどんな感じか参考までに紹介します。
高校野球史上歴代最速は、佐々木朗希(大船渡→千葉ロッテ)が高校3年生時に記録した163キロ。2019年4月6日に、U18高校日本代表候補による研修合宿の紅白戦で記録したもの。それまで大谷翔平(花巻東)が持っていた最速記録である160キロを上回った。
中学生史上歴代最速は、森木大智(高知中学→高知高校→阪神)が中学3年生時に記録した150キロ。2018年8月2日に四国総体・中学軟式野球の決勝戦において、坊っちゃんスタジアムのスピードガンで記録したもの。
【歴代甲子園での球速ランキング】
1位 158km/h 寺原隼人 (日南学園)
2位 156km/h 辻内崇伸 (大阪桐蔭)★
2位 156km/h 佐藤由規 (仙台育英)
4位 155km/h 菊池雄星 (花巻東)★
4位 155km/h 安楽智大 (済美)
4位 154km/h 今宮健太 (明豊)
4位 154km/h 奥川恭伸 (星稜)
8位 153km/h 平生拓也 (宇治山田商)
8位 153km/h 北方悠誠 (唐津商)
8位 153km/h 釜田佳直 (金沢)
8位 153km/h 藤浪晋太郎(大阪桐蔭)
8位 153km/h 高橋宏斗 (中京大中京)
★=左腕
野球プロ(男子)の投手が投げるボールの初速は、直球で130〜165キロで、平均は140〜145キロある。
変化球はスライダー、シュートが120〜140キロ程度、カーブ、チェンジアップは90〜120キロ程度と遅い。
【ピッチャーの球速評価】
60〜70km/h∶一般男性(未経験者)
90〜100km/h∶草野球投手レベル。
115km/h∶高校生平均。F's Jr. 合格圏。
120km/h∶高校生エース。このスピードのスライダーで甲子園が見える。
130km/h∶かなり目立つ高校生。超中学級。
140km/h∶プロ注目。でも慣れると打てます。
[Google 参考(※基本が切り貼りのため、あまり正確ではありません)]
※作中に『穿って察る』という言葉が出てきますが、この『穿って見る』という言葉の意味は『本質を捉えた見方をする』で『疑って掛かる』というのは間違いだそうです。恐らく『しっかりと深くまで見る』ってことでそんな勘違いをされるようになったのではないかと思われます。まさに『穿ち過ぎ』ってやつですね。
※作中に出てくる『浮と』ですが『ふと思い浮かべる』ということで、この字を当ててみました。……いや、実は以前使ってた当て字を忘れただけです。統一感が無くてすみません。
※今回の登場キャラ殿畠真人。あの漫画のキャラが懐かしくて、ついパクリっぽいことをしてしまいました。まあ露骨ではないはずですし、一応スペックはかなり下回ってるのですが、著作権は大丈夫なのでしょうか…。
因みにこの『殿畠』という珍しい名字は広島県に実在するようで、それでこんな名前を付けたのですが、ついそこからでき心が……。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




