Fault and Default -失敗は付き物? そして妥協?-
「ぐぶぇふっ」
河合の上げたセンタリングのボールに合わせヘディングを放った。
シュートしたボールはバウンドした後、転々と転がり、敵ゴールキーパー天堂の真っ正面へ。残念ながら得点を挙げることにはならなかった。
現在、体育の授業中。
内容は簡易なミニゲーム。
そんなわけでフォワードを務めるオレは、同じフォワードの河合と共に、敵陣へと斬り込んだわけだったのだが…。
「おい、何やってんだよ、らしくねえ」
「ああ、悪い」
河合の非難も仕方がない。なんと謂っても我ながら間抜けな失敗だったし。
……まさか、顔面シュートとはな…。否、正確にはシュートじゃなくって、パスが顔面に直撃しただけ…。
本当、河合じゃないけどらしくない。
いつもなら、きっちり合わせて決めてるところなのに。
「まあ、ドンマイだ。
いくぞ○崎」
「誰が○崎だ。オレは男鹿だ。
わけ解んねえこと言ってんじゃねえよ」
河合の奴、今さら名前を間違うわけもないだろうに、いったい何のつもりだか。
その後もオレの、らしくない失敗がちょくちょくと続いた。
シュートをすれば空を切り、パスを出せば敵側、パスを受ければ手でキャッチ。う〜ん、重症だ。
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昼休憩、いつものように仲間内で集まっての昼食。
ただ、いつもとは違い、今日は香織ちゃんが居なかった。というか今日もで、続けて4日目。あのデートの翌日から続けて4日だ。
いや、今までならそんなに気にすることはなかった。
実際、仕事が入れば学校を休んだり、遅刻や早退することも有るだろう。そんなことくらい解っている。
だから最初の2日くらいは、鬱陶しいのから解放されたと半ば清々していたのだが…。
なのに今では、何故か気になって仕方がない。
お陰で今日も、朝からずっと失敗だらけ。
体育の授業の時みたいに、体を動かせば気も紛れるかと思ってもみたが、結果はなんともお粗末なことに。よく怪我をしなかったものだ。……否、危うく無様に鼻血を垂らすところでは起ったけど…。
「ねえ、純くん。何か起ったの?
この最近、ずっと元気無いけど」
美咲ちゃんがオレに尋ねてきた。
どうやら余程、オレの様子は可怪しいらしい。
「最近香織ちゃんが来てないから、それで寂しがってんじゃないの?
全く、あれだけ疎ましがってたくせに、いざちょつとばかり見なくなっただけでこれって、随分と身勝手な話だよな」
ぐぅ…、そんなことは無い…と、この前までなら言えてたんだけど……、自覚が有るだけに否定しきれない。
「そうよねえ。もしかして男鹿くん香織ちゃんのこと気になり始めてるんじゃない?」
「あ、存りそう。
あれだけ熱烈にアプローチされれば、クラってきたって不思議は無いよね」
河合の台詞に朝日奈と日向が同意を示す。
否、オレに対する非難が無い分マシだけど…、なんか複雑だ。
「ふ〜ん、そっか。純もそういうのに目覚めたか。
ここはやっぱり、友人としてはお祝いするべきところかしらねえ…」
「う〜ん、そうかもしれないけど、私としては純ちゃんの手前複雑だよ〜」
由希に加えて美咲ちゃんまでも、……否、ちょっと待て、なんで皆して容認しようとしてるだよ。否、オレも含めてだけど。
確かに香織ちゃんは良い子だけど、でも、それでも依然友人の一人に過ぎないんだ。
情に絆されて気の迷いが生じただけだ。
如何に心を忽せられたからって、それで惚れたとは限らない。そう、きっと気の迷いだ。
その証拠にオレは、香織ちゃんをどうこうしたいなんて、一度たりとも思ったことなんて無いんだから。
だから、そう、香織ちゃんはただの友人なんだ。
だから、そう、友人として香織ちゃんのことが気になってるだけに過ぎないんだ。
うん、そうだ。そうに違い無い。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。
普通、友人が顔を見せなくなりゃ、心配だってするだろう。なあ、天堂」
心の整理が着いたところで、一度天堂に確認する。
こいつならきっと、オレの言いたいことを理解してくれるはずだ。
なんてったって、あれだけ女の子達を誑かしてるくせに、意外と紳士だったりするこいつだ、きっと解ってくれるはず。
「まあ、確かに純くんの言う通りだね。
でも、僕としては今の純くんの元気が無いのも気に掛かるけどね。
だから、もし悩み事が有るなら是非相談してくれよ。僕も皆も君のこと心配してるんだから」
うん、やっぱりこいつは天堂だ。
オレのこと確りと理解した上で、なお且つこんな心配をしてくる。
多分、相談相手には相応な奴なんだろう。
でも……。
流石にこんな中での公開なんて無理に決まってんだろ。
こういう話ってのは、極限られた親しい間柄同士の少人数でするものだ。
少なくともオレの脳内じゃ、うちあけ話は内開け話だ。間違っても公開全開話なんかじゃない。
こんな話を公開すれば、後悔するに違い無い。
▼
香織ちゃんがオレの前に再び現れたのは、期末試験の一週間前になってからだった。
彼女が言うには、果然りあのデートの予定日は相当な無理をして空けていたらしいく、今日までの毎日はその穴埋めに費やされることになったんだとか。
まあ、普通のアイドルってのはそういうものかもしれない。オレ達リトルキッスみたいなのが例外なのだろう。
否、香織ちゃんの場合はもっと厳しい。
なんてったって、アイドルとしては異端とも謂うべき茨の道を、自らの力で切り拓くわけだから、その苦労と努力は想像に難くない。
その結果、男性ファンは色惚けしたと香織ちゃんを諦棄し、それでも残った者達がオレと対決するべく……と言っても、実際に襲撃するわけにはいかないので、香織ちゃんの目を醒まさせるべく、自身の魅力を磨き始めるという選択をし、女性ファンは恋する香織ちゃんの一途な想いに心を惹かれ、そして憧憬を抱く、恋に恋する夢見る乙女達の支持を得ることとなった。
つまり香織ちゃんひとりで、オレ達リトルキッス、早乙女純の硬派系男子と花房咲の純情系女子の双方を抱える難敵となったわけだ。
ただ、それだけにその期待に応じるのも大概ではあるのだが、こうして現在香織ちゃんはそれに見事なまでに応えているというわけで…。
全く、なんて化け物だよ……。
否、化け物は女の子に対して失礼か。
でも他になんて喩えれば良いのか…。
「ごめんなさいね、純くん。
この最近、スケジュールが立て込んじゃって。
でも、その分、今日はたっぷりと埋め合わせするから」
「勘弁してくれよ。
今のとこ、そういうのは必要無いんだ。
どこか他所を当たってくれよ」
以前なら、この香織ちゃんからの熱烈なアプローチを、只々疎ましく思っていたのだが、今となっては懐かしく微笑ましい。
たった数日のことだというのに…。
だからオレの返した言葉が、以前と依然変わらないとしても、本音じゃ今は建前だけだ。
実際にそんなことになったら、きっと寂しく思うのかもしれない。
…………ヤバい。
気づかないうちに随分と絆されてきている。
実際、最近、女の子に蝶花佞媚されて好い気になってる男の気持ちが、なんとなく解る気がするようになってきているのも、香織ちゃんの影響かもしれない。
…………うん、本気でヤバい。
大丈夫かオレ?
責めて友人相手に変な気が目覚めないことを祈りたい。
頼むぞオレ。信用してるからな。
※作中に『転々と転がる』という表現が出てきますが、これって『頭痛で痛い』みたいなもので、はっきりいって二重表現じみてないかって思われていると思います。でも、これは語り手の純の不調という演出のつもりなのでご了承お願いします。
※作中に出てくる『打ち明け話』の変換『内開け話』ですが、こういうのは『内々』の話で、心の扉を『開いて』と思っての当て字です。要するに作者としては打ち明け話ってのは、相談相手との内緒話のことという認識なんですけど、一般的にはどうなんでしょうか。まあ、大勢の前で『打明ける』なんてのは…アリなんですか?
※作中に出てくる『蝶花佞媚』の当て字ですが、まあ要するに『蝶よ花よと媚び佞う』という造語です。
ただ、『佞媚』という熟語は存在します。意味はそのまま『媚び佞う』です。[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




