純、攻略される?
昼食を済ませファミレスを出た。
香織ちゃんは終始ご機嫌。
余程オレの彼女扱いが嬉しかったと見える。
会計の際に求められたサインにも、笑顔で応じていたし。
これであのファミレスのアイドルのサイン色紙は4枚。いや、別にそんなのどうでも縦いんだけど。
で、次の目的地はオレの卒業した中学校。
前に来たことがあるってのに、なんで今さら…。
「えぇ〜、だって前の時は悠然りと観て槃れなかったじゃない」
という理由だったんだけど、克く考えたらオレ達って部外者だ。許可無く中に入れる理由が無いんだよな…。
仕方がないのでその周辺を散策することに…。
気がつけば神社へと来ていた。
オレ達の行き属けの神社だ。
毎年、年末年始には詣でに来ている場所である。
「この神社はそんなに大きいわけじゃないけど、御利益は抜群って評判なんだぜ。
なんたって、リトルキッスと御堂玲のヒットはこの神社のお陰って云われてるくらいだからな」
忘れてたけど、ここって地元じゃ結構有名な場所だった。
まあ、由縁は今言った通りなんだけど…。
「へぇ〜、結構縁起が吉いんだ。
じゃあ、私もお願いしてみようかな」
そう言うと、香織ちゃんは早速願懸けを始めた。
「神様、どうか純くんとの仲がもっと進展しますように」
ははは…、依然りこっちかよ。
できればヒット祈願であってほしかった。
まあ、香織ちゃんらしいって言や、らしいんだけど。
(神様、どうか香織ちゃんとの仲は、程々の進展でありますように)
オレも一応、神様にお祈りすることに。
否、別に香織ちゃんが嫌いってわけじゃない。
周りの女子達も云ってるように、一途で純粋なのは間違い無いし……。
ただ、純心かって言うと恐らく違う気がするけど。
なんとなくだけど、邪念と謂うか煩悩的本能が強そうな気が……。
いや、考えないことにしよう。なんだか怖い。
純粋一途ってのは、裏を返せば執念深いってことだし。
そんなに盲執を向けられるのは本当に怖い。
妄執だったりすると余計に怖い。
抑だが、今のオレが女の子に望むのは、気軽で気楽な友人関係だ。こんな気負った交際なんて考えたことも無い。こんな気苦労はまず無理だ。
恋愛未経験とかは関係なし。まず接吻を現実からなんて言われたとしても、その気が無いので絶対に無理。そのまま逃走だ。エロゲー展開して結婚なんてもっての他。罪な展開確定である。
…おっと、馬鹿な現実逃避を妄想してる場合じゃなかった。
ともかく、変な流れになる前に疾々とこの場を避難しよう。
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この辺りで遊べる場所だけど、オレには余り思い当たらなかった。
そんな理由で、連れて行ける所も限られてるわけで……。
「なあ、本当にこんな所で好かったのか?」
オレが香織ちゃんを連れて来たのは、選りにも選って駅前のカラオケボックス。
駅前まで戻って来たってのもあるけど、問題なのは香織ちゃんがアイドルと存えどプロの歌手ってことだ。しかも結構実力派。
仕事で散々歌ってるのに、プライベート、増してやデートの時にまでって、流石に申し訳が無い。
「ええ、構わないわよ。
だって、純くんに私の生歌を聴いてもらえる、せっかくの機会だもの。
それに純くんが歌うのも聴いてみたいし」
なるほど。なんとも香織ちゃんらしい理由だ。
そういうことなら、特に気にすることも無いか。
否、そう振る舞ってるだけかもしれないけど。
でも、それならそれで、こっちも受け入れて……。
「じゃあまずは、私からね」
うん、どうやら本当に余計な気遣いだったらしい。
因みに今、香織ちゃんが歌っている曲『HOLIDAY』は、オレと初めて出逢った日の想い出の曲なんだとか。
なんでも、その曲の発売イベントの日に、暴走したファン達からオレが香織ちゃんを救けたらしい。
覚えてないって言ったら、大きく溜息を吐かれた。
でも仕方がないだろ。本当に覚えてないんだから。
そんなオレに対して、香織ちゃんの方はそれでオレのことが気になり始めたということで、それを自覚したことにより恋に目覚めたんだとか。
しかもこれが初恋らしい。
はぁ…。選りに選って初恋がオレとは、なんとも申し訳が無い。
だってなぁ…。
正直言って、オレは初恋なんてまだだ。
なのでそういうのが克く理解できないんだよな。
だけど、それでも解ることは有る。
こういうのは誰だって、特に女の子には絶対的に大切なものだ。俔えそれが失恋に終わったとしても。
そんな理由で、オレとしても真摯な態度で応えたい。
軽率な行動で傷付けるなんてしたくない。
だから、何も解らずに取り敢えずなんて、そんな動機で交際するなんてことをしたくないのだ。
香織ちゃんからの改めての告白に、オレも本気の本音で応えた。
これが友人としての、否、オレのことを好きだと言ってくれた女性に対する責めてもの礼儀だ。
……で、結果は、
結果は結局、何ひとつ変わらなかった。
オレの返事を真っ向から受け取って、それでもなお変わらなかった。
「前にも言ったけど、それって純くんは今はその気が無いってことでしょう?
将来の純くんがその気だったら、何も問題は無いわけだし。
だったら諦める理由なんてどこにも無いってことでしょう?」
そう、香織ちゃんの言い分は前向きで、一応の筋は通っていた。
少し強引な屁理屈だけど、それでも否定できなかった。
というか好感を持ってしまった。
……なのに、なんでその気になれないんだろう。
正直、嫌いなタイプじゃないし、その直向きさはどちらかといえば好ましい。
でも、依然り恋愛感情が持てないんだよなぁ…。
なんかこれって女の子をキープしてるみたいで罪悪感が有るし、申し訳が無い。
だからこそ、断わってるんだけど……。
ああ、これじゃ堂々巡りだ。
本当、いつになったら答えが出せるんだろうな…。
我ながら、優柔不断で嫌になってくる。
香織ちゃんは歌い続ける。
もちろん、彼女自身の曲を。
確か自分で作詞したとか言ってよな。
つまりこれらは、全てがオレに向けたラブソングってわけだ。
普通の奴なら恐らくこれで確殺で撃墜だろうな。
ひとによっては堕ちるかもしれない程だ。
本当、なんでこんな子がオレなんかに…。
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夕刻、香織ちゃんを駅まで送る。
「今日は楽しかったわ。
ねえ、また今度連れてってくれる?」
香織ちゃんがオレに問い掛けてくる。
琥珀色の黄昏の中、彼女の微笑みがなお明るく映える。
言葉通りに今日は満足してくれたのだろう。
ただ、それでも依然りどこか寂し気を感じるのは、日没の闇が迫っていることと、これで今日が終わりと惜しんでるせいだろうか。
「なに言ってんだよ。それは今日だけの約束だろ」
そんな雰囲気の中で、敢えて空気を読まない台詞をオレは吐く。
うん、解ってる。どう考えたって陸でなしだ。
でも、未練を曳き摺らせるわけにはいかないのだ。
なんてったって、オレにはその気が無いのだから。
「もうっ、相変わらず非宜なんだから。
まあ肯いわ。また今度チャンスを狙えば可いんだし。でしょ?」
全く、香織ちゃんは滅げないよな。
まあ、それが良いところなんだけどな。
……気づけば随分と、香織ちゃんのこと好意的に受け止めるようになっていたようだ。
まあ、好意を向けられて嫌がるなんて、普通そんなに無いからなぁ。
▼
帰宅後、改めて振り返ってみた。
取り敢えず今日のデートだが、香織ちゃんもそれなりに満足してくれたと思う。
うん、接待デートは成功だ。
そう、接待。飽くまでデートは接待だ……。
まあ、オレもそれなりに楽しかったけど。
そう、楽しかったんだよなぁ…。
日頃疎ましいだけだった香織ちゃんの魅力ってのを、今日は改めて認識してしまったし、なんか香織ちゃんの思う壺って感じだ。
だけどそれが、決して嫌じゃなかったんだよなぁ。
どうやら今回は香織ちゃんの勝ちってことのようだ。
う〜ん、もしかして、オレってこのまま攻略されちまうんだろうか?
※作中の『純心』は『心が純粋で清らか』という意味合いですが、実は誰かの造語らしいく、熟語としては『純真』が正解です。ただ、イメージが伝わり易いかと思い『純心』としております。
因みに『純粋』は『混じり気の無い』という意味です。[Google 参考]
つまり、『純真』は『無毒』でも『純粋』はそれ自体が『毒』の場合が有るってことです。
※作中に『気遣い』という言葉が出てきたので、『使う』と『遣う』の違いが気になり調べてみたところ『使う』は『自分のため』、『遣う』は『他人のため』と目的の対象が違うようでした。
なるほど『周りの者に気を使う』(過敏に対処する)と『周りの者に気を遣う』(丁寧に対応する)、意味合いが違うので使い分けが必要なようです。[Google 参考]
※作者には珍しく『琥珀色の黄昏』なんて景色の描写をしてみましたが如何だったでしょうか?
『琥珀色』とは、JIS の色彩規格では『くすんだ 赤みの黄色』となっており、一般には『琥珀のような黄色みを帯びた茶色』のこと。
因みに琥珀は6月2日の誕生石だとか。作中の日付のタイミングが微妙にズレました。否、狙ってたわけじゃないですけど…。[Google 参考]
※作中に出てくる『滅げる』ですが、古語の『滅ぐ』が語源だそうで、意味は『壊す』。中四国地方では方言として使われています。
因みに夏目漱石は『三四郎』で『負げる』と当てているそうです。[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




