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第三節



 気が付くと、僕はまた高速道路の上を走っている。いまのは、なんだろう。完結したイメージ。憎悪。拍動。毒。全身を駆け抜ける悲しみ。痛み。眩暈。僕はそのまま鍵の束を手にとって、道路わきの電燈の光に照らした。大小様々の風変わりな鍵が、一緒くたにまとめてある。




 ステレオから低く流れていた音楽が変わっている。『ワルツ第7番』。抱えきれない憂愁を孕んだこの曲は、舞踏会で踊られるような優美なワルツとはどうしても結びつかない。終末と退廃のムード。晩年のショパンの苦悩が目に浮かぶようで、あまりに陰鬱。それでいて跳ねるように可憐。散る花はやがて地面に落ちる。その僅かな隙間を、世界の欠落を、至極の美を、そして死を、ここに永遠に縫い付ける。




 相変わらず他の車は一台も見かけない。対向車線にもヘッドライトは見当たらない。もうずいぶん走っているのに、インターチェンジもパーキングエリアも、ジャンクションさえない。道の両脇には等間隔に無表情な街灯が立ち尽くしていた。民家や工場も皆無。右手には海が、左手には山が、切れ間なく広がっている。ようやくひとつの看板を見つけた。しかし看板には簡単な矢印がひとつ書かれているだけ。真っ直ぐ前に伸びる純白の矢印が闇に浮かぶ。地名や距離は書かれていない。すっと背筋が冷たくなる。




 落ち着きを取り戻そうとしてか、あるいは習慣か、なぜだろう、僕は無意識に鍵の数を数え始めた。どうせ他に車などいやしないのだ、事故の危険はないだろう。速度を少し落として、鍵のひとつひとつを点検しながら、ゆっくりと数え上げていく。1,2,3,妙に懐かしい、馴れた動作。12,13,既視感。前にも同じことがあった気がする。そこではたと気が付いた。数えてはいけない。鍵の数を数えてはいけない。数え終わる瞬間の悲しみを僕は覚えている。やめろ、やめろ、やめろ。数えちゃダメなんだ。よせ。




 18,19,20,僕の意思とは別に、僕の手は丁寧に鍵を数え上げる。23,24,25,26,―――26。鍵は全部で26個。26個?おかしい。鍵は全部で27個のはず。ひとつ足りない。足りない。鍵が足りない。どうして?




 パニック、とでもいうのでしょうか。僕は頭を抱えて、大声で喚いた。胸に焼け付くような痛みが走る。僕の中の醒めた部分は、だんだんと自身の意識が遠のいていくのを感じていた。フラッシュバック。僕は記憶を取り戻しつつあるのだろう。そこで思考は切れた。再び過去へ。




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