射的
文化祭を見て回っていると、屋台エリアに差し掛かった。縁日のような賑わいがあって、ただ見ているだけでもワクワクする。
輪投げ、スーパーボールすくいといったオーソドックスな物から、「世界のパズルに挑もう」という変わり種まで。なお、世界のパズル展をちらっと見た所、ハノイの塔が見えた。昔、ちょっとだけ遊んだ事があったっけ?
そうやってぶらついていると、不意に紗也が足を止めた。
「ジーー」
「どうしたんだ? おや?」
紗也の視線の先では、射的をやっていた。数ある景品の中でも、一等の景品が特に目立っている。それは……。
「大きなくまさんね」
「だな。欲しいのか?」
大きなテディーベアだ。抱き枕サイズのテディーベアが景品の陳列棚の頂上にドシッと座っている。
「可愛いなあ……。でも、欲しいって思っても取れるものでもないし……」
「確かに。でも、せっかくの機会だしチャレンジするのもいいんじゃないか?」
「うーん。そうね! やってみたいかな!」
「決まり。それじゃあ、行くか!」
◆
少々順番待ちをする必要があったが、無事俺達の番になった。
「それじゃあ、一人二発までですよー」
「「はーい」」
「それじゃあ、紗也。せーので撃とうな」
「りょーかい!」
「せーの!」
パチン! 輪ゴムの力を利用した鉄砲から弾が放たれる。軌道は悪くない……。これはもしかしなくても……!
「「あれ?」」
命中した。命中した物の、くまさんが倒れる事は無かった。というか、一ミリも動いていない気がする。先ほどまで微笑んでいたくまさんが、今は挑発的な笑みを浮かべている。(当然気のせいです)
「ざんねーん! 後一発ですよ!」
先ほどまで愛想が良かった店員さんも、今は挑発的な笑みを浮かべている。(当然気のせい……とは言えないか)
(これは……無理な奴だな。落とさせる気が無い……)
そう言う思いを込めて紗也を見る。紗也も困った顔をして俺の顔を見る。どうにかならないか? どうにか……。あ、そうだ!
「紗也。ここは俺達が編み出した禁断の魔法を解放しようではないか!」
「……? ッ! そうね! 使っちゃいましょう! 私たちが力を合わせたら、出来ない事なんて無いわ!」
「では改めて。構えて……せーの!!」
「『加速』」
「『アクセル』」
弾に加速度を加え、高速発射する。本物の鉄砲……よりは遅いが、輪ゴムで発射される物よりは確実に早い。
「「「おーー!」」」
紗也と俺、そして見ていた野次馬から歓声が上がった。二人が同時に発射した弾はくまさんの顔面に命中(ごめんね、くまさん)。衝撃に耐えられず、くまさんは後ろ向きに倒れ……
「「「あれ?」」」
明らかにあり得ない姿勢で止まった。具体的には、45°くらい傾いているのに、その状態のまま倒れないのだ。
「はい、残念でしたー! またの機会に!」
店員は慌ててテディーベアを起き上がらせようとする。しかし。
「おい、どうなってるんだよ! なんで、あんな姿勢で止まるんだよ!」
「おかしいじゃないか!」
「テディ―ベアの下、テープで固定してない?!」
「ずるいぞーー!」
「卑怯だー!」
野次馬から非難が飛ぶ。
これを聞いて慌てる店員。だが、冷や汗をかいているのは、店員だけではない。
(俺達も……)
(卑怯なことをしたから……)
((人の事を言えない!!))
罪悪感を覚える俺達兄妹なのだった。
「結局、くまさん、貰っちゃったね……」
紗也がつぶやく。
「なんだか、悪いことしたなあ……」
「でも、まさか『すみません、魔法を使って威力を上げたんで、僕らもずるかったんです! だから店員さんを責めないであげて!』とは言えないし……」
「そもそも言っても信じてくれないだろうし……」
「「今後は誠実に生きよう……」」
くまさんは紗也の部屋に飾られることになった。触り心地が最高だったので、時々モフモフしに行こうと思う俺であった。
◆
「そろそろお昼ね。何か食べなきゃね」
「だな。何を食べよう?」
「私、焼きそば食べたいかな。かず兄は?」
「俺はたこ焼きの気分かな」
「なるほどー! たこ焼きも良いわね! たこ焼き屋さんは……向こうだったよね?」
「焼きそば屋は向こうだから……。反対だな。別行動して、どこかで合流する?」
「ええ。それじゃあ、屋上で集まりましょ!」
「オーケー。んじゃ、俺はたこ焼きを買いに行きますか」
「またあとでねーー!」
…
……
………
「あ、かず兄、お待たせー! 待った?」
「いや、今着いたとこ。早速食べようぜ!」
「ええ!」
蓋を開ける。食欲をそそるソースの香りが辺りを漂う。
「「いただきまーす!」」
「ふーふー!」
熱いので冷ましていると、紗也がちらっとこちらを見て
「たこ焼きって冷やす必要があるから、嫌なのよね……。誰かが冷ましてくれるならともかく、そうやって冷やすのって面倒じゃない?」
と言った。
「まあ、その気持ちは分からんでもない。球体って単位体積当たりの表面積が最小だから、冷えにくいしね」
「えーと。そうね。表面積が小さい分、熱が逃げにくいって事ね。でも、やっぱりたこ焼きも美味しそうだな……。あーん」
ずいっと俺の方に近づく紗也。え? マジ? この箸、さっき口を付けたやつなんだけど? たこ焼きを吹いて冷やしたし……。
「え? た、食べる?」
俺は箸を紗也の方へと向ける。やばい、どもってしまった。変に意識してると思われたりないだろうか? いや、意識してるんだけれども!
「え? え? え、でも。えーと? え?」
紗也は箸と俺の顔を交互に見て、あわあわしだした。自分で言ったくせに、なんで恥ずかしがってるんだよ! まあでも、俺だけが慌てている訳じゃなくてよかった……のか?
「よし。パク!」
結局、たこ焼きに食らい付いた紗也。
「あちゅい、あちゅい! ハフハフ!」
まだ冷め切っていなかっただろうか?
「大丈夫?」
「だいじょーぶ。ありがと……」
それから、なんとなく気恥ずかしくなった俺は、紗也に話しかける事が出来ず。逆に紗也からも俺に話しかけてくることはなく。静かな昼飯になったのだった。




