魔法でズルを
今日の文化祭準備は、背景兼販売用の桜のコサージュの製作を行っていた。また、セリフを覚え切れていない人は、暗唱に時間を使っている。
コサージュとは女性が衣服につける花飾りの事。ドレスに薔薇を着けているのを見たことがないだろうか? あんな感じで使う物だ。なお、男性が衣服につける花飾りはブートニエールと呼称する。
俺達が製作するコサージュは二種類。一つは編み物で作るタイプの物。ピンク色の毛糸をかぎ針で編んで作るのだ。もう一つはレジンを使って作る物。以前、紗也にプレゼントした指輪を作る際に使った樹脂である。レジン自体は無色透明なので、そこにピンク色の着色液を入れ、型に流し込んで完成である。
俺は後者のレジン性の花飾りを行っている。「編み物よりも簡単そう」と思うかもしれないが、意外と面倒だ。例えば……
「暁? 気泡が入ってしもうたんやけど、どないしよ?」
「針でつついて、取り出す他ないかなあ……。あ、温風を当てたら、ちょっとは取り出しやすくなるかも。先生に言って、ヒーターが無いか聞いて来るよ」
「そんなことしなくても、日光に当てたら温まるんじゃね?」
「ダメーー! 日光に当てたら、紫外線を吸収して硬化が始まる!」
「なんか、凹凸が目立つんだけど、どうしたらいい?」
「紙やすりを買ってきたから、それで形を整えてくれる?」
「はーい」
とまあ、なかなか一筋縄ではいかない。普通は。
「暁が作るやつは綺麗だよなあ……。気方も入ってないし、表面も綺麗だし。何かコツとかあるの?」
「そう言われても、自分では分からないなあ……」
「職人の技って事か! そう言われたら、仕方がないなあ」
そう。俺が作る物は、ヒーターを当てたりしなくても気泡が全く入っていないし、後から紙やすりで削ったりしなくても表面がツルツルに仕上がっている。
もちろん、レジン工作に慣れていることも、上手に出来る理由の一つである。しかし、最も大きな要因は……
「よし。後は……『液体操作』」
小声でつぶやく。意識を目の前のレジンに集中。ドロッとしているレジン液がサラサラになるようにイメージ。そして、気泡が上に上がってきて、消えていくようにイメージする。
「よし。引き続き『液体操作』」
今度は、表面に凹凸が出来ないようにイメージ。上面が完全に水平になるようにイメージする事で、ほぼ完璧な仕上がりとなる。
後は、UVライトに当てるだけ! 完全に硬化するまで待ち、その後ニスで表面にツヤを出したら完成である。
「ムムム。難しいです……。手が三本欲しいですね……」
ふと、教室の反対側に目を向けると、シャルローゼさんが編み物をしていた。目にしわを寄せ、唸っている。分かる。編み物って、初心者の内は、「は? こんな事、手が三本無いと出来ないだろ!」と思えてくるものだ。
「お疲れ様、シャルローゼさん」
「あ、アカツキさん。いやあ、編み物って難しいですね……」
「ですね。楽になる方法はあるにはあるけど……」
「どうするんですか?」
「シャルローゼさん、紗也、俺にしか使えない方法といえば、ピンときません?」
「? ああ、なるほど!」
シャルローゼさんが糸に集中する。すると、毛糸が明らかに物理法則に反した動きをして、弛んでいる所、堅く結い過ぎている所を修正していく。
まだまだ不可解な現象が続く。彼女の手元では、糸か自ずと、かぎ針に引っかかってくれるのだ。その様子は、まるで糸に意志があるかのようで、原理は知っていても、不思議に思えてくる。
言うまでもなく、彼女は魔法で糸を動かしているのだ。魔法は自分に近ければ近いほど発動しやすいので、手元にある毛糸を動かすことはかなり容易と言える。彼女は魔法を巧みに操り、コサージュを仕上げていく。
「おかげさまで、良い感じに仕上がりました! えっと、これをどうすれば……」
「お疲れ様。向こうで集めてるみたい」
教室の前に「提出箱」なるものが置かれている。
「あ、なるほど。じゃあ、提出してきまーす」
「シャルローゼさん、完成したんですか? うわあ! 凄くお上手ですね!」
「あ、あはは。ありがとうございます」
完成品を提出したシャルローゼさんが、戻ってきて一言。
「なんだか、ズルをした気分になりますね……」
その気持ち、凄いわかる。というか、実際にズルをしているのだが。
さて、コサージュ製作と同時並行に別の作業も進められている。それが、手ぬぐい製作である。これもまた、背景として利用しつつ、最後には販売する予定である。
無地の手ぬぐいに、美術部がデザインした線画を写し、それに沿って刺繍しているらしい。小学校の時、「布に下書きをするにはチャコペンを使う」と習った覚えがあるのだが、今回の作業で使っているのは「チャコシート」と呼ばれる物だそう。トレーシングペーパーのように使えるそうだ。世の中には便利な物があるんだなあ。
完成品を見せてもらったのだが、なかなかに良いデザインの手ぬぐいだった。文化祭当日、俺も一つ買おうかな。売れ残れば、だけど。




