それは夜の街の出来事
夜。それは暗闇が空間を支配する時間である。さらに、ザーザーと降る雨が、不穏な雰囲気を醸し出している。
暗闇の中、見るからに高級そうな車が颯爽と走っている。車を運転しているのは執事服を着た男。後部座席に座っているのは青い目と長い金髪の女性である。
高速道路を降りた車は、市街地を走り抜け、郊外へと向かった。住宅街の間を進み、そしてある一軒のお屋敷の前に停まった。
"Here we are, miss."「到着しました、お嬢様」
"Thank you. So, this is..."「ご苦労様。それじゃあ、ここが……」
"Yes. We're gonna stay here for a year. Actually, you've come here several times. Do you remember?"「ええ。今日から一年間、ここで過ごすことになります。ところで、お嬢様はここに何度か訪れた事があるのですが、覚えていますか?」
「No. それよりも、私は日本に留学に来たのよ。私達は日本語で会話するべきよ。『When in Rome, do as the Romans do』 日本語では『ごーにいってはごーに従え』かな。」
「失礼しました。それでは、今日からは日本語で話しましょうか」
若干違和感がある、けれども流暢な言葉使いで日本語を話し始めた二人。どうやら女性は留学に来たようだ。留学生活が楽しみなのだろうか、女の子は笑顔である。
しかし、そんな楽しい時間は、突然現れた何者かの手によって終わる事となる。
"Put your hands up!"「手を挙げろ!」
「「?!」」咄嗟に手を挙げた二人。
"Good. Do not move. Otherwise, we'll shoot you."「動くなよ、さもないと撃つぞ」
覆面を被った怪しげな男達が二人の前に現れ、拳銃を突きつけた。もし、この状況を第三者が見れば「映画のワンシーンか?」と思うだろう。しかし、不幸なことにこれは現実である。身代金目当ての誘拐だろうか?それとも、他の理由があるのだろうか。いずれにせよ、ピンチであることに違いはない。
緊張に震える執事と少女。
そんな二人を縛ろうと、車からロープを引っ張り出す誘拐犯の一人。猿ぐつわも用意し、二人の自由を奪う。
"Stand up!"「立て」
二人を連れ去ろうとする誘拐犯。状況は最悪である。
最早抵抗する事が出来ない二人を見て、誘拐犯らは拳銃を下し、警戒態勢を解いた。まさにその時。
「「ぐは!!」」
誘拐犯の一味が一斉に腹を抑えた。少女と執事は何が起こったか分からず、ほけーとしている。
そんな二人の横に、どこからともなく人影が現れ、二人を後方に引っ張った。引っ張られる瞬間、地面の底が抜けたような感覚に陥り、二人は恐怖する。が、猿ぐつわのせいで叫び声を上げる事も出来ない。
何者かが二人を後方へと引っ張ったのを確認した誘拐犯の一人が、銃口を向ける。突然登場して、誘拐を邪魔しようとする第三者に裁きを与えようと発砲した。
しかし、発射されたゴム弾は第三者に当たることはなかった。まるで運動エネルギーを失ったかのように突然停止し、その後重力に従ってポテリとその場に落ちたのだ。
乱入した第三者が何かを呟く。すると、彼の周りだけ雨粒の落下が止まった。そして、空中に静止していた雨粒がピキピキと音を立てて凍る。
『行け』
第三者の声と共に、氷の粒が一斉に動き出した。氷の弾丸が、誘拐犯にぶつかる。氷の弾丸に殺傷力は無い物の、激しい痛みが誘拐犯を襲う。
さらに第三者は水を操り、鋭利なツララのようなものを生成した。発射されたそれは、誘拐犯の車のタイヤにぶつかる。
――バン!
タイヤが破裂し、爆発音が夜の住宅街に広がった。
その音に驚いたのか、近隣の住宅の灯りが着いた。また、サイレンの音も鳴り響いている。
"F○ck! Our plan has gone awry. Hey, leave here before police arrives!"「ちくしょう。失敗したか。おい、警察が来る前に逃げるぞ!」
誘拐犯らは逃走した。パンクした車で……。
執事と少女を縛っていたロープと猿ぐつわが外される。何者かの登場で、二人は助かったようだ。
お礼を言おうと振り向く少女。しかし、その時には第三者の姿は無かったのだった……。
◆
二人を助けた少年は「あれ? なんか俺も逃げ出したけど、あの場に残っておいた方が良かったのでは?」と言いつつ、自宅の扉を開けた。
「おかえり、和也。雨の中ご苦労様。目的のアイス、あったか?」
「姉さん! さっきヤバい物を見ちゃったんだけど!!」
「お、おう。何があった?」
彼は姉に先ほど見た非現実的な出来事の一部始終を説明したのだった。




