海流に身を任せて
俺達はいつぞやに紗也とやった雪合戦ならぬ水合戦をすることにした。魔法で水を撃ち合う。ただそれだけのシンプルなルールだ。逃げるのはありだが、魔法を使って防御するのは無しとしてある。今回は三人とも水着。濡れる事を心配せず、ひたすら撃ち合うのだ。
改めて言葉にすると、凄く面白くない遊びに聞こえるが、いざやってみると鬼ごっこ要素と射的要素があって実に楽しい。
二年前も水鉄砲を使ってこの遊びをしたのだが、今年は飛び交う水の量も威力も違う。水鉄砲で攻撃されてもびっくりするだけで終わりだが、今回の水合戦で飛んでくる水の塊は、直撃するとドッジボールで当てられた時と遜色ない衝撃が襲う。
液体を飛ばしているはずなのに、この衝撃。水の量と威力が桁違いに大きいことが分かるだろう。
しかも、紗也と遊んだ時とは違い、今回は姉さんも参加している。三つ巴となった水の撃ち合いは、それはもう混沌を極めた。紗也を狙っていると横から姉さんに攻撃されるし、姉さんから逃げていると、いつの間にか巨大な水球を用意した紗也が目の前に現れるし。
「……二人とも、俺に集中攻撃してない?」
「「……」」
「否定しないのかよ! 俺って嫌われてる?」
「違うぞ。私は和也が好きだから狙っているのだ。つまりは愛情表現の一種だ。紗也もそうだろ?」
と姉さんは言う。これが愛情表現なら、俺は姉さんをドSとせねばならない。
「そうそう! 私もかず兄が好きだから狙ってるの。愛情表現よ」
紗也も姉さんにつられて、言う。
「え? 紗也、俺のこと好きなのか?」
「きゃー! 紗也ったら、突然告白なんて大胆~!」
「――!! 慧姉に嵌められたーー!」
「うわ! ちょっと、紗也に裏切られた! これはやり返すしかないわね」
結局、徒党は無くなり、三人ではしゃぎ尽くしたのだった。
◆
「はあーー。疲れたわね……満足満足」
「俺もヘトヘトだよ。久しぶりにこんなにはしゃいだな」
「いやあ。研究ばかりで体は動かしてなかったからなあ。もうクタクタだよ。浮き輪でのんびりしたいわ。紗也、浮き輪類取りに行ってよ」
「やだよ。かず兄お願い」
「ええーー。もっと可愛く言ってくれたら考えるけど」
「かずお兄ちゃん、お願い♪(ハート)」
「「……」」
「ちょっと! 無言はやめて!」
結局、俺が取りに行った。まあ、紗也も頑張った事だし、ここは俺が行かないと。
さて。浮き輪も筏も水に浮くので、持ち運ぶのは楽……と思っていたが、実際には結構大変だ。
そもそも、水中を移動するだけでも苦労する。泳ぐには全身の筋肉を使うし、歩くにも水の抵抗に阻まれて陸上よりも苦労する。
そう。いっそモーターボートが如く、水中を泳げたらいいのに……
「待てよ。魔法で水をジェット噴射させたらいいのでは? 早速試してみよう!」
筏に乗り込んで、水を動かす!
「おお! 成功だ! モーターボートのように水が噴き出し……て?」
筏の後ろでは水が激しく噴き出しており、その様子はまさにモーターボートのようである。しかし、テンションは一気に下落した。全く筏が進んでいないのだ。なぜ失敗したんだろ?まあいいや。ここで検証していては、姉さんたちを待たせてしまう。諦めて、押していくとしよう。
◆
「って訳で、なんとか進めるようにならないかな?」
「……凄い水しぶきを上げているのに、全く進んでないのはちょっと情けないわね」
「なるほどなあ。和也が思い浮かべるイメージとはちょっと違うかもしれないが、魔法で進むことは出来ると思うぞ」
「お! 流石姉さん。教えて教えて」
「魔法に詳しい科学者。慧姉ってすごいわね」
「まあ、二人が魔法と呼ぶ物が、ある程度物理法則に当てはまるからな。早速答えを言うとだな。二人は魔法を撃ちだした時、反動を感じるか?」
「反動?」
「特に無いわね」
「「あ!」」
「息ぴったりだな。(長年連れ添った夫婦……いやそれ以上だな。)二人も分かったようだが、魔法で何かを噴出しても、自分に反動が来ない。運動量保存則に反してるんだ」
「「運動量保存則?」」
「気になったら後で調べてみてくれ。ともかく、反動が無い以上、水を噴き出しても前には進めない。だから、『和也が思い浮かべるモーターボート』は再現できないな」
「そりゃ残念」
「で、他に案があるのよね?」
「ああ。少なくとも、水の流れを生み出すことは出来るんだろ? 筏の下に海水の流れを作ればいい。海流に流されるイメージで」
「「なるほど!」」
「早速やってみるわね! 『ウォーターフロー』! 出来たわ!」
紗也を乗せた筏がスイスイと水上を進んでいる。何とも不思議な光景である。
「姉さん。これって俺自身を高速移動することも出来るよな?」
「自身の周りに海水の動きを作るってことか? 出来るんじゃないか?」
「やってみるか。そりゃあ!」
イメージするのはペンギン。俺は自身を覆う海水と共に、海中を飛ぼうと意識する。
(よし、成功だ)
水中をペンギンのように、もしかするとそれ以上に、高速で移動しながら、紗也の乗る筏に近づき……
「やっほ!」
トビウオのように海面に飛び出した。
「きゃあ! か、かず兄? びっくりした……」
「おう。俺も乗せてくれや」
「いいわよ。……酔わない? 大丈夫?」
「さっき、薬飲んだ」
「それなら大丈夫かな。一緒にクルーズを楽しみましょ」
「姉さんも誘おうよ」
「ええ、もちろん」
なお、姉さんは「私は遠慮して置く。三人だと少し狭いだろ?」と言ったので、結局紗也と二人でクルーズを楽しんだ。
いい思い出になったと思う。
◆
慧子「二人のクルーズを邪魔するほど私は野暮じゃないよ。……待てよ、和也が私を誘ったのって、紗也と密着したかったから? 私はどうするべきだったのだろうーー!?」
慧子は浮き輪の上で答えのない疑問に頭を悩ませるのだった。




