蔵の中には
さて、俺こと暁 和也はちょっと中二病を拗らせている以外は特徴のない高校一年生だ。中二病を自覚してる間はまだ中二病じゃないって?それは一理あるかもしれない。まあ、なんだ。自分が中二病であることを周囲に隠そうとするくらいの判断力は残っている中二病だと思ってくれればいい。
さて、俺は今、先祖代々受け継がれてきた「蔵」の前に立っている。国宝級の品が眠っているかも、なんて期待を抱いてしまうのは人の性なのだろうか?実際には大したものは入ってないと頭では分かっている者の、ついつい期待を抱いてしまう。
「なあ、かずやぁーー。ほんとにここを片付けるのかあ? 私、嫌なんだけどーー」
「俺だっていやだよ、姉さん。というか、天才発明家を自称している姉さんなら、自動片づけロボットとか作れないのか?」
「それは流石に無理だな……。いや待てよ、前に作ったパワードスーツを使おう。 ちょっとは楽になるんじゃないか?」
「あ、それはナイスアイデア」
「取りに行こうか」
「だな」
俺の隣に立つ、白衣を着た女性。彼女の名前は暁 慧子。実の姉だ。彼女は自他ともに認める天才発明家で、大学一年生にして5つの研究室のプロジェクトに関わっているらしい。
「忙しそうだね。あんまり無茶したら駄目だぞ」と心配したこともあった。だが、姉さんは「ははは。私を誰だと思っている? 私は天才発明家だぞ? 『一年間かけて完成させて欲しい』と言われた作業を1週間で終わらせた上で、それをあたかも一か月かかったように見せかける事くらい容易いのだよ」と言った。天才だからこそ出来る所業である。
「そういえば、紗也は? 何でいないの?」
「ああ、紗也は詩織さんと買い出しだぞ」
「逃げおったか、あいつ」
「いや、逃げたわけではないと思うが……」
暁 紗也。彼女は俺の幼馴染であり、従妹でもある女の子だ。ちなみに、詩織さんは紗也の母である。つまり、俺達の叔母だ。
「まあいい。ともかく、パワードスーツを取りに帰ろう! いやあ、中学生の私よ。今もなお、あのスーツが役に立ってるぞ」
「ほんとだよな。俺が中学の頃に作ったものなんて、黒歴史の塊でしかない……」
「黒歴史か? 和也の詩集、私は結構好きだったぞ。『いつからだろう この世界が曇って見え始めたのは』だっけ?」
「やめてくれぇーー」
御覧の通り、俺達姉弟の仲は大変良い。
◆
姉さんが作ったパワードスーツは、青色を基調としアクセントカラーとして紅が使われている、カッコいいデザインの動作支援ロボットだ。ロボット本体の重さと大きなバッテリーを合わせた重量は相当なものだが、装着後スイッチを入れると、まるで何も着ていないかのようにサクサク動く事が出来る。そして、着ている間はかなりの重さの物もひょいと持ち上げる事が出来る。
「じゃあ、蔵へ向かうか。これを着て歩くのはちょっと恥ずかしいな……」
と姉さんは愚痴を言う。
「カッコいいデザインではあるが、目立つことは確かだからなあ……」
そして、俺もそれに同意した。
こうして、すれ違う人に好奇の視線を向けられながら街中を歩くことになってしまった。
さて、パワードスーツを着た俺達はせっせと蔵の中の物を外に運び出す。何も入ってない古びたタンス。今となっては使いどころがない石臼。正直、全部ゴミにしか見えないが、それを決めるのは、後から来る大人達の仕事である。和也達に出来る事は、薄暗い蔵から物を運び出す事だけである。
かれこれ1時間ほどかけて、全ての物品の運び出し作業が完了した。パワードスーツのおかげで筋肉はそれ程疲れていないが、精神面ではもうくたくただ。早くこの埃っぽい空間を後にしたい。
「やっと終わった……。後は、大人勢が来てから、必要な物とそれ以外を分けて軽トラに積み上げる作業かな」
そして、ゴミを載せた軽トラは粗大ごみの収集所へ行き、必要な物品は別の場所に運ぶって流れだな。
「そうだな。詰み上げ作業もパワードスーツを使った方がよさそうだな」
と言って、姉さんがその場で軽くジャンプした。ウィン!という音を出しながら、彼女の四肢がスムーズに動く。改めて思うが、凄い機械だよな。普段運動をしない姉さんが相当の高さまで飛び上がっているのを見ると、改めてパワードスーツの性能を理解させられる。
と、ジャンプした姉さんが地面に着地した時、蔵の中に嫌な音が響き渡った。
――ミシ!
「なあ、さっき変な音が鳴ったきがするんだが?」
「確かに。この蔵も古いからなあ」
古いことも原因ではあるだろうが、一番の原因は姉さんが飛び上がった事だろう。そう思ったが、わざわざそれを指摘するのは辞めておく。
パワードスーツって結構な重さなんだよな。それがジャンプしたんだ。相当の力が床にかかっただろう。
――ミシミシ!
――ミシミシミシ!
――バキ
「「へ?」」
床が消えた。ジャンプした衝撃で脆くなっていた床は、(人+パワースーツ)×2の重さに耐える事が出来なかったようである。
「「痛!!」」
一階の床が抜けても、せいぜい床下50cmくらいしか落下しない。そう高を括っていたものの、実際に俺たちを襲ったのはかなりの衝撃であった。
「まさか床が抜けるとは……」
「そうだな……。お爺ちゃん達に報告しないと。……うわ」
「? ……!」
姉さんにつられて上を見上げた俺。真上に穴の入り口が見える。そう、穴の入り口は見上げないと見えない高さにあるのだ。どうやら、俺達は3mくらい落下したようだ。通りで痛い訳だ。
「なんでこんなに深い……?」
「昔はここが地下室だったのかも。暗くて全貌は分からないが、少なくとも両手を伸ばせるくらいの広さの空間がある」
「なるほど」
俺はあたりを見渡す。確かに、ここは「陥没した穴」というよりは「意図的に作られた地下空間」のように見える。
そうしてヘッドライトの光をあちこちに向けていると、奇妙な物が目に入った。
「……なあ、あそこに何か置いていないか?」
俺は暗闇の奥を指さす。ヘッドライトで薄く照らされたそこには木の箱が置かれていた。
「確かに何か置いてあるな。宝箱だったらいいな!」
姉さんと俺は目的の物に近づく。それは木の箱では無く、石の箱であった。じっくり観察すると、蓋には文字が彫られており、『祈神術』と書かれている。
「きしんじゅつ?って読むのかな」
「漢文読みするなら、『神に祈る術』かな? 実は俺たちの先祖は宗教関係者だったとか?」
「そうかもしれないな。とすると、中には儀式に必要な物が入っているとか?」
「そう聞くと怖いな……。姉さんが開けてよ」
「そうだな」
姉さんは全く物怖じせずに、蓋ををそっと持ち上げる。中身を確認した姉さんは「大丈夫だ、ほら」と俺に声をかけた。
「そ、そうなのか……? なるほど、『本』か」
そう。中には一冊の本が遺されていた。樟脳の独特な香りが鼻腔をくすぐる。
先祖が遺した古代の本。中二心がくすぐられるなあ!
早く読んでみたい!そう思ったが、取り敢えずまずは蔵の片付けに専念しよう。




