私とあなたの道
私は、死んでいる。
目の前には青い空。おっきな入道雲。真っ直ぐな道。カンカン照りの太陽。
遠くに誰かの声がした。
ふと自分を見てみた。
いない。何もない。
足も手も、見慣れた自分のパーツが何ひとつ見えない。
身体がないってことは顔もないのだろう。じゃあ今私はどうやって見たり聞いたりしてるのか。謎である。
解決できそうにない疑問はさっさと捨てて、とりあえず前に歩いてみることにした。
足はないけど。
いつもしているように歩いた。
視界が前進したので、歩けたみたい。
姿が見えないだけで、身体の仕組みはそんなに変わらないのかもしれない。
せっかく意識があるのだから、会いたい人に会っておこうと思った。
記憶を辿って大切な人たちを思い出そうとする。
あれ?なんにも思い出せないや。おかしいな。
たしかに大切な人はいたはずなのに、誰も思い出せなかった。名前、顔ですら。
ただ、ぼんやりとした黒い影が私を見ている姿だけ頭に浮かんだ。
考えながら歩き続けていたら、
「そこの君。」
若者みたいなお年寄りみたいな、女の人のような男の人のような、全部の声が交じったみたいな声がした。
声がした方を見たら、道の脇に小さな家みたいなものがあった。
すごく小さくて石でできていて古めかしい感じがした。ずっと昔からここにあったのかもしれない。この辺りにはそれしかなかった。
どう考えても人が入れるような大きさじゃないその小さな家からもう一度声がした。
「進むのかい?戻るのかい?それとも両方?」
正直意味がわからなかった。
「進むってどこへですか?戻るって?というか、あなたは誰?」
「そうか、覚えていないのか。いや、ならよい。私は知っている。君は進みながら戻り続けるんだ。今は止まっておるがね。」
「進みながら戻るなんてできるはずがないでしょう。」
「今までもこれからも、君はずっとそうしてきたよ。」
質問の答えが答えになっていない。
会話は繋がらないし、大切な人は思い出せないし、仕方がないので大切な人を探すために歩き出すことにした。
一応挨拶も忘れずに。
「さようなら。」
「はい。さようなら。次はいつの君に会えるのか、楽しみにしているよ。」
そして、一歩踏み出した。
その瞬間。あらゆる場所から産声があがった。
母親が子供を抱く。
笑う顔。何も言わない顔。ショックを受けた顔。泣いている顔。汗びっしょりの顔。幸せそうな顔。
たくさんの顔が私を見ていた。
私は泣いていた。必死になってないていた。怖くて怖くてたまらなかった。新しい何もかもに怯えていた。
もう一歩進んだ。
私は元気だった。大人しかった。おしゃべりだった。何も話せなかった。 男の子だったり、女の子だったり、そのどちらでもなかったりした。
さらに進んだ。
成長した私は、たくさんの人を助けた。傷つけたり殺したりした。人を愛した。愛されなくて苦しんだ。何も感じられないときもあった。
さらに進んだ。
私は、母親だった。産まれてきた子を抱いた。父親だった。誰かのために働いた。1人だった。たくさんの人といた。自分の命より大事な存在がいた。孤独だった。
そして、さらに進んだ。
私は終わりを待っていた。恐れていた。望んでいた。
そして、その時がきた。
大切な人の声がした。だんだん薄れていく。
私は道を歩いていた。身体は見えないけど。たぶん歩いてる。