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心中

作者: みどりのいと

私には二年前まで、旦那様が居ました。

今は娘と二人で暮らしています。

いえ、正確には使用人も数名住み込みで働いているので、13人で暮らしています。

旦那様がいらっしゃった時のことは今でも鮮明に思い出せます。

出て行かれた時のことは今でも夢に見るくらいなのであの日のことは全て覚えています。


よく晴れた夏の日でした。

前日は大雨の嵐でしたが、綺麗に晴れて気持ちよかったのを覚えています。だから、隣に眠る旦那様に「昨日と違って快晴ですよ。」と声を掛けようとしたところ、旦那様がベットから居なくなっておりました。

先に起きて、お仕事をなさってるのかと思ったら、書斎に封筒がありました。

そこに、離縁してくれ。と書かれた紙が入っていました。

驚いていると、ハラリともう一枚紙が入っていたのか足下に落ちてきました。


離縁届けです。


離縁届けに旦那様の記入欄だけ書かれた紙が同封されていました。

視界がぼやけてきました。

大事な書類を汚す訳にはいかず、涙のシミをつくってしまわない様に封筒にしまって少し高い位置にある棚に一度おきました。

私の目からは止めどなく涙が出てきます。

何故なのでしょう?

私は何かしてしまったのでしょうか。

私の何が悪かったのでしょうか。

普通の夫婦の様に喧嘩することもありました。

たわいもないことです。

翌日には仲直りもしていました。

今までの喧嘩の中で旦那様にとって消化不良があったのですか。

私に飽きたのですか。

他所に女を作ったのですか。

もし、そうだったら許しません。

私は今でもあなたを愛しているのに。

ああ、もしかして。

私の愛が重かったですか。

耐えきれなくなりましたか。

そんなことはないでしょう。

あなたも私のことを愛してくれているはずです。

別段裕福な家ではありませんでしたが、食うに困ることもないですし、娯楽も高くなければまぁ楽しめる位にはお金だってあるじゃないですか。

だって、我が家は伯爵家ですよ?

特に我が領地は荒れることもないからかもなく不可もなく領地経営だってしていたはずです。

私だって少し手伝っていたので大まかなことはわかります。

特に難しいことは無かったはずです。

何故ですか。

何故、私を、私たちの娘を置いて何処かにいってしまわれたのですか。




何時間経過したのでしょう。

「家令がお昼休憩にしましょう。」

と呼びにきてやっとまだ泣いていることに気づき、慌てて拭います。

今日はもう仕事ができない旨と旦那様が出ていかれたことを話しました。

目が腫れて開かないので手を引いてもらいながら、心が落ち着くはずだと一度お風呂に入る様に言われてお風呂に入れてもらいました。

少し落ち着いて来ました。

涙も止まり視界も頭もクリアになって来ました。

旦那様から最後の手紙と思われるあの手紙は見たくないもの箱に入れてしまおう。

と思いつきました。

私は小さい頃から見たくないものは見たくないもの箱に入れ鍵をかけて手元に置いておく習性がありました。

鍵は常に持っていて、誰にも開けられないと同時に自分への戒めとしてもっておく様にしていました。

お風呂から上がり髪を乾かし、書斎に戻って手紙を棚から取り出します。

濡れてませんでした。

自分の涙でくしゃくしゃになってればと思いました。

そしたらこれは無かったことになると思ったのですが……

ダメでしたね。

あの時の私はファインプレー過ぎます。


自室に戻って、机の三番目の引き出しにある見たくないもの箱に封筒をいれ、離縁についてはなかったことにしました。

社交界にたくさん出る家ではないですが、お付き合いがあるので、旦那様は領地を発展させるため、世界各国に視察に行くという名目で社交界に出れないことにいたしましょう!

名案です!

娘には旦那様はお仕事です!と言えばいいですしね。

あーーー。さっきの家令には箝口令をひいときましょう。

まぁ、あの優秀な家令です。

きっとまだ誰にも話していないはずです。

これでまだ私たちは夫婦です。






****

そして、冒頭にもどります。


何故二年前に居なくなった旦那様を思い出していたのか。

いえ、一日たりとも忘れたことはございませんが、こんなにもしっかり思い出すのは久しぶりです。まぁ、それは置いときましょう。

答えはその旦那様から手紙が届いたのです。

かなり遠いところからでした。

曰く、(子供にゴム毬をつかせるな。その音が私の耳に聞こえ、私の心臓を叩くのだ。)

とのこと。

私は急いで娘からゴム毬を取り上げました。

娘は泣きそな顔をしていましたが、旦那様のことを話すと、その小さな顔を縦にコクンとさせて頷きました。



またお手紙が届きました。差し出しの郵便局は前回と違うところでした。

(子供に靴で学校に通わせるな。その音が聞こえてくるのだ。その音が私の心臓を踏むのだ。)

急いで、娘の靴をすべて燃やして、フェルト靴を用意させました。

すると、娘は泣いて学校に行かなくなってしまいました。

二通目の手紙から一カ月経った頃にまたお手紙が届きました。その文字は何故だか急に老いが感じられました。

(子供に瀬戸物茶碗で飯を食わせるな。その音が聞こえてくるのだ。その音が私の心臓を破るのだ。)

私は娘が三歳児かの様に自分のお箸でご飯を食べさせました。

東洋かぶれということで惹かれ合った私たちです。

家には東洋のモノがたくさんあり、ご飯も珍しく米を主食として用いることが多い我が家は当然のように瀬戸物茶碗がありました。

娘が三歳だった頃は旦那様もいて楽しかった事が多かったと記憶しています。

思い出すと泣けてきます。

娘は勝手に食堂に入り込み、茶碗持ち出してきました。それを目ざとく見つけてしまった私は庭石に投げつけました。

旦那様の心臓が破れる音。

そして私は、急いで私の茶碗と保管していた旦那様の茶碗も持ち出し、娘の茶碗同様投げつけました。

さて、これは旦那様の心臓が破れる音ではないのでしょうか。

食事のテーブルも倒してやりました。

この音は何の音でしょう?

全身を壁にぶつけてみました。痣が出来そうなくらい痛いですが。隣の和室の槍襖へ体当たりもしてみました。

すると、当然の如く、襖の奥の部屋に転がり出ました。

ねぇ、この音は何でしょう?

「お母様、お母様、お母様。」

娘の目には狂気で血走った赤い目の私が映っていました。

ですが、泣いて飛んできた娘の頬をピシャリ。

ねぇ、この音を聞いてくださいまし。

その音に木霊する様に旦那様からお手紙が届きました。今までとは、かなり遠いところからでした。少し、本当に世界各国を回ってるのかと頭によぎりお手紙を開きました。

(お前たちは音を一切立てるな。襖の開け閉めで音を立てることも、時計が時を刻むことも、呼吸をすることも許さぬ。)

「お前たち、お前たち、お前たちよ……。」

私の口からお手紙の冒頭が溢れました。

目からは涙も溢れてきます。

ポロポロポロポロポロポロ。

その後私たちは音を立てなくなりました。

永久に微かな音も立てなくなりました。

この意味わかりますか。




つまり、私と娘は死にました。

永眠です。

そして、不思議なことに、私の旦那様も枕を並べて死んでいました。



お陰様で我が家の噂話は何代にも渡り親から子へ語り継がれる様になりました。

私は今地縛霊となりながらこの地を見守っています。誰かが私たち家族を忘れない限りこの地にしがみついて幸せそうな家族を覗き見しては、羨ましがるのだと思います。

今までの様に。


fin

個人的に好きな心中を異世界風(出来てないけど)にミックスさせたら、心中ってお話を読んでくれる人増えるかな?って思って書きました。本家様は見開き1ページと2行しかありません。良ければ是非。

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