前編 「少女は人形を愛で、五人囃子の仲人を気取る」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
雛祭りが近い二月末から三月初頭の時分は、女の子がいる御家はバタバタと慌ただしくなるよね。
ひなあられや白酒の買い出しに、晴れ着の衣装合わせ。
それに何と言ったって、雛人形の飾り付けだね。
阪堺電車沿線の町屋に飾られているような、芸術的歴史的価値の高い物じゃないけど、我が枚方家にも御雛様はキチンとあるんだ。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが一人娘の私のために、大阪は松屋町の人形店でジックリ吟味してくれたのが。
キリッとした男雛に、優しい笑顔の女雛。
それに、個性豊かな三人官女に五人囃子。
御顔も衣装も精巧に出来ていて、いつも私が遊んでいるお人形とは雲泥の差。
だから雛人形を飾れる今の時期が、幼稚園の頃から楽しくて仕方なかったの。
だけど小学校に入学して何年か経ち、それなりに知恵を付けてきた今になると、飾り付けを楽しみながらも、それと一緒に色んな事を考えちゃうんだ。
「あのさ、お母さん!男雛と女雛って、カップルだよね?」
牛車を始めとする道具類を箱から出しながら、私は前から気になっていた疑問を母にぶつける事にしたんだ。
「ええ、そうよ。京花ったら、何を分かり切った事を聞くのかしら?」
雪洞を組み立てる母の返事は、至って何気ない物だったの。
とは言え、今の答えは予想がついていたけどね。
「じゃあさ、お母さん。三人官女に彼氏っているのかな?」
これからが本題だよ。
私の声色も、自ずと改まっちゃうね。
「そうね、京花…三人官女は五人囃子と付き合っているのよ。同じ職場だし、気心も知れてて通じ合う物があるんじゃない?」
少し首を傾げた後に示した母の答えは、一応の筋が通っていたの。
だけど、その答えにはまた別の問題も生じてくるんだよなぁ。
「それだと五人囃子が二人余るよね、お母さん。」
私は五人囃子の両端に配置された、大鼓と謡の人達を指差したの。
真ん中の方にいる三人は、上段の三人官女とペアになっていそうだから、両端の二人があぶれているように見えるんだよね。
「そ…それは…」
お母さんったら、見事に口ごもっちゃって。
「もしかして、お母さんが見てる昼ドラみたいに、三人官女の誰かと三角関係になってるのかな?」
だからついつい、こんな邪推が浮かんじゃうんだ。
「まあ…京花ったら!」
「それとも、五人囃子であぶれた二人が男同士…」
お母さんの咎めるような声もお構いなし。
私の危険な妄想は、下り坂でブレーキが壊れた自動車みたいに大暴走だよ。
「もう…子供は変な事を気にしなくって良いの!さあ、京花…後の飾り付けはお母さんがやっておくから、京花は明日の学校の用意でもしておきなさい。」
「チェッ、これからが良い所なのになぁ…」
半ば強制退去のような形で、和室から追い返されるまでの話だけどね。
自分の部屋へ戻っても、私の頭は五人囃子の残り二人の事で一杯だったの。
「要するに…女の人を二人追加したら良いんだよね。」
大正時代の名家の雛人形だと、五人官女という豪華な物もあったみたい。
だけど今日における日本の住宅事情を考えると、そんな大規模な雛人形を飾るのはなかなか難しいよ。
我が枚方家の雛人形だって、随身や仕丁の省略された簡素版だし。
それに官女の雛人形を二体買い増しするのも、小遣いの乏しい小学四年生の私には非現実的だしなぁ…
「ここは一つ、有り物で間に合わすしかないか…」
そうして一念発起してみた私は、あぶれた五人囃子のお見合い相手探しと洒落込んだんだ。
雛人形の相手役としては、日本人形がピッタリだろうね。
ところが私の家には市松人形も舞妓人形もなくて、辛うじてあった和風の人形は、民芸品のコケシ位。
「せめてジュリちゃん人形の振袖衣装でもあれば良かったんだけどなぁ…だけど、お年玉は『マスカー騎士777』の変身ベルトに使っちゃったし…」
そこで目についたのが、居間に置いてあるフランス人形だったの。
廉価品だから顔はソフビだけど、フリッフリの赤いドレスの華やかさは、雛人形の御着物に引けを取らないよ。
西洋と東洋の違いはあれど、レトロな人形同士で相性は良いかもね。
「あと一人は…これしかないか。」
首を傾げながら私が手に取ったのは、今テレビで放送している特撮ヒロイン番組「不可思議少女ヤマトなヒミコ」のアクションドールだったの。
巫女を模したコスチュームに変身した、主人公の大和ヒミ子のフル可動ドール。
現行放送番組の人形だから歴史性も何もあった物じゃないけど、着物をベースにしたコスチュームは布製だから、雛人形の相手役も何とか務まりそうだよ。
「ゴメンね、五人囃子さん。サブヒロインの豊玉イヨ子もあれば、統一感が出たんだけど…」
五人囃子の両端にフランス人形とアクションドールを飾りながら、そう私は呟いたの。
とは言え、私は不可思議少女シリーズのアクションドールは主人公しか持ってないから、軍服姿の「オレルヤ・ジャンヌ」やナース服の「白衣のフローレンス」だと、御雛様の世界観に合わないよね。
「うん…これはこれで良い感じじゃない!」
リニューアルした雛壇を眺め、私は満足感に何度も頷いたの。
太鼓の人にはフランス人形が寄り添い、謡の人の肩を大和ヒミ子のアクションドールが抱いている。
彼女さんが出来たからか、五人囃子の顔も心なしか嬉しそうだよ。
その翌日。
登校した私は、クラスの友達に昨夜の一件を得意満面で話したんだ。
「要するに私は、ちょっとした仲人さんって事になるのかな?」
だけど私の話を聞き終えたクラスの友達は、そっと眉を潜めてしまったんだ。
「止した方が良いよ、京花ちゃん…御雛様みたいな節句人形でイタズラするなんて。」
「そうだよ、京花ちゃん。剣道をしている親戚のお兄ちゃんが通っていた道場でも、五月人形の祟りがあったって噂があるし…」
オマケに、こんな事を口々に言って来るんだから。
「オーバーだなぁ、牧野ちゃんも白雲ちゃんも…大体、家のお雛様は人形店で買った新品だよ。牧野ちゃんの話みたいに、骨董屋で買った呪いの金太郎人形とは訳が違うよ。」
クラスメイトの話は笑い飛ばしたものの、下校した私は母に大目玉を食らわされちゃったの。
「イタズラをした仕返しに、お雛様達が夢に出てきても知らないわよ!」
こんな風に母に脅されながら、私はフランス人形とアクションドールを渋々片付けたんだ。




