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留年の末の決断

こちら厄介事万請負所~王都に恋の嵐が吹き荒れる?~のあとの紅蓮とノアールのお話

そちらを読んでからの方が楽しめると思います


「オレ辞める」


 唐突に告げられた言葉にノアールの思考が停止する。

 紅蓮は思い付きで行動することが少なくない男だが、今回は特に前触れも無くいつも以上に突然だった。


「……………なにを?」


 漸く口に出来たことはそれだけ。


 朝食のスープを食べようとスプーンを持ち上げたままで止まっていた腕は、麻痺していた声帯が震えた所でピクリと反応しゆっくりと下ろされた。


 なんだか悪い予感しかしない。


 青い瞳をキラキラと輝かせて破顔している紅蓮は移動陣が繋がった早朝にそれを使って戻ってきた。

 寮には一年生と二年生が多く、殆どの学生は三年生になると下宿へと部屋を移って行くので残っている上級生はノアールと紅蓮しかいなかった。

 下級生は二人を遠巻きに見ながら、気を使ってくれるので混んでいる時間に食堂や風呂へ行ってもサッと場所を空けてくれ逆に申し訳ないぐらいだ。


 今は時間が早く食堂には人が少ない。


 朝食中のノアールの前に現れた紅蓮は向かいの席に腰かけて、開口一番に「オレ辞める」とのたまったのだ。


「学園」

「――――ちょっと!それって」

「止めても無駄だ。もう決めた」


 椅子を蹴立てて立ち上がったノアールを悠然と見上げて、紅蓮はほんの少しだけすまなさそうな顔をする。


「学園を辞めてどうするの!?」


 悲痛な叫びに滲む寂しさと困惑は、人気の少ない食堂の空間の中で虚しく木霊する。

 食事を作るおばちゃんが何事かとこちらを窺っているが今は知ったことではない。


「便利屋家業に本腰入れようと思ってる」


 所長であるレットソムがカメリアと結婚し、これからは今までよりも本格的に仕事の依頼をこなしていくとはいわれていたが何故紅蓮が学園を辞めてまで厄介事万請負所を盛り立てて行かねばならないのか。


「なんで?どうして?」

「オレは勉強嫌いだし、留年二回くらってるしな。いい加減見切りつけた方が良いと思ってさ」

「そんなー……勉強ならいくらでも僕が教えるし、だから頑張ろうよ」

「悪い。ノアール。もう決めたんだ」


 ばっさりと断ち切られ、これ以上引き止めることはできなかった。

 無力感に苛まれながら椅子に座り直すが、すっかり食欲は失せてしまっている。

 目の前のスープとパンを無言で紅蓮の方へと押しやると、しょうがないなと笑って代わりに胃の中へとおさめて行く。


 なぜだろう。


 先ずリディアがフリザード魔法学園を辞めて、祖父の後継者となるためにウルガリス学園へと転入した。

 そして授業料の滞納を期に喜んでセシルは学園を去り、クインス男爵の養子となってヘレーネのために働いた。

 それを認められて今は王宮内で外交官になるために学んでいる。

 ヘレーネは王子として国民に快く受け入れられ、今は王城で暮らしているから学園の籍はそのままあるが通ってくることはできない。

 ライカもまた王子の護衛として傍近くに仕え、忙しくしているから学園に顔を見せることも無くなった。


 そして次は紅蓮。


 大切な友人たちはみな学園を去って行く。

 残っているのはノアールとフィルだけ。


 そのフィルも四年生だからか学園には週に二度ほど登校してくるだけで、あとは学園長の口利きで今は学院のある魔法塔の方で有意義な時間を過ごしているから、事実上学園に居るのはノアールだけだ。


 魔法が好きで勉強できるだけで幸せだったはずが、それぞれの道を見つけて学園を辞めていく友人達のいない場所に独り留まる事への孤独と寂しさと不安はどうやって消化していいのか解らずに焦りだけが胸を焦がす。


「オレがいるから学園に来たわけじゃないだろ?」

「もちろん、勉強するためだよ。だけど」

「二度と会えなくなるわけじゃないのにそんな情けない顔するなって。元々オレ寮にも学園にもいない時間の方が長いし、今までとそう変わらないと思うけどな」


 そうだとしても試験前には一緒に勉強して、睡眠を優先して授業に遅れそうになっている紅蓮を叩き起こしたり、勉強と読書に夢中で食事も風呂を後回しにしているノアールを紅蓮が迎えに来てくれたり、――そんな些細な日常が無くなるのだと思うと寂しくて仕方ないのだ。


「ノアールはここでやらなきゃならないことがいっぱいあるだろ?セシルの能力を押える魔法を開発して、前に図書塔で見たっていった院生の魔法みたいな綺麗で便利な魔法を編み出すっていってだろ」

「――うん、いった。解ってる。僕のやりたいことも、やらなきゃならないことも。ちゃんと理解してる。でもそれとこれとは別物なんだよ」


 紅蓮を学園に引き止めることが無意味だということもちゃんと解っている。


 それでも楽しかったから。

 今までがとても大切な時間だったから。


「ノアールもオレ達“便利屋レットソム”の一員なんだから、今までとなにも変わらないだろ」


 苦笑しながら全てを食べ終えた紅蓮はトレイを持って返却口へと歩いて行く。その揺るがない信念を物語る背中を眺めてノアールは諦目の嘆息を洩らす。


「ま、上手いご飯が食えなくなるのは残念だけどな」

「……そういえば、紅蓮は学園を辞めたら何処に住むの?さすがに事務所奥の仮眠室で寝泊まりするわけにはいかないはず」

「そりゃ新婚のいる部屋の隣では出刃亀すぎだろ。セシルが部屋幾らでも空いてるから使っていいっていうから暫く世話になるつもり」


 確かにクインス家の屋敷には扉を開けたことも無い部屋が沢山ある。

 鎧戸も閉じられたままで、掃除されていないが部屋は広く家具も上等で寮などより余程快適だろう。


「でも、セシルと一緒に生活って……なんか色々面倒そうというか、問題あるというか」

「なんならノアールも来りゃいい」

「――遠慮しとく」


 からかわれて毎日を過ごすのは御免である。


「オレは朝方帰って昼間にしかいないから殆ど顔合わせないだろうし、問題ないって」

「そうだね。セシルは朝から夕方まで王宮で勉強だし……擦れ違いが多いだろうね」


 紅蓮の反応はセシルにとって面白味が無いからか、一緒にいても必要なことだけ会話を交わしてそれ以上干渉はしないようだった。


 だから大丈夫だろう。


「ティエリさんの料理も美味しいしね」

「そう。それ重要」

「紅蓮らしいや」


 互いに笑い合ってから、紅蓮は「じゃあまた事務所でな」と手を振って食堂を出て行った。

 ノアールも重い腰を上げて立ち上がると、おばちゃんが手招きするので近づくと油紙に包んだ物を差し出してくる。


「パンにサラダと卵を挟んでおいたから、後で食べなよ」


 朝食を紅蓮に譲ってしまったのをしっかりと見られていたらしい。

 三年もの付き合いでおばちゃんはノアールのことを我が子のように思ってくれるまでになっていた。


「ありがとう。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 パンは焼いておいてくれたらしい。

 油紙からほんのりと伝わってくる温もりと、香ばしい匂いが漂い食欲が戻ってくる。

 部屋に戻ってから食べて、授業の準備をしてから出ようと頭の中で段取りを決めると段々と心が落ち着いてきた。


 みんな譲れない想いで道を選び、決断して前に進んでいる。


 だから自分も負けないように立たなければ。


 目標と夢を胸に。


 迷わずに。


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