2講:世界観で最も大切なこと
――やあ諸君。
……思ったよりもずいぶんと聴講生が多いようだな。
ちょっと理由があって、予定より早く講義を行うとしよう。
次回は恐らく1週間後になると思っておいてくれ。
今回早めに講義を行うのは、単に筆が乗ったからというのもあるが、週明けになる前に以下のことを明言しておきたかったからだ。
なに、ほんの注釈だよ。いいかね?
「わたしは文末に出している問題の解答を感想に書けとは、どこにも、全く、一言も、書いてないしこれからも書かない」これだけだ。
序論より引用するぞ。
「別に解答はしなくて良いが、考えてみてから次話を読んでみてくれ」だ。
ああ、もちろん解答をするなと言っている訳ではない。
そのような制限をする意図も全くない。
活動報告にも書いたが、反応があることは楽しいし嬉しい。
だが、わたしは一切解答を求めてはいないのだ。
なぜこんな事を改めて明言したかったかって?
想定より多くの感想が寄せられたのでね。単純な自己防衛だよ。
なろうの規約として、感想欄でアンケートを取る・参加者を募るなど文章の感想以外を書くことを要求してはならないからだ。具体的には運営の警告対象である。
よって、ここを見ているのであれば運営の諸兄よ。
わたしは感想欄に問題の解答を求めてはおらず、今後も求めない。
あくまでも聴講生(読者)諸君が考えた解答を自発的に書いていることは明らかであるとここに言っておく。
また、聴講生諸君、自作品でそのような行為を行なっているものがあれば、取り下げておく事を推奨しよう。
さて、前置きが長くなったな。講義に入ろう。せっかくなので提出された解答を列挙してみるとしようか。
生活感
世界観を貫き支える屋台骨
整合性、雰囲気・一貫性
主人公の社会的立場
細部に神が宿る
価値観、倫理観
既存の世界観へのアンチテーゼ、世界に対する疑問と興味
理由が分かる(因果関係)
究極の敵
地図・風土、文化
歴史、時間
経済システム
星系の形
神
武器(銃器の有無)
ねこ分、モフ感
主人公が万能でないこと
食事
世界のリソースが限られていて、循環系が成立していること
リアルに近いか
なるほどなるほど。もちろんどれも重要だとも。
もちろん、ねこ分さえもな。
そしてこれらの解答を書いた諸君、これは君たちが自身が作品に書くまたは読むにおいて重要と思う点、あるいは書くにおいて不足を感じている点のどちらかであろう。それは君たちが追求していく価値のあるものであり、ここで扱うに値するものである。
だがそれは「世界観で最も大切なこと」ではない。
地理も歴史や因果関係も神や敵も話の整合性や屋台骨もあるいは細部やキャラクターがその世界に生きているという生活感も。全て等しく重要だからだ。故にそれは「最も」ではない。
挙げられてない解答がある?うむ。上記とは別のカテゴリだからだ。
まずはこれ。
他作品の設定や概念を拝借し、名前だけ変えたりアレンジしたものをオリジナルと言い張る勇気
『大きな物語』と『小さな物語』を意図的に分ける
いいね。
真の意味でオリジナルの世界設定など存在しない。わたしもそう思う。だがオリジナリティについては後日時間を割いて話すとしよう。
それ以外の解答、この下にはわたしの解答に近い要素がある。
みんなで共有して楽しく遊べる
全部を消費者に出せると思うな、でも作り込め
何より自分が好きであること面白いと思うこと、その世界を好きであること
プレーヤー(読み手)がその世界が楽しい(はまる)世界であること
不自然さ(それがあることで読み手から掘り下げてもらえる)
GMとプレイヤーが操作しやすいこと、卓上に乗り切れること
これら解答には部分点を与えよう。これらの解答に共通することは何か?
それはメタ視点(注1)に立てていることだ。
ただ、この中で、「世界観が好き」であるというのはわたしの解答ではないが、確かに最も大切かもしれない。ただし、「世界観が好き」なのは大切というよりも、前提条件である。わたしにとって当然過ぎて失念していたことだ。
当たり前だが、自分の世界観が好きになれないとか、自分で面白そうな気がしないなら、世界観構築を真剣にやろうとは思わないことだ。労力が見合わないからな。テンプレを使うか、その単純なアレンジで済ませると良い。
では模範解答だ。
解答
その世界観を数行で説明できること。
別解、その世界観の特徴を端的に説明できること。など。
きみがTRPGのクリエイターかコピーライターやマーケティングやっているなら頷いてくれる解答だろう。
なまどりはわたしの妄想の中の未来の地球を舞台としたシリーズで、妄想の中だから特に名前を決めてなかったんだが、説明に不便だからちゃんと決めておこう。
暦の名前で世界観を区分しているので、
西暦→ゾディアックエラ→ダークエイジ→グレートアライアンス。
だからまあ、世界観の名前をグレートアライアンスとする。
『グレートアライアンス世界観』または『GA暦世界』あたりを拙作に共通する世界観として以降説明に使用するものとする。
さて、そのグレートアライアンスはもちろん世界観を数行で説明できる。
『遠未来地球、文明が滅びかけたが魔術の力でそれを免れるものの文明が中近世レベルまで後退した世界。そこを舞台としたSFファンタジー。人類生存圏はヨーロッパのみ、アジアは魔界、アフリカは亜人の生存域となっている』だ。
ポストアポカリプス(注2)もののようなSF的前半の文章から魔術によるというのが意外性、そこから魔界があったり亜人がいたりとファンタジー文面になっているあたりがユニークさであると言えるだろう。
世界観の特徴であれば、『ストーリーの舞台となる地域や時代を変更することで、多様な作品を描けること』『ファンタジー世界であるにも関わらず、なぜ遠未来地球がこうなっているかという謎、思索を読者に提供できること』『テンプレ的世界観にありがちな設定の矛盾を少なくできること』が特徴と考えている。
1つ目はわたしの短編まで読んでくれている読者なら、2つ目はなまどりの読者なら頷いてくれるのではないかな?3つ目は後に詳しく解説するが、ファンタジー世界は全て実際の歴史とは矛盾するのだ。遠未来設定により、この矛盾を無くしているというのが利点だ。
この『世界観(の特徴)が簡単に説明できる』ということには3つの意味がある。
1つは、世界観に独自性・セールスポイントがあるのかということ。
オリジナリティが無いならテンプレでいいだろう?ナーロッパでも、既存のファンタジー小説やゲームの世界をそう分からないように拝借するだけでも良いということだ。
と言うか、その方が圧倒的に楽だ。
次に、筆者がその独自性を理解できているか。
せっかくオリジナリティがあるのに、それが説明できないということは作中で表現できないということだ。それではわざわざ世界観を構築する意味がないだろう。
最後に、これは前2つと逆で、独自要素が強すぎないか。
説明が数行で終えられないのだとすれば、それは独自要素が強すぎる。それは読者に理解させることを強要する。これは読者にとって負担だ。
特になろうという環境においてストレスを読者に与えるのは得策ではない。
もちろん、きみが固定ファンのついているプロ作家なら膨大な設定を読者に強要する作品を書いても構わない。ファンは嬉々としてそれを考察するだろうからな。
具体的には『きみが川上稔なら膨大な設定をドヤ顔で読者に突きつけても構わない』(注3)といっておこう。
だがまあ、川上稔は世界観について理解できている。つまり無視して問題ない。
設定の量そのものはいくらあっても良い。グレートアライアンスには結構な量の設定がある。だがそれはなまどりにおいてそこまで強く表現されない。あくまでも背景にしておけば良いのだ。設定への理解が必須となると読者に負担が大きい。
さて、受講生諸君のなかには創作を行なっているもの、これから行おうとするものも多いだろう。そもそもそういう者たち向けの講義だからな。
では聞こう。
君の書いている・書こうとしている作品の世界観を3行で説明してくれたまえ。
世界観の特徴、面白さをわたしにアピールしてくれたまえ。
それぞれ1分以内に言えるなら合格だ。
……どうかね?
できないならできるようにしたまえ。
いくら時間をかけても無理なら、その世界観は魅力に欠けているか、独自要素が強すぎる。
今回の課題、暮伊豆君の解答がそういう意味では面白かったな。彼の解答は「価値観。その世界の人間が何を尊び、何を忌避するか。何を求め、何にプライドを持つか」であった。
今回の問題の解答としては間違いだ。
だが、それは彼の作品『異世界金融』(注4)の特徴なのだ。あの作品は一般的なテンプレチート転生ものでありながら、そこに特色がある。転生者と現地人、辺境民と都会人、貴族と平民といった価値観の違いを押し出してくる作品だ。
つまり、わたしが今言った、「世界観の特徴、面白さをわたしにアピールしてくれたまえ」の解答の要素としては満点だろう。
次回予告
「ナーロッパ批判批判」
テンプレを知らずしてテンプレを超える世界観を作れると思うな。
では問題だ。
「君が作家としてやっていくのを目標している時、ナーロッパを始めとするテンプレ世界観・設定を使うことの最大の利点と最大の欠点とは何か」
最大のもの以外にも利点と欠点は多く考えておくと良い。
注1
メタ視点
高次の視点の意。今回は世界観そのものではなく、その世界観を書き手や読み手の視点で考えているかについてという意味で使用している。
注2
ポストアポカリプス
人類が絶滅あるいはそれに近い被害を受けた後の世界を舞台とした作品のこと。
日本人にとって一番分かりやすいのは『北斗の拳』であろう。
注3
川上稔
小説家の中でも奇才中の奇才と思われる作家の一人。狂ったレベルの設定厨であり、速筆。書籍が分厚いことで有名。代表作は『境界線上のホライゾン』『終わりのクロニクル』など。
注4
異世界金融
なろうで連載されている、暮伊豆著、『異世界金融〜働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件』のこと。本文中に書いた通り、一般的なテンプレチートものに見せかけて、価値観の相違についてかなり意識された文章である。