めざめ
胡蝶の夢というものがある。
簡単に言えば蝶になった夢を見ていたのか、あるいは今まさに人間になった夢を見ているだけなのか。
教養が足りていない人間であればうぇwww虫がwww夢とかwwwなどと馬鹿にするだろうが、肝心なのはそこではないわけで。
まあ、現状で言えば本来言いたかった内容とは別な引用なのだが、とかく重要なのは今が夢なのかどうかである。
『私』はいうなればどこにでもいるような普通の人間で、日々仕事に精を出しながら暮らしていた……ように思う。
というのも、いまいち記憶がはっきりしない。それこそそちらが夢だったのだと言われれば納得するほどだ。
であれば今が現実なのか。劣化を防ぐために保存用高濃度エーテル流体に浸された自動人形が?
先ほどまでの一つの人生が夢であるならば、つまり製造から初稼働のこの瞬間まで夢を見るのが自動人形ということになる。
そして、それがおかしい事だというのは理解できる。当機の製造目的も命令も何も入力されていないことも、というか何もかもおかしいな?
つまり現状が如何にリアルとはいえ、夢の可能性が高いと思えるのがあやふやな記憶から導き出された結論なわけで。
かといって現在の『当機』が夢で『私』が現実だというには、あまりにも不可思議なのも事実。
結論としてみれば、とりあえず適当にしとけばいいやということである。完璧じゃな。
目覚めてから今まで数日かけて出た結論だからにして、人生の指針にでもしよう。自動人形生か?
さしあたっていつまで居ればいいのかわからない以上、稼働してるわけだし出ていいと判断して保管槽をぶち破ることにする。
稼働させたくせに開放しないのが悪いよなぁ? という気持ちを込めて適当に腕を振るう。全力には程遠いじゃれるような力加減。
流石に手加減をしすぎたのか、破壊することができずに振動だけが発生。かといってむきになって本気を出すのも大人げなかろう。
少しだけ、ほんの少しだけ出力を上げる。がつり、割れない。更に強く。びしり、ひびが入る。
っしゃぁらぁ! もういっぱぁつ! はい、出れるだけの穴が開いたぜ完璧やな。
しかし外はやたら暗いし、そもそも記憶データは何も入っていないので外を見たところで何もわからん。
「ぽへー、ここどこ、あ、だいいちむらびとはっけん」
研究施設的なふいんき(なぜか変換できない)で、工場というには自身が単品で保存されてる以上違うだろうというのはわかるが。
研究員にしてはぼろぼろドロドロで刃物まで持ってる目の前の青少年の方が優先度高いだろう。
若干高い位置にある保管槽からさっと跳んで、会話しやすいように目の前に着地する。
……あれ? 当機身長低くない? もしかして低い? 誰かカタログくれよ。
ふわりと腰まで垂れる髪から考えるに女性型? で身長も胸も無いとなればなんじゃい?
『私』が悲鳴を上げている気もするが、まあ放っておこう。もし『当機』が夢であれば潜在意識とやらで超ハイスペックロリータ自動人形になりたがっていたということにおごごごごご。
放っておくといいながら止めを刺されて羞恥を感じる一人芝居の前で、青少年の方も百面相をしていた。
驚いたり恐怖したり諦めたり、と思えば真っ赤になったりまた諦めたり。とりあえず会話を試みたい。
「はろーはろー、そちらはじんるいでよろしいですかー」
「……しゃ、喋った? 襲ってこない?」
当機を何だと思っているのか。フレンドリーに話しかけているのにその反応はプチおこである。まあ寛大な心で許してやるが。
……いや待てよ? 研究所に似つかわしくない格好、稼働する当機に怯えるような反応、これはもしや……泥棒じゃな?
当機を警備用と勘違いしている可能性が存在……そもそも当機が警備用の可能性も存在? いや、そんな命令入力されとらんし。
まあそもそも命令入力どころか機械三原則も真っ青の完全無制御状態なんだけどね? 外側は完成してるっぽいのに、内側は未完成的な?
強いて言えば自己防衛くらいはするだろうが、なんでだろうね? ぼとむなんちゃらがたのAI的な感じか? よく知らんけど。
「とーきはゆーしゅーなのでしゃべるくらいとうぜんなのだな。そちらはどろぼうなので?」
「どろぼ!? いや、そりゃ遺跡側から見ればそうかもしれないけどさぁ、もう持ち主なんて居ないんだから違うだろ!」
「いないとは? ごーとーさつじんですか?」
……いや、待って今遺跡って言わなかった? こんなハイテクな空間に?
「殺人だなんて、だってとっくに滅んだ文明の遺跡だろ?」
悲報、起動前に文明が滅んでいた件について。