桜の咲く頃に少女達は春を知る
「もうこんな季節なのね」
左側に咲いている桜を眺めながら桜道を歩く。
ポカポカとした春の温かさと、エネルギー溢れる太陽の陽射しが地面を差す。
紺色のワンピースに身を包み込み、右手には茶色の制鞄を握る。
腰には制服と同じ紺色のリボンを巻いている。
制服の左胸には、本校――マリンス女学院の象徴である杖の先に咲いた百合の花の紋章。
左手にはピンク色のボストンバッグを握り、転がす。
爽やかな春の風が私の墨色の黒髪をなびかせる。
陰陽術師になる為に、妖怪を倒すために私は今ここにいる。
今、この場に立っているんだ!!
だから、見送ってくれた人達のために私はこの学び舎で成長していこうと思うのだ。
この坂を先に行って、右側に私が行くマリンス女学院がある。
マリンス女学院——。
全寮制のお嬢様学校だ。
このマリンス女学院はマリンス島という島国にある。
海を北に渡ると、ドラ大陸がある。
世界の約3分の1を占めるその大陸には、様々な国が対立したり、同盟を結んだりしている。
ドラ大陸は中部、西部、東部に別れており、それぞれに独特な文化体系と魔術系統を織り成している。
基本、西部と東部の人間は仲が悪い。
それを、中部国が仲介、緩衝の役割をしているというわけだ。
対立や小さな紛争なせめぎ合いはあれど、世界は現在は比較的平和な道のりを進んでいる。
その中でも特にマリンス島は治安が良いことで有名だった。
坂の右側には、既にマリンス女学院が見えていた。
校舎と体育館が塀の先に見える。
乙女を象徴する純白——。
坂を上がり切り、表門の前に立つ。
目の前には、どこぞの豪邸なのだと言いたいほどの巨大な建造物が立っていた。
そして、建物の天辺には知恵と純粋を象徴する、石灰で作られた百合の花が咲いた杖を持つ乙女の石像。
黒黒しい表門は、俗と私たちを隔てる。
妨げる。
拒絶する。
「ふぅ。今日からここで私は学ぶのか」
興奮と不安が交差する気持ちを抑える。
ここで学びたいと言ったのは私だ。
町の人達や親は、都市に行って学びなさいと言ったが、私はいち早く親の元から離れたかったのだ。
もう、私は子供では無いのだと。
1人でこの世界で生きていけるのだと。
それを証明したかった。
だから私は——。
「とは言ったものの、勢いで決めちゃったからなぁ」
そう。
親に頼らずとも私は生きていけますよと、私は彼らに言いたかった。
それが見栄なのは分かっている。
それでも、私のこの気持ちは揺るがなかった。
恋愛ごとにも興味はあったけど、親への反発心の方が強かったのだ。
最強最高の陰陽術師になる為に。
親を超える陰陽術師になる為に。
確かに、東部大陸で陰陽術を学んだ方が陰陽術を極めることが出来るだろう。
でも、私はそれではいけないと思うのだ。
独自の流派を生み出したい。
私は昔からそのような欲求があった。
東洋の魔術は、伝統に縛られている。
私はそこが嫌いなのだ。
自分は何も考えなくてもいい。
お前はその道を極めてさえいればいいのだと……。
でも、私はそんなのは嫌なのだ。
何かを成し遂げてここに自分がいるということを、私がいきたという証を示したいのだ。
もう、西洋魔術を嫌って東洋魔術だけ学んでいればいいという考えは古いのだ。
大人はこんな鶏頭だから、石頭だから嫌いなのだ。
そんな石頭だから、ぶつかり合って火花を散らし合う事しか能が無いのだ。
「君、何を突っ立っているのだ? 他の生徒の邪魔だぞ。どかないか」
凛とした鋭利な刃物で突き刺すように心にグサリとくる声。
でも、その声からは強い意志と心の強さを伺うことが出来た。
「あ、ご、ごめんなさい。ぼっーとしてて」
「こんなところでぼっーとするのではない。君、新入生であろう?」
後ろを振り返る
その声の主は——。
銀髪の美少女だった。
それも飛び切り美少女の。
声が出せない。
それは、人間ではないのかと目を疑がった。
天使のようだと。
彼女の背中まで伸びた銀髪は、白金のような輝かしい光沢を放っている。
背は私と同じ150 センチメートルくらい。
ルビーのように美しく、かつ、血のような紅色をした妖しさも持つ双眸。
端麗な顔立ちはお人形さんのようで、乳頭色の肌が太陽の光に当たって、更に白く見える。
桜色の小さな唇はつるつるとしていて、艶かしい。
紺色の制服と彼女の乳白色の肌のコントラストが妙に生える。
「あ、はい」
「それじゃ、体育館だろう。妾も同じだ。どうだ? 一緒に行くか?」
「はい」
私、今何も考えずに答えてしまったよ。
まぁ、いいか。
同級生みたいだし。
横目で彼女をチラ見する。
横顔も美しい。
これから戦場へ向かう戦乙女のようだ。
「君は何でこの学校に入ったのだ?」
「な、なにでって?」
「ほら、色々あるだろう。魔術試験とか、実技試験だとか、特待入学とか、特別試験とか」
「あ、ああ。私は特別試験で」
「特試(特別試験のこと)なのか!?」
「うっ!?」
び、びっくりした~。
彼女のテンションがいきなり変わったから何かと思ったよ。
「それで? 科目は何を受けたのだ?」
「い、陰陽術……」
「陰陽術か! ということは、君は東洋の人間ということなのだな!」
「うん」
「そうかそうか。入学早々、東部の人に会えるとは思わなかった。いや、妾は東部の魔術に少し興味があってな――。妾の魔術は西洋でも特殊だからな。これからよろしく頼むぞ」
「あ、は、はい」
ううう。
正直、この人のテンションに付いていけないよ。
確かに、私は特試を受けたけど、それは私が陰陽術しか学んでいなかったからなんだよね。
私、なんでもかんでも完璧に出来ないし。
どちらかと言うと、不器用な方だしね。
「あの、貴方はどのような魔術を学んでいるんですか?」
「そうだな。妾は、吸血魔術というものを学んでいる。そう言えば、自己紹介がまだだったな。妾の名前はエリザベート・カミュ。吸血鬼一家なのだよ。妾の家は」
え?
き、吸血鬼?
そう言えば。
——――絹のように滑らかな銀髪。
――――ルビーのような真紅の瞳。
――――透明感のある白い肌。
確かに、このカミュと名乗る少女の容姿は噂で聞く「吸血鬼」そのものだった。
「わ、私。吸血鬼って初めて見た」
「だろうな」
カミュはニヤリと笑ってみせた。
彼女の真っ白な歯はナイフのように鋭く尖っていた。
ああ、確かにこの人は吸血鬼なんだなと思った。
本来は怖がる所なんだろうけど、私は彼女の美貌に見とれていた。
胸が少し締め付けられるような気持ちになる。
「君は?」
「え?」
「だから、君の名前だ」
「あ、ああ。私の名前は、アリス。ローレンス・アリス」
「なるほど。ローレンス・アリスか。いい名前だな。よろしく。アリス」
「こ、こちらこそよろしく」
私とカミュは手を前に出して握り合った。
柔らかい。
女の子特有の柔和な肌に触れる。
ドクン――。
心臓が飛び跳ねるかと思う程の大きな鼓動。
鉄板で焼かれるかのように、顔が熱くなる。
なんだろう。
この気持ちは。
新鮮だ。
心が――胸が痛い。
でも、嫌じゃない。
寧ろ、この気持ちが続いて欲しいと思う。
尊敬や、友情、敬愛とも異なる想い――。
手を離して、桜並木の間を並んで歩く。
正面には、教会の形を模した校舎がある。
しばらく歩くと、桜並木の道は十字路となる。
右へ曲がれば、体育館と運動場に。
左へ曲がれば、庭園に行くことが出来る。
まずは、体育館に行くんだったかな。
家に届けられた合格通知を思い出しながら――。
人の流れも右側へと続いている。
私たちは人の流れに従うことにした。
道外れには、常磐色の芝生が広がっている。
春が来た。
と感じさせてくれる爽やかな風が、芝生をなびかせる。
体育館の中へ入る。
杉の匂いが香る。
どうやら、建物を支える柱に使われているのが杉らしい。
淡黄色の杉が、所々、体育館の建物内の骨の部分に剥き出しになっているのが見える。
中では、新入生と思われる生徒が椅子に座っていた。
その姿は、菫のように可憐で、慎ましかった。
菫だけの花園――。
さすがは、女子校。
女子しかいない。
「学科ごとに別れてください。科は右から、妖術、魔術、呪術、降霊術の四学科に別れています」
よく見ると、先生らしい人が一番前で学科の名前が書いてある看板を掲げていた。
あそこに行けばいいというわけか。
「妾は魔術だな。君は何学科なんだ?」
「私は妖術。別れちゃったね」
少し残念な気持ちになる。
「また会える。それじゃ」
「うん」
どうやら、学科さえ間違っていなければ、席はどこでもいいらしい。
でも、基本は前から座っていくようだ。
前から三列目の所に座る。
入学式は直ぐに始まった。
つまらない国家、分からない校歌を歌い、在校生、新入生の言葉が始まった。
どこの学校もするやつだ。
「新入生の言葉。エリザベート・カミュ」
「はい!」
あれ?
あの子ってさっきの吸血鬼ちゃんだ。
まさか、あの子が1番成績が良いなんてね。
正直驚きだ。
少し、胸の奥が苦しい。
彼女を見ていると胸が締め付けられるかのような気持ちになる。
でも、嫌じゃない。
寧ろ、ずっと彼女を見ていたい。
そんな気持ちにさせられ……って、私何言ってんのよ!
ばかばかばか!!
でも、この学園のワンピースの制服の上からだと、彼女の体のラインが良く見え、華奢な肉体だということがよく分かる。
細く、陶器のように透明感のある足に、黒地のストッキング。
歩く姿は、凛としていながらも、百合のような愛らしさや控えめな雰囲気を帯びている。
視線が会う。
彼女は、ウインクをしてみせた。
心臓が飛び跳ねそうになる。
え?
今のって、私にしたの?
顔が焼かれるかのように熱くなる。
頭が真っ白になって、慌てて目を逸らした。
な、なんだったんだろう。
それに、この胸のドキドキは一体――。
――――――――――――
入学式が終わり、学科ごとにこれからの事について、説明を受けた。
学園の生活の仕方、寮のことについて、学問に対する向き合い方等々――。
それが終わると、科の教員に連れていかれて、寮に行った。
寮は、体育館や校舎の奥にあった。
コスモスや百合、ラベンダーなどの様々な花が咲いている花園があり、その更に奥に女子寮はあった。
2つの寮に別れており、右手の方が薔薇寮、左手の方が百合寮と言うらしい。
私は、百合寮だった。
寮監は、トライン先生という20代前半の若い、眼鏡をかけた知的で優しそうな先生だった。
茶髪に獣人の証である鋭い牙と獣耳が生えている。
小柄で、150センチほどの身長(私とさほど変わらない)にくりくりとした瞳。
一見大人しそうな雰囲気のお姉さんだ。
「――――ええと、というわけでですね、皆さん、節度のある学園生活を過ごして下さいねぇ」
「はぁーい」
「では、これから号室ごとに名前を言っていきますので、鍵を取りに来て下さい。鍵は一人一つです。大切に保管をしておいて下さいね」
これ、少しソワソワするんだよね。
どんな人と一緒になるんだろうって。
また、あの人を見る時とは異なる胸の鼓動を感じる。
なんせ、これから6年間ずっと一緒にいるんだから。
どうせなら、大人しい子が良いな。
いや、一緒にいて楽しい人が一番かな。
などと考えているうちに私の出番となった。
「ほい。310室だ。一番端だな」
前に出てきたもう1人は――。
「アリス。よろしく」
「あ、朝の……」
なんと!
朝会って、新入生の言葉で前に出て喋っていた人が一緒だ。
内心、安堵する。
少しでも、知っている人だと安心するものだ。
まぁ、今は慣れなくても、6年間も一緒にいればそのうち慣れると思うけど。
自分たちの部屋へ行く。
開けると、2つのベッドに机と椅子が二脚ずつ。
白紙のような壁紙。
なんとも、生活感のない空間だった。
でも、そこが良い。
これから、この人と生活を始めるんだという気持ちにさせてくれる。
カミュちゃんは、淡々と自分の荷物を整理し始めていた。
なんか、テキパキしていて近づきずらいかも。
それでも、『出来る人』って感じがして憧れる。
この胸のドキドキも『憧れ』なのかな?
「何をしているのだ? そこで突っ立っているのなら、早くカバンの中身を整理を始めたらどうなのだ?」
「あ、ご、ごめん」
なんで、今、私はこの人に謝ったのだろう。
彼女は私に近づくと、手を差し出してきた。
「君、朝に会ったな。これからよろしく。ローレンス・アリス」
「こ、こちらこそよろしく」
目と目を合わせる。
カミュと名乗る女の子の瞳は、紅く、宝石のように輝いていて美しく、銀色の長い睫毛がカールしているのが見えた。
睫毛長い。
それ以外にも、彼女のいろんなところが見えた。
すらっとした綺麗な鼻とか、お人形さんみたいに小さい桃色の唇とか、ビスクドールと間違えてしまいそうな端麗な顔立ちとか――――。
見れば、見るほど、彼女の様々な所が見えてしまう。
見惚れてしまう。
彼女の柔らかい手と私の手が触れる。
女の子の手だと思った。
小さくて、陶器うに滑らかで白い綺麗な肌。
それでいて、ぬいぐるみのような柔和な肌触りをしている。
心臓が爆発しそう。
なぜか、とても緊張をしてしまう。
この私の気持ちは一体、なんなのだろう。
心臓の音が彼女に聞こえていないだろうか。
そんな不安が頭の中を横切った。
手を離す。
あ、離れてしまうんだ。
寂寥感が胸に残る。
モヤモヤとした心がヘドロのようにへばりついて離れない。
離してくれない。
なんなの?
この気持ちは。
この、心に靄がかかったかのような気持ちは。
胸に手を当てる。
それでも、靄は消えてくれない。
でも、私は今日からこの人と一緒なんだ。
そう思うと、身体中から力が湧き出てきた。
ここから、私の学園生活は始まるんだ!