殺戮遊戯の記憶
それではどうぞ。
頭の中に鋭い音が炸裂して、気分が晴れる。
一日のストレスがすべて吹っ飛びそうなくらいに。
それと同時に覗いたスコープの先、目標がどっと倒れて塵になった。
飛び散るのは血液に似せた、赤黒い液体で。
目の前が瞬間的に赤く染まって、えもいわれぬ興奮が体を駆け巡る。
周りから聞こえる銃声に、身を震わせる。
アドレナリンがあふれんばかりで、自分の鼓動が速く聞こえた。
「やっぱり、たまらねぇ」
一言つぶやいて、再び狙撃銃を肩付けで構えた。
昼夜構わず銃声が炸裂するこの場所は、マニアックな娯楽施設だ。
マン・ハントがしたい人間が日々集い、時間が許す限り狩りを楽しんでいる場所。
もちろん、狩るのは本物の人間じゃない。似せてつくられたロボットだ。
人間の行動はインプットされているから、照準をポイントすると逃げ惑う。
たまに、ひざまづいて命乞いのようなポーズをとる個体もいるらしい。
肉眼でそのままみれば、ただのロボットだが。狩るときには特殊ゴーグルを身につける。
これを通すと、望む人物の姿に見えるというから、より臨場感が増す。
銃の種類もさまざま、色々な国のものが揃えられていて。俺はよくH&GのPSG-1を使っている。
フルオートもいいが、一発一発、自分の手で引き金を引くのが、たまらなく好きなんだ。
再びスコープを覗き、目標を探す。目で見てから探せばいいんだが、この方が楽しい。
拡大された視界のなかに、むかつく上司の顔と、見知らぬ男の頭を見つけた。
ときたま、射撃場から、中にはいってしまう輩がいる。
施設の管理者いわく、本人がいいのならば構わないとのこと。
だからたいてい知らない奴が照準の先にいたら、奇矯なモノ好きだ。
もっと目の前で実際に狩りたい、そんな願望に突き動かされているのかもしれない。
このゴーグルは、人に見えるだけではなく、照準を合わせると赤い点が見える。
ただそれはロボット相手のときだけで、冒険者にはあてはまらない。
嫌いな上司の顔面をポイントすると、胴体や手足にも、誰かの狙いが見えた。
横取りされたたまるかと、我先にと引き金を引くと。
額の赤い色が広がる間もなく、四肢が吹っ飛んだ。
ばらばらな場所を撃たれて、ばらばらになる死体。
照準を合わせていた奴らも、さぞかしスッキリとしたことだろう。
よほど木端微塵ではないかぎり、ロボットはリサイクルされ続ける。
人の欲望とおなじように、繰り返し破壊される。
ふと思いついて、見知らぬ男の頭に、狙いを定める。
こちらは完全に、勘になる。当たるも八卦、あたらぬも八卦……ってな。
慣れていないやつだと、足元なんかを撃ってしまったりもするが。
俺はそういうことは少ない。あくまで、だが。
ロボットを狙う時以上に、慎重に照準を合わせてから――
引き金を、一回だけ引く。
小気味いい音が聞こえて、頭がスコープの視界から消えた。
目を離して、肉眼で見る。
横向きだったから、額にどんぴしゃりとはいかなかったが。
まあ、うまく当たったから、いいとしよう。
正直な話。
ロボットを狙う時よりも、高揚感が凄まじい。
客の中には、紛れ込んだ奴だけを狙う者もいる。
俺は、たまにちょっと遊ぶだけだ。
そうして、それをまたスコープで覗き込んだ時だった。
誰か、他の奴の銃声が聞こえて。
見知らぬ男の頭が、ひしゃげて飛び散った。
ふわりとしているような、あれは……脳漿だろうか。
ロボットの中身は、疑似血液で、時間がたつと無色になる。
だが、人間の血液は、その日の営業が終わるまでは放置される。
正確には、開館前に掃除をしているという、話だが。
今、死んでなお破壊された死体も、そのまま。
いったい誰が掃除をしているのかと、考えたこともあったが……
こんな場所に働いている人間なら、なんてことはないのだろう。
物言わぬロボットや、骸を片付けるくらい。
その後も、俺は楽しみながら狩りを続けた。
そうして閉館時間。
やっている事の割には、零時ぴったしに閉められる。
たまにうっかり取り残される奴もいるらしいが。
そういう場合、翌朝の開館まで、暗闇の中にいることになる。
退屈だからといって、残骸に銃を向けるだけならいい。
一発引き金を引いたが最後、管理人に殺されるという噂がある。
その後、工場でロボットに混ぜられてしまうのだと。
だが、ただの噂だろう。学校の七不思議じゃあるまいに。
でも人は、気にはなるようで。
実際に閉じ込められた奴は、一晩じっと息をひそめていたようだ。
これも、人づての噂でしかないのだけど。
わざと、隠れてみるのも面白そうだが。
痛い思いは、なるべくならしたくはない。それに意味がないとしても。
受付で借りていた銃を返し、俺は施設をあとにした。
料金?
普通になんらかの仕事をしている奴なら、問題なく払える具合だ。
それを毎日、ともなると大分……モノ好きになってくるが。
俺としては、高い店で妖艶な女と遊ぶのも楽しいけれど。やっぱり。
白い柔肌も、いい声も、あの感触には代えられない。
銃声と硝煙と、飛び散る赤。
それがあれば、俺は十分だ。
モノ好きな俺は、明日も通うのだろう。
どうせ昼間のうちに、ストレスが限界を超えるのは目に見えている。
何でああも、がみがみとうるさいのか。
職場でも、一発お見舞いしてやりたいくらいだ。
それをしたら、捕まるか……追われるかするだろうが。
撃退しつつ逃げ延びる、というのも興奮しそうだ。
だって、ゲームみたいだろ?
リアルなんかより、全然いい。
あくる日の夜。俺はひたすら狩りをしていた。
今日はラッキーなこともあって。
この施設の利用者には、女も多い。結構、美人がいてな。
そいつとゲームをした。
時間を決めて、その中でどちらが多く狩れるか。
客同士でよくやる、他愛のないゲームだ。
結果としては、俺が勝った。
彼女は、早撃ちが得意だったが、ぎりぎりで勝てた。
やはりやるからには、見栄ってもんがあるだろう。
賭けるものなどなくても、それだけで楽しめる。
すっかりテンションのあがった俺は。
久しぶりに、中に入ってみようかと思った。
間近で狙い打つ興奮も、たまらない。
美女とのゲームでアドレナリンはマックス。
今なら、撃たれたってたいした痛みには感じない。
スコープの倍率を調整して、俺は中へと入った。
自分が狙われているかどうかはいっさい気にせずに。
ちらと二階の場を見ると、さきほど遊んだ女がいた。
また、いいところを見せてやるか。
適当な獲物を探して、狙いを定める。
あまり至近距離だと狙いづらいが……まぁいいか。
高揚のあまり震えそうになる指を制御して――
引き金を、引いた。
銃声は聞きなれたいつもの音。
目の前に、赤い色彩が広がる。
遠くの時よりも、長く鮮やかに。
自分の鼓動が、どくどくと聞こえる。今この瞬間。
俺の中にも、血液が駆け巡っている。ぶるりと沸き立つ。
アドレナリンは、限界突破。
「やっぱり……たまんねぇよな」
一言呟いてから。ふと女のことを思い出して。
銃を構えている女に向って、親指を立てた。
照準を合わせてはいるけれど、見えているだろう。
いいところも見せた。
また再び獲物を探そうと、スコープを覗き込んで……
頭に、微かな衝撃を感じた。
次にむくりと起き上ったのは、自分の部屋。
俺はいったい、何をしていたんだっけな。
ぼんやりと考えてから、思い出す。
あぁ。今回はあの女にしてやられたんだった。
次は鉛をプレゼントしてやらないとな。
近距離で、散弾銃でもかましてやろうか。さぞかしスッキリするだろう。
窓の外から差し込む光が、まぶしい。今は昼間か。
時計を見るものの、遅刻は確実。
ならいいさと開き直って、ゆっくりと部屋をでていく。
上司の顔はもう十分だ。仕事なんかいかなくても問題はない。
しばらくはあの女でいけるだろう……
夜の時間を楽しみに、待ちわびながら。
俺はひとつ、舌なめずりをした。
さぁ、また狩りを楽しもうか。
はい、今回のはひとつで終わりです。
狩りが好きそうな人はいそうですよね……
ただそこに在るだけの話ですが、今後ともよろしくお願いいたします。