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怨殺の記憶2

それではどうぞ


 翌日。眠ったかどうかわからない。

 眠りなんてものを、必要としているのかわからない。

 いつもどうりの教室。

 まだ誰もいない……たぶん朝早くの教室。

 僕の手の中にあるのは、一振りのバット。残念ながら、木製。

 金属のほうが、使いやすそうなのだけど。

 どうして僕は、木製をイメージしたのやら。よくわからない。

 それでも、古典的な道具ではあるだろう。

 ぶちかませば、すっきりする。

 数回、軽く素振りをする。

 僕は運動は、あんまり得意じゃない。でも、振り回すだけならできる。

 よけられること、やりかえされること。それはまったく考えなくていいんだ。

 ただ、そこにあるものにぶちあてるだけでいい。

 ……とっても、簡単だ。

 バットが手になじんだのを確認して。

 もうじき開くだろう扉を見る。

 想像するのは、大きな音を立てて開かれるドア。ばらついた、無粋な足音。

 顔は?

 そんなものはきまってる。

「のっぺらぼう」

 そう僕は呟いた。

 すると、まるでそれが合図だったかのように、彼らが入ってくる。

 名前も忘れた、顔も忘れた――たぶんクラスメイト。確実な、暴力者。

 椅子に座った僕を、ぐるりと取り囲んで。

 いつもとおんなじ。

 にやにや笑ってる赤い口が、めだって。僕はそれを少しだけ見て。

 手近な一人の顔面へと、バットを振り下ろした。

 普段使わない、ありったけの力を込めて。

 最初は、鼻がひしゃげた。次にはそれがへこんで、歪んだ。

 顔の骨かな。小さく、ポキポキと何か折れるような音が混じっている。

 目玉だって、はじけて飛んでいった。そいつの顔は真っ赤。

 それなのにまだ三日月が笑っている。

 二人、三人、四人五人。

 次から次へと、僕はバットを振り下ろす。

 ときおり振り回したりして。

 木製だと、あんまり丈夫じゃないみたいで。僕のイメージのせいもあるけれど。

 三人目あたりで、バットに少し罅がはいって。

 四人目で、割れた。欠けた、ワインボトルみたいな形になった。

 砕けた木片が、顔面に刺さって、余計にぐちゃぐちゃになる。

 でも突き刺すと、抜くのが面倒だから。ただただ、振り下ろし続けた。

 そいつらは、大人しく壊されているだけだった。

 罵倒も、反撃もなにもない。ただ嘲笑っているだけ。

 僕が、そう望んだから。

 当たり前のことで。

 気がついたときには、取り囲んでいた全員、床に倒れていた。

 僕の手は真っ赤。バットも真っ赤。床も……しとどに濡れている。

 おかしいね、そんなにたいした量じゃないだろうに。

 割れたスイカのように、転がるそいつら。

 もう何も言わない。

 はじめから何もいっていなかったかもしれない。

 でも、まだ笑っているんだ。ねぇ、誰が?

 三日月の赤い口で笑っているのは、僕?

 かわいそう、かわいそうだと思い込みたかった自分の、被害妄想。

 話しかけてくれた人はいた。かばってくれた人はいた?

 落書きされた机を掃除してくれたのは……誰だった。

 僕は誰かに、助けてと伝えた? 殻に閉じこもって、全部見ない振りをした。

 外側は開け放って。内側には、二重に鎖を巻きつかせた。

「僕は道化だ。それでいい。そのままがいい。何も考えなくて良いから」

 何もないなら、ここにいる意味だってないだろうに。

 ピエロは、誰かを楽しませるためのもの。たまには、ちょっと怒らせたり。

 あわれんでもらうための、かたちじゃないのに。

 馬鹿な僕。

 ふと、手の中が少し軽くなって。見ると、使いものにならないバットが、消えていた。

 それだけじゃない。骸も、どこかへいってしまった。

 残っているのは、血溜まりだけで。

 そうっと、覗き込む――ほら、やっぱり笑っている。

 チェシャ猫みたいな、三日月の真っ赤な口で。

 まだ、戻れる。やり返しはいくらでも聞くだろう。僕は年老いてはいないのだから。

 否。

 望むなら、誰にだって可能性はある。

 それでも、僕が望むのは……

「         」 

 唇だけで、それを呟いた。

 硝子が砕けたような、光景。

 見慣れた教室の光景が砕け散って、はらはらと遠ざかっていく。

 瞬きの間で、僕は一人になった。最初から、最後まできっと一人。

 僕の顔を、三日月を映していた血溜まりももうない。

 今の僕はどんな顔をしているのだろう。

 僕以外に何もない、まっしろな世界。

 壊れてしまった、僕の箱庭。

 一人きりで、僕は笑う。口の両端を、思いっきりつりあげて。

 そうして僕はまた、記憶を紡ぐ。

 どんな光景だったか、何をいわれたか、どう感じたか。

 嘘も真実も、全部混ぜ合わせた継ぎ接ぎで、箱庭を形作って。

 僕はまた明日も、覚めない夢に逃げ続ける。

 認識は、白から黒へ。

 笑う色すら見えない色へと染まっていく。

 これが、僕の箱庭。





怨殺はこれにて終了。

あいかわらず、作品が迷走しております。

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