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真っ赤なかたみ

作者: 六錠鷹志

 12月25日、日曜日。

 今日がクリスマスであることはもうどうでもよくて、私としては年末作業が終わらず、休日だというのに出勤するというのが非常に不満だった。

 無駄に出勤していた上司に、「これだから高卒はなっておらん。」とありがた~~~い、お小言を頂いていたらもう夜9時を軽く過ぎていた。暗い、寒い、息が白い、上司ぃ~、キライ。この前入った新人くんもちょぅっと、面倒なとこあるし。もう、本当にサイアク。あーあ、ロミ()でも頼んでおくんだったかな、まぁいいや。

 繰り返すけど、今日がクリスマスだというのはまったくもって関係ない。ないったらないんだもん。


 「お客様、ソースはどうなさいますか。今なら期間限定で…」

 「ソースいらないので、塩つけて下さい」


 健康診断表に高血圧なんで塩を控えろと書かれていたけど気にしない。ナゲットにソースは邪道、塩こそ正義、じゃすてぃすなのである。

 高血圧、と言うと太っていると思われちゃうかもだけど、私は結構痩せているんだからね。もっと言えば、最近はガリガリガリックソン気味で、、、これも全部上司が私のランチタイムを奪っていったのが悪い。上司の油ギッシュなお顔に蹴りを入れたい気分。勿論、汚れてもいい恰好をしてからね。

 ナゲットは期間限定で安くなっているけど、食べきれないので5個入り。安いやすいと、ホイホイ買っていたら後で後悔するからね。商品の入った袋を片手に、閉店準備なのかモップがけ中の店員をタタッとかわして、私は店を出ると、目の前をパトカーがサイレンを鳴らしながら、ちょうど私の帰り道の方角走っていった。彼らもクリスマスなのに大変………だから、クリスマスは関係ないっての。

 私は少しずれた真っ赤なマフラーを直してから、カイロを入れた両ポケットに手を突っ込み、白い息を認めながら家へと歩き始めた。

ーーー


 突然だけど、クエスチョンタイム。


『Q.自宅(マンションの部屋)の前に警官がいたとき、あなたはどうしますか?』


 さて、あなたの回答は何でしょうか?

 さぁ、聞いておいてなんだけど、そんなの知ったこっちゃありません。

 私ならこうします。


『A.逃げます。』


 「おっ、おい待ってくれぇ」


『A.呼ばれても振り返りません。』


 「お願いだぁ! 行かないでくれ」


『A.ポイントは鞄を脇で抑えること。鞄が荒ぶらず、走りやすいです。』


 「静流(シズル)、頼む! 俺だ、択徒(タクト)、岡山択徒だ! 中1からの付き合いで、家が隣同士だった。高校からは別々の学校だったけど。最近、あんま会っていなかったから忘れちゃったか? 俺はいま、23歳。名前はおかや」

 「あぁもう! 実名報道やめろぉ!」

ーーー


 警官に「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」とペコペコ2人で頭を下げ、お帰り頂いた。

 さて、問い詰めようではないか。なんでこんな事になっていたのかを。返答によっては、警官に再度お世話になるぞい。110番はもう押してあるので、あとは発信ボタンだけ。覚悟しておくんだな!

 私は警官と初めて話したことによる変なテンションのまま、玄関先で突っ立ったまま彼、岡山択徒(タクト)の話を聞いた。

 彼と私は中学1年の秋と冬の変わり目からの付き合いだ。


**********


 わたしは母の顔を知らない。


 わたしが物心つく前に亡くなったと、父が教えてくれた。

 父は普段、しごとが忙しくてなかなか帰ってこれない。

 でも、学校に行けば友達とおしゃべりしたり遊んだりできたし、家ではメールでやり取りもあったから、ふしぎと寂しいとおもったことは少なかった、とおもう。

 中一の秋、父の仕事の関係で生まれ育ったこの町から引っ越すことになった。友達と離れるのは嫌だったわたしは、「いや」を言いたかった。けど、何も言えなかった。

 父となにを話題に話せばいいのか、どうやって思ったことを伝えたらいいのか分からなくなっていたのは、この頃からだろうか。

ーーー


 引っ越した先の中学では、もう''友人のグループ''は出来上がっていて、どこか積極的になれないわたしは周囲と距離を感じ始めていた。

 もう秋も終わりで、厳しい冬がやってくる季節。


 「いつもそのマフラー巻いてるな。そんなあったかいのか」


 玄関を開けると隣に住んでいる男の子と鉢合わせした。

 茶色っぽい学ランと右肩についているピンは、わたしが通い始めた中学の男子生徒でわたしと同学年ってことを意味していた。名札には岡山と書いてある。

 引っ越した初日にした挨拶の時に知り合ったのだ。

 クラスは別で、さらに彼は部活に入っているので、帰宅部のわたしと一緒に帰ることはなかったが、今日のみたいに彼の朝練のない日だと、こうして鉢合わせることがよくあった。


 「そんなにあったかくない。首元がごわごわするし、ちょっとかゆいし」


 「じゃぁ、お気に入りなんだな」と彼は笑顔で言ったが、わたしにはそんな風に思っていない。

 この真っ赤なマフラーは小学4年の冬に父が「母さんの手作りだ」と渡してくれた、いわゆる母の形見というやつだとおもう。

 形見だと断定して言わないのは、わたしがやっぱり母のことを知らないからだろう。思い出もないただの父がくれたマフラー、ただそれだけ。

 だから、「そんなんじゃない」とわたしは彼の言葉を否定し、周囲の冷たい空気から身を守るためにマフラーに深く顔をうずめて学校へと歩いた。

ーーー


 「ない、なんで、えっ」


 ある日の下校時刻。

 転入生のわたしは毎週金曜日、担任の先生に課題を提出して、同時に小テストを受けることになっている。勉強の進み具合を合わせるというよりも、成績をつけるためだと先生は言っていた。

 小テストが終わった後、かばんを取りに教室へと帰ったわたしは筆箱をかばんへしまい、あるべきものがないことに気づいた。


 「マフラーが……なくなってる」

ーーー


 学校中を探し回った。

 いろんな教室、下駄箱、トイレ、今日わたしが行っていない場所も探してさがして回った。

 かばんの中はもう全部調べてある。

 ーーー盗まれた? でも、だれに…

 こころあたりはあるかもしれない。だけど、本当かどうか。わたしには聞くこともできない

 そうこうしている内に、キーンコンと下校時刻を伝えるチャイムが鳴った。

 学校で探せるところは全部探した。帰り道を探してみるしかない。

 わたしは教室へ邪魔になるからと置いておいたかばんを取りに行った。


 「えっ、なんで」


 今度はかばんがなくなっていた。

 机の上に紙が置いてあった。付箋ほどの白い紙に丸っぽいボールペン字でこう書かれていた。


  机の中を見てね。マフラーのお礼だよ。


 机の中を覗き込むと何かが詰まっていた。電気を消してある教室ではよくわからない。

 わたしはソレを掴んだ。なまあったかい変な感触に不快感を覚え、右手に張り付くようなソレを確認しようと顔に近づけた………


 ガラッ

 「ひっ」


 ドアを開ける音。顔をあげると目が合った。


 「うっす誰か()んの……おい、どうしたんだ。静流っ」


 わたしはかばんを左手で掴み、右手に張り付いた白い(・・)ティッシュ(・・・・・)を握って、彼、岡山から逃げ出した。

ーーー


 「ただい…ま……」


 真っ暗な部屋から帰ってくる返事はない。

 金曜日の今日は父が早く帰ってくるがまだその時間じゃない。

 わたしはリビングにあるソファーに身を投げ出す。いつもやわらかいソファーの反発が、痛く感じた。

 冬の冷たい川の水で洗った両の手は、真っ赤になってうまく動かせない。

 ーーー夕ご飯、作らないと、ちゃんと、夕ご飯を作っておいて、父を待って、いつものようにしていないと………。

 はっきりしない意識の中、わたしの頭をよぎったことば。

ーーー


 次の日、土曜日。病院。

 病院独特の消毒臭が気にならないくらい頭のなかは、疑問でいっぱいだった。

 昨日、父に「病院に見舞いに行きなさい」と言われ、それに従い病院にわたしはいる。父は部屋で電気もつけずに寝ていたわたしに何も言わなかった。後でお風呂に入ったとき、鏡を見て目元もすごく赤く泣いていたと気づいた。なのに、父はなにも、なんにも聞かなかった。

 いわれた通りの部屋番号までたどり着くと、そこにあった名前は知っていた人の名前だった。

 わたしは少し怖かった。なんでお見舞いに行かないといけないのか、さっぱりだったし、昨日のこともまだ。

 ーーじゃ、なんで元気だった彼が…


 ドアを開くと壁にもたれるようにしてベットに座っていた彼はわたしに気が付くと、腫れぼったい顔でニッとわらった。


 「おう、こっちに来てくれ」


 軽い挨拶をするようにあげた手でわたしを招く。包帯にまかれた彼の手はいかにも重そうで、痛そうで。

 ベットのそばに立つと彼は、後ろに隠していた両手を動かしてわたしに、 'コッペパン' をした。


 「やっぱり、大事なものだったんじゃないか」


 わたしは明かりの強い病院の照明で目が疲れちゃったのか、涙が出ていた。

 彼が、岡山択徒(タクト)がかけてくれた毛糸が荒くてこわごわした、母の形見の真っ赤なマフラーはとても暖かかった。


 「うっ、うん。大事なもの、ありがとう。その・・・たくっ、ん、岡山(・・)


ーーー


 週明け、大事を取って学校を休んでいる択徒(・・)をお世話したかった私は学校を休むことも考えたが、やめた。別にそこまで親密な関係でもないからだ。

 学校に行くのは怖かったけど、彼は「心配ねぇ。大丈夫だ」と言ってくれた。

 学校に行くとその通りで、3人の女子にいきなり謝られた。全くわからなかったが、マフラーを盗んだりしたのは彼女たちだったらしい。

 択徒がいろいろと決着をつけてくれたらしい。

 だけど、彼女たちに「あんたの彼氏すごいね」と言われたのを否定すると、3人そろってにやりとした彼女たちは、それはそれで面倒くさいことになったのだった。


**********


 「でさぁ、いきなりサイレンが聞こえて消防車かな、火事かなと思ってたらどっこい、パトカーだったんだよ。俺もびっくりしてな、せっかくのプレゼントを落とすとこだったんだか…」


 「プレゼントって何? 岡山(・・)」と聞くと彼は「静流のためにいろいろ考えて、コレダって思う、自分のベストを尽くしたものだから」とショルダーバッグから小さなクリスマスカラーでギフトラッピングされた立方体を取り出した。

 彼ははじめ「クリスマスサンタのように、部屋で待っていようかと」といい、私の部屋の鍵を解錠しようとしていた時に、不審がられ通報されたらしい。まぁ、仕方ないだろう。私だって「お巡りさんこいつです」と、適当に犯罪やってそうと思っちゃうはず。


 「で、これは………なに?」


 早速包みを開けると、1円玉より小さい大きさの4本の金属の脚が生えたボタンのような何かだった。


 「ん、これ(・・)はタクトスイッチだよ!」


 「押してみ」と言われ、銀色の立方体から生えてる、黒い円柱状の物体を押してみた。


 「………案外いい、かも」

 「カチカチッって押し心地が、すっごくいい。心を無にしてずっと押すとなんかすっとするんだ…」


 わかるわ~。なんかボケ~っとしながらずっと押していたい気分………じゃなくて!


 「何! わざわざプレゼント持ってきてくれたと思ったら、こんなもん(タクトスイッチ)なの! コノ! コイツメ! 成敗してくれるわ! 悪霊退散!!」

「ちょっと、やめろって! 目に入った痛いイタイって!」


 私はもらったスイッチを上着のポケットに突っ込むと、ビニル袋から塩が入れられたポテト小袋を取り出し、ナゲット他を床にサッと置いた。食べ物(ナゲット)は投げはしない。

 私は取り出した袋から、買ったときにつけてもらった塩を岡山に投げつける。

 あの店は気前がいいのか、かなりの量の塩がもらえるが、全部使ってしまった。

 私は塩まみれになった岡山に、今度は塩ではなくまた、言葉をぶつけた。。


 「警察まで巻き込んで、これは期待した私は悪くないからね。12月25日にひっさしぶりに会えたかと思って、プレゼントももらえるって、あぁ、もう! マジサイアク! …………はぁ、『ロミ男』たのんで………」

 「え? 密林の『ロミ男』頼んだの………」


 ワザとらしく溜息を吐いてみると、思ったより大きく長いものが出てしまった。

 その時ーー


 「せんぱ~い、こんにちわっす」


 会社で私が面倒を見ている、面倒くさいこと発生器の後輩君がラフなオシャンティースタイルでふらっと現れ、そして、岡山はスタットこの場から走り去った。


 「どうしたんすかね、あの人。それより先輩」

 「あぁぁ、もうあんたって何でいつもいつも! こう、間が悪いのよ! うぅ、あぁ、要件はメールで! はい、解散!」


 後輩君の「え~」は無視した。

 だって、私は岡山が悲しそうな顔(なみだめ)をして走り出した、それと「ロミ()…」と心から漏れ出したような震えていた声を聴いてしまったんだから。

 なんか放っておけないような気がしたんだから。

ーーー


 真冬の冷たい風が肌をチクチクと刺すことを気にもせず、走る。

 イルミネーションも殆んどない東京の田舎町は人の()がなく、私のコンクリートを踏みしめる音が落ち着く場もなく、響く。

 岡山のばかが何処に行ったのか、ある程度目星はついているけど、確証がほしく、サイレントモードのスマホからあるアプリを起動ーー110番ダイアルしてるの忘れてて掛けちゃったけど、ついでに言うと即切りしたけど気にしたら負けだよねーーして、確認(・・)した。ーー同時に、後輩君から『ナゲットほっぽられてたんで、もらっちゃいますね』と通知が来たが、知らんそんなもん。もってけ若造。塩もコショウもソースも無いけどな!ーー

ーーー


 「見つけた」


 川沿いの公園にある丸木の椅子に拗ねた子供のように体育座りをして、頭を膝の間に挟んでいた岡山は、私がかる~く手刀を入れると、私を見て表情(かお)をぱわぁっと輝かせ、すぐにむすぅっと引き戻した。本当にわっかりやすい性格をしている。


 「何で来たんだょ」

 「じゃぁ、何で急に逃げたし」


 「それは、ごにょごにょ」という岡山の話を聞いて、私は吹き出してしまった。


 「あほでしょ、ホント。何で私が『ロミ()』買ったことになっているのよ」

 「えぇぇ、じゃぁさっきのは?」

 「会社の後輩。岡山も一回会ったことあるはずなんだけど………覚えてないか。勘違いで来たっぽい」


 後輩君は私に相談事があり、結構前にメールを貰っていた。私はその時どうやって送ったのか調べてみると、『じゃあ、[25]日ね。どっちでもいいよ』と送っていた。あれ、後輩君合ってる?


 「ははっ、何で正規表現使ってるんだよ」


 思い出した。こいつに一回メールでやられて、その場のノリで後輩君に岡山と同じことやったんだ。私としては1月の2日か5日のつもりだった。ちょっと後悔してる。

 岡山は大学の研究かよくわかんないけど、私のような一般人には分からん言葉を使ったり、知っていたりする。

 そうだ、これにも意味があるかもしれない。


 「このボタン何なの? プレゼントって言われても、ないわーってしか感想なしなんだけど」

 「いや、誰もそれがプレゼントとは言っていないんだけど」

 「はっ、はい?」


 岡山は立ち上がり、公園の草が茂っているところへ行く。そこから、線が生えた箱を持ち出した。

 「ここに入れてみて」と、箱の上に付いている、穴がたくさんある板に色がついているところがあった。そこに、岡山の言うタクトスイッチーー自分の名前にかけてあるのかもしれないーーを差し込み、カチッと押した。

 すると、オルゴールのメロディーと共にあたり一面の木々がカラフルに点滅した。

 ーーあっ、これイルミネーションってやつだ。

 白を基調として、赤、青、黄色と様々な色で薄暗い公園を染め上げていく。

 ーーごめん、岡山。イルミネーション嫌いじゃないけど、別に好きでもない。

 最後に花火のラストのように、いっぱい光った後、オルゴールが止まった。LEDは淡い光であたりを違和感なく照らし、最初にスイッチを差し込んだ箱がパカッと空いた。

 「開けてみ」と岡山が言った。

 岡山が持つ箱を開けてみると、鍵が入っていた。


 「えっこれ」

 「一緒に住もう」

 「うっ、なんですと」

 「ずっと静流のことが好きだった。一緒に住んでほしい」


 ちょいちょいちょいちょい。どうゆうこと、一回整理しないと。

 これって告白、プロポーズだよね。

 付き合ってもいないのに一緒に住もうって、えぇ?

 それよりも確認したいことが。


 「………ずっと、っていつから」

 「ずっとはずっとだ。あの時あんたが、静流が引っ越してきて初めて会った日からずっとだ」

 「じゃぁ、何で今なの、遅すぎでしょ………おっそすぎでしょ!」


 私はあの事件(・・・・)以来、岡山のことがその、気になっていた。中学高校と友人以上の関係を築けていったと思うけど、な~んにもない微妙な関係だった。

 両の拳でぽこすこ殴っていたら、両肩を捕まれ目を合わされた。


 「あ~えっと、な」


 恥ずかしがるなよ。自分から 'フォーリンラブ' してきてんのに。


 「本当はもっと早く言いたかったんだが、ちゃんと土台を作っておかないといけないと思ってな。この鍵、俺が買った家のものだ。結構大きい家だぞ、2階建ての。都内だぞ都内」

 「都内って、どうせ八王子なんでしょ。……って、家買ったの? 普通一緒に選ぶもんじゃ、」

 「静流の父さんと俺の母さんで決めたぞ」

 「それってどうゆうことよ! それより、……私の返事聞かなくていいの? その、告白の…」

 「…返事、聞いてもいいか」

 「いい声(イケボ)で言っても、ちょぅっと遅かったね!」


 すぅ、と乾いた冷たい空気を吸い込み、ぬるくなったそれを吐き出す。


 「うん、住もう。一緒に、」

 「だな、静流」


 択徒に、抱きしめられた。


 「あんた、しょっぱい」

 「お前が塩ぶっかけてきたんだろうが」

 「あっ雪」

 「話をそらっ、ホントだ」


 ふわふわの白い雪に触れると冷たい感触を残して、すぐに消える。


 「この為に私は塩をまいたのだよ。凍結防止だっけ」

 「普通は道路とかにやるんだけどな。じゃっ、行こうか。2人の家に」

 「うん」


 「寒いでしょ」と私は、母の形見の真っ赤なマフラーを択徒の首にも伸ばして、2人、肩をくっつけて歩き始めた。

 少し不格好(ぶさいく)なマフラーは、2人で分け合っているのにいつもより暖かかった。

 顔も知らない母のあたたかい思いが、いつまでも子供っぽくて、変なところで一生懸命な彼の体温と共に確かな熱を持ってあるものを溶かしていった。

 いつまでも臆病で、素直になれなかった私の喉のあたりでつっかえていた言葉が、今までの足踏みが嘘のように容易く流れ出す。


 「大好きだよ、択徒(タクト)


 無意識のうちに私は彼の下の名前を恥ずかしい一言とともに白く吐き出した。

 「やっと、呼んでくれた」という彼から、真っ赤になっているであろう顔を隠すため、真っ赤な母の形見(マフラー)に私は顔を埋めた。





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