負傷
建物の屋根に潜んでいた傭兵軍の弓兵が放った大量の矢が降り注ぎ、俺の右腕にその中の一本が命中して刺さった。
激痛で俺は、意識を手放しそうになったが、何とか砲塔の上部ハッチから身を引き、16式機動戦闘車の車内へと身体を滑り込ます。
ナークが16式機動戦闘車を停車させると、俺の傍らにベルが近づき上部のハッチを閉めてから、腰に装着していた89式多用途銃剣を抜き、刺さった矢の矢羽根側を斜めに切り落とした。
「ジョー様、これから矢を抜きましゅ。痛みますが我慢して下しゃい」
「頼む、ベル……」
「アンちゃん、ジョー様の腕と身体を押さえて下しゃい」
「判ったよ、ジョー兄い、動かないでよ」
「……ああ、判った」
アンが俺の身体と矢が刺さった右腕を押さえると、ベルは腕を突き抜けた矢の鏃側から、強く引き抜いた。
俺の腕から引き抜かれた矢と共に、大量の血液が流れ出し、俺は激痛のあまり「ぐわっ!」と叫び声を発してしまう。
ベルは、矢を抜くと、直ぐに戦闘服の袖を89式多用途銃剣で切り裂き、出血している腕を露わにした。
「ミラちゃん、回復魔法をお願いしましゅ!」
「はい、ベルちゃん。直ちに!」
ミラは、既に、回復魔法の呪文を唱え終わっていた様で、ペンダント・トップの光の魔結晶を手にしながら魔法を発動した。
「回復治癒!」
ミラの手にした光の魔結晶が眩く発光し、ミラの身体も同時に発光した。
ミラは、発光した光の魔結晶を手にして、それを矢が貫いた俺の右上腕へと重ね合わせる。
すると、それまでの激痛が一気に無くなり、大量に出血していた血液も止まる。
身体全体が楽になり、俺は「ふ~っ」と溜息を漏らした。
「ありがとう、ミラ、それにベルとアンもありがとう……助かったよ」
「良かったよ……ジョー兄い。アタイは驚いたよ」
「ジョー様、良かったでしゅ。ミラちゃんが居て、本当に助かりましゅた」
「ジングージ様、未だ痛みが残っていませんか?もう一度、治療いたしましょうか?」
「大丈夫だよ。もう痛みも無いし、出血も止まった……傷も消えた。本当に、ミラの回復魔法は凄いな。それに、ベルの応急処置も完璧だったしな」
「待女ギルドで怪我の応急処置を習いましゅた。役に立って良かったでしゅ」
「……ベル、鏃の先に毒は塗られて無い?」
「ナーク姉様、大丈夫でしゅ。普通の矢でした」
「……そう、良かった」
ナークに尋ねられたベルは、俺の腕から抜いた鏃を観察して、そう答える。
ナークは、毒矢の心配を最初からしていたが、過去に毒矢の攻撃を見た事があるのか、或いは毒矢の攻撃を受けた事が有ったのだろうか。
何れにして、毒矢の攻撃で無かった事は幸いだった。
ミラの回復治癒魔法でも毒の治療は可能だろうが、身体全体に毒が回るのと、単なる刺し傷ではダメージが違う。
それにしても、弓の攻撃で不幸中の幸いだった。
これが、夜の攻撃で見た風魔法の風刃だったら、腕を切り落とされているか、首を切断されていただろう。
流石に幾ら聖女の回復治癒魔法とはいえ、切り離された腕や首までは復元出来ないだろうし、首を落とされたら即死だ。
死者を蘇らせる事は、女神様でも転生以外には出来ないのだろうから。
「よし、やられたらやり返すぞ。アン、砲塔を傭兵軍の弓兵へ向けて機銃で攻撃しろ」
「えっ!主砲の攻撃じゃ無いの?」
「主砲じゃ家屋が破壊されてしまう。住民の住む家屋だ。攻撃対象は傭兵だけだぞ」
「判ったよ、ジョー兄い」
アンは、砲手席へと戻り、直ぐさま砲塔を180度反転させながら主砲の角度も上げてから、屋根の上で弓攻撃を繰り返している傭兵目掛けて、74式車載機関銃で機銃掃射を行う。
屋根の上の傭兵達は、その場に倒れ込む者や、屋根から道路へと落下する者、屋根伝いに逃走を図る者も居る。
そんな逃走する傭兵を、アンは容赦なく追撃して倒して行く。
「粗方は片付いたよ。ジョー兄い」
「よし、アン。砲塔を元へ戻してくれ」
「うん、判ったよ」
「ナーク、バンカー公爵城へ向けて発進」
「……了解。発進する」
傭兵軍の弓兵を壊滅し、再び16式機動戦闘車を発進させて、バンカー公爵城へとタースの街を驀進する。
それにしても、弓兵の待ち伏せ攻撃とは迂闊だった。
屋根の上に潜んでいるとは、想定しておかねばならない事だ。
タースの北東門から、バンカー公爵城や大公家の居城へ行くには、この道しか無いので当然ながら待ち伏せは警戒していたのだが、まさか道の両側の建物の屋根からの攻撃とは。
本当に、魔法攻撃で無くて命拾いをした。
注意深くタースの街を進み、俺達の目の前には、バンカー公爵の居城が見えてきた。
未だ、城門への唯一の出入り口である跳ね橋は、引き上げられて閉ざされたままだ。
堀を挟んで、傭兵軍が弓や投石器を用いて、バンカー公爵城を攻撃している。
それに対して、籠城しているバンカー公爵軍も、弓や投石、そして魔法攻撃で傭兵軍を攻撃していた。
俺達は、バンカー公爵城を攻撃している傭兵軍へ向かって、警告代わりの74式車載機関銃による掃射を行う。
傭兵軍は、バンカー公爵城への攻撃を中断し、今度は俺達へ向けて弓と投石器による攻撃を仕掛けてきた。
どうやら、撤退する気は、全く無い様だ。
既に、撤退勧告は行っているので、二度目の勧告など不要だ。
俺は、直ちにアンに主砲の発射を命じた。
「アン、あの投石器を狙え」
「判ったよ、ジョー兄い」
「よし、撃て!」
「主砲、発射!」
ズドーンッ!と発射音が轟き、主砲の105mmライフル砲から榴弾が発射され、傭兵軍の投石器へと命中する。
と同時に、ドッカーン!と爆発音を発して投石器が爆散し、周辺に居た傭兵達が吹き飛んだ。
投石器から距離を取っていた傭兵も、爆風によって吹き飛ばされ、そのまま堀の中へと落とされる傭兵も多かった。
主砲の攻撃によって傭兵軍は右往左往し始め、多くの傭兵が浮き足立ち、直ぐに逃走を開始する兵士も多かった。
弓兵による攻撃も中断したので、俺は砲手席の上部ハッチを開き、重機関銃M2による掃射を開始する。
そしてベルには次弾の装填を指示し、アンには続いて他の投石器を撃破する様に命じた。
重機関銃の掃射によって、俺達へ向かって来ていた傭兵共がバタバタと倒れて行き、アンが続いて発射した主砲によって、遠方にある投石器が次々と破壊されて行くと共に、傭兵達が爆発に巻き込まれ空高く舞い散って行く。
何発かの火炎弾による遠隔魔法攻撃が傭兵軍側から放たれたが、ナークが防御魔法を発してくれたので、俺に届く事は皆無だった。
俺達の攻撃によって、バンカー公爵城を攻撃していた傭兵軍は、殆ど沈黙してしまったのを確認し、再び16式機動戦闘車を発進させ、バンカー公爵城の跳ね橋が設置されている城門の前まで進行し停車する。
俺は、パワーアンプのスイッチをオンにし、ハンドマイクを手にしてからバンカー城へ向けて話し始めた。




