疑惑
「ベル、主砲へ榴弾を装填」
「了解でしゅ」
「アン、装填完了後、直ちに城門の扉を狙い撃破」
「うん、判ったよ」
「ジョー様、主砲への榴弾装填完了でしゅ」
「了解。アン、撃て!」
「了解だよ。機銃発射!」
アンが発射した74式車載機関銃からは、けたたましい射撃音が車内に響き渡る。
ダダダダダダダダッ……!と、機関銃から発射された曳光弾が、オレンジ色の軌跡を発して城門の扉へと飛んで行く。
「……方位そのまま、上下角2度下へ修正するよ。主砲発射!」
アンが主砲の仰角を下方へ修正しトリガーを引き絞ると、16式機動戦闘車の105mmライフル砲から、耳を劈く激しい発射音が車体を振動させた。
ズバーンッ!と、主砲から発射された榴弾は、城門の扉の下方部分へ命中し、ドドッーン!と激しい爆発音が轟くと同時に、扉から爆煙が吹き上がる。
そして、扉からの爆煙が晴れると同時に、アンが成果を報告してきた。
「目標、破壊だよ!」
「よし、アン、良くやった」
アンの砲撃によって、北東城門の木製扉は木っ端微塵となり爆散して吹き飛ぶ。
城門の扉は、外側だけは鉄板で覆われているが、内側は木が剥き出しなので強度的にも弱い。
城門上部には、扉の残骸が残っているが、地面に接している部分は完全に吹き飛んだので、俺達が通り抜けるのに全く支障は無い。
俺は、直ちに停止している、96式装輪装甲車を操縦するナークへ無線連絡を入れた。
『こちらマーベリック、チャーリー応答せよ。送れ』
『ザザザ…………マーベリック、こちらチャーリー。送れ』
『了解。直ちに発進して城門を抜け脱出。送れ』
『ザザザ…………了解。発進する。送れ』
『進路は作戦どうりだ。以上、通信終了』
俺からの無線通信が終わると同時に、左脇へ停車していたナークの操る96式装輪装甲車が発車し、破壊された扉をくぐり抜けた。
俺も直ちに、16式機動戦闘車を発車させて、96式装輪装甲車の後へ続く。
よし、これでタースの街からの脱出は完了だ。
傭兵軍の追撃部隊がどんなに急いで追って来ても、俺達に追いつく事は不可能だろう。
タースの北東城壁から、城壁に沿ってスベニへと続く街道との丁字路へ向かい、そこを左折しスベニ方面へと向かう手筈だ。
城壁脇の道路を進んで行くと、城壁の上からは傭兵軍の見張りが、弓矢や投石による攻撃を仕掛けて来たのだが、96式装輪装甲車と16式機動戦闘車には全くダメージに成らない。
しかし、煩わしい事には違い無いし、撤退勧告をしたのにも関わらず、攻撃して来たので少し腹が立つ。
「アン、城壁の上に居る見張りへ重機関銃で攻撃してくれ」
「判ったよ、ジョー兄い」
俺は、16式機動戦闘車を城壁脇の道路から、少し外れて草原へと逸れて進むと、アンが砲塔の砲手専用用のハッチを開け、銃座へ装備されている重機関銃M2を城壁の上部へと狙いを定め、安全装置を解除し引き金を引いた。
ダダダダダダダダッ……!
重機関銃M2へも予め曳光弾が装着されているので、オレンジ色の軌跡を発しながら城壁の上に居る様編軍の見張り達を12.7mmNATO弾が沈黙させる。
「ジョー兄い。城壁を主砲で破壊してやれば?」
「城壁が壊れて瓦礫が内側へ落下すれば、城壁内の無関係な人々へ被害が出るから駄目だよ」
「そうだったよ。反乱に加担したのは傭兵ギルドだけだったよ」
「そうでしゅ、アンちゃん。後は傭兵ギルドを操っている闇ギルドでしゅ」
「うん、ベルちゃん。アタイはすっかり忘れてたよ。ごめんよ」
重機関銃での攻撃を終え、砲塔内に戻ってきたアンがベルと、そんな会話をしている。
確かに、これまで傭兵軍の姿はタースの街には数多く居たが、影で糸を引いている闇ギルドは何処に潜んでいるのだろうか。
侯爵の居城へ既に移動しているのだとすれば、俺達の攻撃や撤退勧告によって、再びタースのアジトへ潜んでしまうかもしれない。
そもそも、タースを納める大公家は闇ギルドに対して、何らかの対策を今まで講じてこなかったのだろうか。
闇ギルドの資金源となっている奴隷の売買や所有の可否など、幾らでも対策は講じられたはずだ。
それらをこれまで放置してきたツケが、今回の反乱へと繋がっているのだから、大公家のこれまでの施策次第では、起こるべくして起こった反乱だったとも言えるのではないか。
俺は、政治には疎いし、内政干渉をするつもりもないのだが、弱者を守りたい気持ちは大きい。
奴隷制度なんてのは、人権も何も全く無視した制度だし、一般人を拉致し更に売買して奴隷化する等という行為には断固反対だ。
これは、この傭兵軍による反乱を抑え込んだ後、闇ギルドを弱体化させる良い機会になるので、バンカー公爵へは是非とも具申しておきたいものだ。
労働奴隷が必要なのであれば、犯罪者や今回の様に反乱を起こした傭兵などの刑罰として、犯罪者奴隷のみとすれば良いのではないだろうか。
まあ、大雑把に犯罪者と言っても、この異世界の法制度を詳しく知っている訳でもないので、その辺りは、都市国家としての城塞都市タースを司っている、バンカー公爵や大公殿に任せるしかないのだが。
そんな事を考えながら、俺は街道を西に向かって先行するナークが操縦する96式装輪装甲車の後を、16式機動戦闘車を操って追従して行く。
ナークは、かなりの速度で街道を驀進しており、96式装輪装甲車の操縦にも慣れてきたのだろう。
救出したギルさん達"雛鳥の巣"の面々や、マリアンヌさん一家も、この速度には、きっと驚いているのではないだろうか。
俺達が目指しているのは、スベニからタースへ進行してきた際に、小休止を取った地点だ。
タースから彼処までの距離であれば、傭兵軍の追っ手が追いつくには、馬を使ったとしても1日では到達できないはずだし、途中に馬を代える村なども存在しなかった。
俺達ならば、この速度で走れば2時間ほどで到着可能な距離で、到着予定時刻も丁度、夜明けの時刻と重なる。
しかし、俺達"自衛隊"も徹夜の不眠不休で、タースでの救出活動を行い、そもそも、スベニからタースまでの進行でも全く睡眠をとっていない。
今は未だ、睡魔に襲われる様子は無いが、これから再びタースへ戻りバンカー公爵家の救出活動を行わねば成らないのだから、少しは睡眠を皆に取らせたい。
俺は、アンやベルに尋ねてみる事にした。
「アン、ベル。疲れてないかい?眠くはない?」
「アタイは大丈夫だよ。凄く興奮したんで、眠くも無いよ」
「私も大丈夫でしゅ。私たち獣人族は、元々が睡眠時間は少ないのでしゅ」
「そう。なら良いのだけどね」
どうやら、元気娘のコンビは大丈夫そうだ。
96式装輪装甲車に搭乗している、ミラにも尋ねてみるため、俺はハンディー・トランシーバーのハンドセットを手にし、PTTボタンを押して話しかけた。
『こちら、ジョー。ミラ応答してくれ。どうぞ』
『こちらミラです。ジングージ様、どうぞ……ザッ』
『そちらの様子はどうだい?それと、ミラは疲れてないかい?どうぞ』
「こちらは、メイドさんが具合が悪くなってしまいました。私は大丈夫です。どうぞ……ザッ』
『了解。メイドさんが?どんな具合?どうぞ』
『鉄の箱車が走り出してから直ぐに気持ちが悪くなった様です。回復魔法を掛けようとしたのですが、固辞されております。どうぞ……ザッ』
『了解。多分、乗り物酔いだね。目的地へ到着するまでは我慢してもらってくれ。治療は停車してから様子を見て頼むよ。ミラは……ナークも眠くないか?どうぞ』
『私は大丈夫です……ナークさんも問題ないとの事です。どうぞ……ザッ』
『了解した。それでは、このまま目的地まで休憩無しで進行してくれ。どうぞ』
『判りました。ジングージ様の御心のままに。どうぞ……ザッ』
『気をつけて進行してくれ。以上、通信終了』
初めて馬車や馬よりも早い乗り物に乗り、決して平坦では無い街道を高速で移動している状態なのだから、振動も激しい。
慣れていなければ、乗り物酔いも仕方無いだろうが、何故にメイドさんは、回復魔法を固辞しているのだろうか。
俺は、そんな彼女に対して、更に疑惑を増すのだった。




